第20話 窓居圭太、ウサコに自分の名前を教え、再度キスをねだられる
ぼく
ウサコは自らの消滅という運命を受け入れてくれたが、最後にぼくにふたつ、お願いがあるという。
ひとつめはぼくの名前を彼女に教えること。
そしてふたつめとは、いったい何か?
物語はついに、クライマックスを迎える!
⌘ ⌘ ⌘
「ちゃんと、あんたの名前を教えてくれないか?」
ウサコはぼくに、そう願いを告げた。
「もちろん、それを聞いたところで、元のあたし、ミミコに戻ったときにきちんと覚えている保証はまったくないけどな。
でも、それだけは忘れないようにしたいんだ、あたし。
もし、それさえ覚えていれば、ミミコがあんたと何らかの縁があって再会するようなことがあったとき、きっとこの二日間を思い出すんじゃないかと思うんだ。
そして、ミミコがあんたとまた最初から縁を築くことができるんじゃないかと思うんだ」
「それはまた、おまえにしてはえらく乙女チックなことを考えているじゃないか。
それってまるで、時空を超えて男女入れ替わったことで絆を持ったふたりが、歳月を経て劇的に東京で再会し、消えかけていた記憶が鮮やかに蘇る、みたいなストーリーじゃないか」
「なんの話だよ。もしかしてあれかい、最後にどこかの石段で立ち止まって、おたがいの名前を尋ね合うってやつ?」
「ええい、みなまで言うな」
「それにさ、ロリコンのあんたには元のミミコのほうがバッチリ好みなんだろ。
だったら、次は小悪魔ミミコとしてあんたを思い切り振り回して、うっぷんを晴らしてやるんだ。
言うならば、復讐戦だね」
「そりゃまた、どんだけ
そんな軽口を交わして、ぼくとウサコは思いきり笑い合ったのだった。
こんなやり取りも、これでもう最後かとどこかで意識しながら。
〈そうか、おたがいを忘れないために、たとえわずかな可能性にでも賭けておくべきなのだろう〉
そう感じたぼくは、ウサコを見つめてこう言った。
「いいよ、ぼくの名前を教えておこう。
圭太だ。窓居圭太だ」
「ありがとう。『けいた』かぁ。
たぶん、苗字までは覚えきれないだろうから、下の名前だけは確実に覚えとこう」
「そうか。
「了解。圭太、圭太っと」
ウサコは、自分の頭を何回か指先で軽く叩いていた。
それって、その二文字をしっかり脳にインプットするための儀式みたいなものか。
「書くものがあれば、どこか身体の一部に書くんだがな。『圭太
ウサコは軽く笑いながら、そう言った。
「それはちと重たいものを感じるぜ。
一生責任とってね、みたいな」
ぼくがまぜっ返す。
そのあと、ウサコは真顔に戻ってこう言った。
「でも、この変身が解ければ、身体に書いたものも全部消えちまうような気がするね、たぶん。
そして、記憶も。
最後は、気合いで頭に刻み込んでおくしかないね」
「そうかもな」
ぼくとウサコはうなずき合った。
⌘ ⌘ ⌘
「それじゃあ、おまえのもうひとつの願いを聞こうか」
ぼくがそう聞くと、ミミコはにわかにもじもじとし始めた。
「まぁ、いきなり話し出すのはなんだから、もう少し話をしようじゃないか。
それは最後の最後にお願いしたいことだから」
なんか、含みがあるなぁ。ま、いいか。
ぼくだって、いましばらくウサコと寄り添いたかったのは確かだった。
この稀代の美女が、明日になったら会えなくなってしまうと思えば、別れの時を少しでも伸ばしたくなってもおかしくないだろう。
ぼくが無言でうなずくと、ウサコは身体を寄せて、ぼくの肩にもたれかかってきた。
ウサコが放つ甘い香りが、じかにぼくの鼻腔をくすぐった。
ウサコがふたたび話し出す。
「さっきのまみ子の話を聞いて、自分なりになぜミミコは大人の姿になりたがったかを考えてみたんだ。
つまるところ、ミミコは、とても幼い頃から『女』であることに目覚めていたんだと思うよ。
あたしがこんな女……いみじくもあんた、圭太は『はすっぱ』と言ってくれたけど、こういう男女間のことをよく知っている女として生まれてきたということは、もともとミミコがそういうひとだったってことなんだろうな」
そう言われて、ぼくもさすがに先ほどの発言は軽率だったなと思った。
「ごめんウサコ、さっきははすっぱとか言い過ぎた」
この遅すぎる謝罪に、ウサコは笑って返した。
「別に気にしちゃいないさ。圭太の感想はもっともだ」
そして、こう続けた。
「無から有は生じない。必ず何かしらの発生原因がある。
ミミコという存在あってのあたし、ウサコなんだよ。
ミミコが、その幼い容姿から想像もつかないくらい早熟な子なのに、いつまでも子供扱いされていることに焦りを感じていたんじゃないかな。
こう言ったらいささか語弊があるが、相当な耳年増なんだと思う。
いつ自分が、その進み過ぎた意識と釣り合うような容姿になるのか、不安感を募らせていたのだろう」
「その考えには、ぼくもだいたい賛成出来るな、ウサコ。
ミミコという子はおそらく、自分をれっきとした女性であると誰かに認めて欲しかった。
いまの容姿ではダメなら、完璧に大人の容姿を持った女性になれば、必ずそう認めてもらえると思った」
ぼくがそう言うと、ウサコはそれを引き継ぐようにしてこう続けた。
「ところが、その変身願望を実現してみたものの、思った通りにはいかなかった。
圭太という、せっかく話がまともに出来る男が見つかったと思ったら、ガチなロリータ趣味であたしなんかタイプじゃないと来た。
ガッカリだよ」
笑いながら、ウサコはそう言った。
「でもさ、恋愛ってそういう『肩すかし』の連続じゃないかとも思う。
思うひとには思われず、思ってもいないひとには思われてしまう、みたいな。
だから、容姿だけ完璧にしたところで、それは万能の切り札になるとは限らないってことさ。
大切なのはむしろ、自分にとって一番相性のいい相手を大勢の候補者の中からしっかりと見極め、自分のもとに
それが、今回の教訓さ」
ぼくはうなずきながら、こう答えた。
「たしかに、そういうものかもしれないな。
容姿がよければそうでない者よりは少しは恋愛が有利になるだろうが、それは足切りの一次試験には必ずパス出来るくらいのアドバンテージで、万能とは言えないような気がする。
恋愛って、もっといろいろなポイントから相手を判断してベストワンを選ぶものってことか。
ウサコ、おまえってすごく鋭いとこ突いてくるよな。
アドバイザーとして頼りになるよ」
「ありがとう、圭太。
でもな、あたしはよきアドバイザーを目指してるわけじゃないんだけどな。
ただ一回でもいいから、自分が相手にとって必要な、大切な存在であることを、実感したいだけなんだけど……」
ウサコが溜息まじりにそう言っている最中、ぼくは付近から
地面に身体の一部を擦り付けて前進するような、ザラッザラっという異音だ。
あきらかに誰かが、このベンチ目がけて近づいている。
そしておそらく、複数で。
でも、それに気を取られていては、いま一番肝心の、ウサコとのやり取りがお留守になってしまう。
どうせ、ぼくたちの様子が気になったきつこ、それにまみ子も一緒になって、偵察に来ているのだろう。
だったら、とくに危険はないだろう。
気にせずに、ウサコとの会話に戻ろう。
ウサコは、少し間をおいてから、ゆっくりと次の
「その実感を得るのは、じつはとても簡単なことなのさ。
他のひとには絶対やらないことを、あたしにだけやってくれれば、それだけで十分なんだもの。
それがあたしの、もうひとつの、お願い」
そう言って、ウサコはその右手をぼくの左腿の上に置いた。
さっきから、少しずつウサコのスキンシップが
「それって、具体的に言うと、どういうことかな?」
ちょっとだけ危険な予感を察知しつつぼくが尋ねると、ウサコは形の美しい眉をひそめてこう言った。
「そういうことだから、あんたって超鈍感な
というか、本当は分かってて、わざと言ってない?
だとしたら、すごいイケズだよね、まったく。
女にそんなこと、全部言わせるもんじゃないよ」
けっこう、怒っていらっしゃいます、ウサコ様。
ぼく、なんかマズいこと言ったかな?
「さあ、昨日の最後のところから、もいちどやり直すよ」
そう言って、ウサコはぼくの顔を両手で抑えて、自分に向き合わせた。
そして、目を閉じながら、自分の顔をゆっくりと近づけていく。
その距離、5センチ、4センチ……。
これって、もしかして、じゃなくて、もしかしなくても……。
お願いって、やっぱり、キスしろってことですか?!
どうすんだよ、圭太!
ぼくの理性が警鐘を大音量で鳴らし始めた。
ウサコの顔があと2センチというところまで近づいたその時、背後で「ひっ」といきなり微かな悲鳴が起きた。
それも複数のが、相次いで。
なんなんだ?!
思わずぼくはウサコから顔をそむけ、身体をよじらせて、ベンチの後方を見てしまった。
そこにうずくまるようにして隠れていたのは、誰あろう、
ふたりとも、家から抜け出てきたのだろう、ともにパジャマ姿で、姉はカーディガン、妹はフード付きパーカを羽織っていた。
ぼくと目がバッチリ合い、アワアワという表情で言葉を失っているふたり。
手で顔を隠して、なるべく目を合わせまいとしだした。
「き、きみたち、いつから?」
その場で立ち上がったぼくのほうも、そこにきつこたちでなく思わぬふたりがいたことで強く動転してしまい、それしか言えなかった。
その声に、ウサコも閉じていた目を開けた。
ぱっちりと。
ふたりの姿が目に入った次の瞬間に、ウサコの口から出た台詞は、いかにも彼女らしいものだった。
「あら、どちら様かしら、おふたりも揃って。
これは、見せ物とかじゃなくってよ。
せっかく圭太といい感じに盛り上がっているところを邪魔するなんて、いい度胸じゃない、
「いやいや、いい感じに盛り上がってなんかないですから」とツッコむ間もなく、ウサコはぼくの腕をつかんでベンチに座らせ、もう一度自分のそばに引き寄せた。
「さ、
そこに、高槻さおりの弱々しく震えた声が重なった。
「ダメよ、窓居くん……。
お願いだから、わたしたちの大切なイメージを壊さないで……」
さらに、妹みつきの声も加わった。
「そうよ、けい…窓居さん、あん…あなたはわたしたちの期待を裏切っちゃダメよ。
あなたには、BL界の王道を進んでもらわなくちゃ。
勝手に変な方向に、大人の階段をのぼっちゃダメ!」
なんかどさくさに紛れてトンデモな発言してません、妹?
そこに、もうひとつの声が加わった。
切羽詰まったふたりのとは違う、だいぶん間延びした脳天気な調子の声が。
そう、きつこだった。
「やれやれ、騒がしいなと思って来てみたら、何やってんだろうね、皆さん。
とくにさおりにみつき、圭太たちの様子がどうしても気になる、近くで話を盗み聞きしたいというから近づくのを許したけど、『絶対気づかれないように忍び寄れ』ってあれほど言ったじゃん。
そんな
神様にチクっちゃうぞ」
ふたりを見おろすようにして、ドヤ顔で脅す黒きつこ。相変わらずこわい。
要するに、きつこはこの姉妹がぼくとウサコの様子が心配でこの公園にやって来たことを、少し前から知っていたってことだな。
姉妹はきつこたちとばったり遭遇、しばらくはきつこたちと一緒にその様子を見ていたものと見える。
さらに
ようやく、納得がいった。
ただし、ぼくにはどうにも解せない点が、ひとつだけあった。
それはなぜ、高槻姉妹がこの公園に簡単に忍び込めたのかということだ。
昨日はきつこが結界を張って、榛原が入ってこれないようにしていたではないか。
そのことを、きつこに尋ねてみた。
「きつこおまえ、きょうも公園に結界を張っておいたよな?」
さつこはそれを聞いて「しまった!」という表情になった。オーマイガッ!!
「圭太、ごめん。すっかり忘れてたよ。
きょうはマサルっちが来ないからいいやって、まったく張ってなかったよ」
「それを早く言え!
まったく、迂闊なのはおまえも同じだっつーの!」
ぼくは、相変わらずうっかりさんなきつこに、全力でツッコんでいた。
⌘ ⌘ ⌘
きつこはいつもの調子を取り戻して、こう言った。
「コホン、ボクのミスできみたちの侵入をゆるしてしまったのは、不徳の致すところだ。
だが、きみたちのせいで、圭太たちのせっかくのいいムードがぶち壊しになったのは事実だ。ダメじゃん」
いやいや、ぼく的にはぶち壊しになってもいいんですよ?
「でもまあ、してしまったことは仕方がない。
とにかく圭太にウサコ、やるべきことはちゃっちゃと済ませておくれ。
よ・ろ・し・く!」
そう言って、きつこはランカ・リーの「キラッ☆」ポーズを決めたのだった。
おまえ、よっぽどそれ、気に入っているのな。
てゆーか、ぼくにはキスの拒否権はないのでしょうか、きつこさん?!(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます