第23夜 黒焦げの友
はた迷惑な話なんですけれども。いえいえ、聞いたら呪われるって話じゃなくて、今から話そうとしている人が、はた迷惑だって話なんですよ。
その人は中学のときに同じクラスだったんですけど、話したことはないの。
だいたい、私はその中学校自体に思い入れがなくて、中三の春に転校して一年しか通ってなかったから、慣れる前に卒業してしまったんです。
同じ学年の生徒は三百人以上だったから、卒業アルバムを開いても、こんな人いたんだ、ってね。ほとんど知らない人ばかり。
そのとき開校して十年くらいでね。市内で一、二を争う進学校だったんですよ。道路をはさんで医大があったから、親がお医者さんていう生徒が多かったからかな。
そのはた迷惑な人も、勉強ができたんですよね。通信簿はほぼオール5、テストは毎回、全教科ほとんど満点近い点数。
はっきりいって、宇宙人よね。
高校は市内で一番、北海道内でも五本の指に入るってところに入りました。
でもね、そこで宇宙人が普通人になっちゃったんですよね。
入学直後に、参考書や問題集を選ぶのにどうこう……そんなきっかけで、本屋に勤めている女性と知り合って、すぐつきあうことになり、あっという間にのめり込んでしまったんです。
秋風が吹く頃には、それが悲劇となりまして……居酒屋にふたりでいるところを補導されたんです。相手ははたち過ぎの女性だけど、本人は当時十五、六だからね。
それからは……学校にばれるわ、親に知られるわ、停学になるわ、別れさせられるわで、まあさんざんよね。
ちょこちょこ学校をサボってたから、成績ももう下から数えた方がはやいくらいになってたし。
プライドが高い人だったんだろうけど、それがもろくも崩れて……精神的にあまり強くはなかったようよ。停学中に、灯油を頭からかぶって火をつけてね、自殺しちゃったんです。
私は同じクラスだったっていっても、話したことがないくらいなので、お葬式には行かなかったけど、行った人に聞いたら、やっぱりご両親の姿が見ていられなかったってね。挫折をひどく深刻にとらえちゃうのって、若さゆえのことで……特権、なのかな、若さの……死ぬことないじゃない、って思うけど、本人にいわせたら、何もわからないくせにっていわれちゃうかもね。
何をいってるんだろう、私。
話をもとにもどして、だんだん寒くなってきて雪がちらつくくらいの頃です。
その人が、あちこち挨拶して回ってる、って噂が聞こえてきたのね。
「この話を聞いたら、やつが挨拶しにくるからな!」
こっちは知りたくもないのに、からから笑いながらいう人がいて。
高校生ですからね。後先をよく考えずに感情をぶつけあったり、ささいなことで人を憎んだりできる……そんな年頃でしたから。
彼は黒焦げの姿で現れ、ごーっ、ひゅーって、空気が洩れるような音を立てているっていうんです。
何かいいたいらしいけど、よくわからない。
ここがはた迷惑なところなんですけど、場所を選ばないんですよね。
自分の部屋で寝転がってテレビを観ているときに、画面をさえぎるように現れる。
風呂に入ろうと扉を開けると、湯ぶねにつかっている。
カーテンを開けたら、窓にはりついている。
教室に入ってきた先生の背後に、ついてくる。なぜか、どの高校でも。
ほんとに迷惑ですよ。
ただ、現われるのは一回きりだっていうんですよね。やっぱり、ただ挨拶をしたいだけだったのかもしれません。
そのうち噂に尾ひれがつきまして……高速道路で長距離トラックと同じスピードで走ってたり、メインストリートの上空十メートルほどを定期的に飛んだりしたらしいんですが、このあたりで止めておきましょう。
その人とつきあっていた女性が、後を追ったという噂もあったんです。
私も同級生から聞いて、その女性を遠目に見たことがあったんです。三条八丁目の本屋で。確かにその後、見かけなくはなったんですけど、はっきりした理由はわかりません。ですから真偽不明の噂です。
根雪になる頃に、また新たな噂が流れまして……。
性交渉が済んだ人のところに、現れるって。いかにも高校生の男子が考えそうなことですよね。
もともと、そのはた迷惑な人も、つきあってた女性に性的な意味でも溺れてたって話ですよ。ひとり暮らしだったそうなので、アパートにいりびたってしまって……何も手につかなくなっちゃって当然ですよね。
私のところに現れたかどうか……。それはごくプライベートなことなので、秘密にしておきましょう。
黒焦げのその人、現れなければいいですね。
いえいえ、冗談ですよ。冗談……最初にいったじゃないですか。別に「この話を聞いたら、呪われる」っていうんじゃないんですから。
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