第305話:矛盾
「はぁっ?コイツは元々殺す理由があったし、もう暴走しかかってる。私はこういうヤツを見てきてる。助かったことなんて一度もないよ」
「庇うつもりはありませんし、むしろ貴女の話をしているんです。このまま度を超えた力を行使すれば、彼と同じ道を辿りますよ」
「……はぁ、わかったってば。言われてみたら何か頭痛いし」
灯理は舌打ちしながらも、具現器を一度は解除する。
血で染まった男は一時的に理性を取り戻してはいるが、戦いの疲労と傷によって苦し気に息を吐くばかりだ。
蒼葉市を覆う赤い空の不吉な鳴動と男の忠告がなければ、万が一の事態を招いていたかもしれなかった。
灯理ほどの変異者が制御を失えば、止める術がないのだ。
「貴女が暴走すれば罪のない無数の人々が死ぬと、私に気付かせたのは彼です。そして、彼は今までの暴走した変異者と症状が違います。まだ、救う道はあるでしょう」
情報にある暴走した変異者が意志を取り戻した話は、灯理の言う通り今までに一度たりともなかったはずだ。
彼が意志を取り戻した要因は赤い空にあるのか本人の強靭な意志なのかはわからないが、少なくともまだ助かる可能性は十分にある。
ここで彼を殺す即断を怜司はできなかったし、そんな自分を甘くなったと思いつつも間違っているとは思わない。
この赤い空が男の不完全な暴走に関わっているとするのなら、闘争が終われば元に戻る可能性は高い。
故に、怜司は具現器を起動する。同時に紫色の雨が男に向かって降り注ぐと次第に体が立ち上がろうとする力を失わせていく。
「今は眠りなさい。変異者への毒性は弱めておきましたから、しばしの昏睡程度で済むでしょう」
戦況は刻一刻と動いており、終戦は近付いている。
本当の意味で暴走した変異者達も数日に渡って暴れ続けるのが難しいだろうし、この戦いはどんなに長引いても二日と続くまい。
「ま、いいや。助けられたのは事実だし、今回は特別に見逃してあげる」
「おや、貴女の言葉とも思えませんが感謝します」
「今すぐ殺し直してもいいんだけど?」
「冗談ですよ、また暴走寸前まで行かれては敵いませんからね」
じろりと睨む灯理に肩を竦める怜司。
再び連絡に使っていた通信デバイスを眺めると、先程こっそりと確認した通りに画面は点くものの操作を受け付けない。
灯理の強力な干渉力が原因なのかわからないが、新たに連絡を取る手段は失われたということである。
ならば、先程までに得た情報を頼りに先へ進むしかない。
収監されていた強力な変異者達が行動を開始していた今、いかに楓人であろうとも一人では限界がある。
あの紅月という至高の変異者と対峙する上に、道中に邪魔者が入ることを考えれば救援者は必須だ。
「私はこの戦いを引き起こした張本人に会いに行きますが、貴女はどう動くつもりですか?」
「……ほんっと性格悪いなぁ。私が行かないとでも?」
ため息を吐く灯理は怜司が初めて見た時よりも、幾分か内に秘めた狂気が薄まったように見える。
もちろん彼女は一般的な観点からすれば殺人者の類であり、今までに命を摘み取ったことを悔いている殊勝さも持ち合わせていない。
だが、当然ながら仲間の明璃を傷付けたことを忘れてもいなかった。
哀れな境遇だったからと言って、彼女が犯した罪が消えるとも思えない。
しかし、人とろくに話もできずに幽閉された彼女が歪んでしまったことを、哀れむ気持ちが生まれつつあるのも事実だ。
作戦上で監視の意味があるとしても、見届けようと今の怜司は思う。
最後に彼女が命を散らそうとも、ここまで仮初の間柄とはいえ共闘したのだから行末を見届ける程度の間柄で終わってもいいだろう。
「貴女がまたアレを使おうとしないとも限りませんからね」
「できるだけ使わないようにするってば。使わざるを得ない相手でも来ない限りはね。私もまだ死ぬのはゴメンだからさ」
かくして共闘は継続。
暴走しかかった男を無人のビルの一角に移動させ、二人はロア・ガーデンの流れから最後に得た情報を基に動き出す。
目指すは楓人が情報を得て向かったであろう先だった。
しかし、物事とは皮肉に出来ているものだ。
「待てよ、どこに行くつもりだ?」
冷たさすら感じさせる声が二人の行き先に立ちはだかる。
「何、キミ。死にたくなかったらどいた方がいいよ。それとも、キミも悪人の一人ってことでいいのかな?」
「善悪なんて俺達が勝手に決めるものじゃないだろう」
年の頃は見た目からすると楓人よりやや上か。
伝え聞いている風貌、二人の道を阻む理由があるとすればただ一人だ。
「スカーレッド・フォース、城崎さん……でしたか?」
「あんたとは面識はないはずだが……わかってるなら話は早え。俺はあんたらを殺さないが、行かせるつもりもない。その為にここに来た」
闘争を望まない男で楓人とも一時的とはいえ協力関係を結んだ中で、話の通じる相手だと聞いてはいたが今は説得の余地はなさそうだ。
視線を交わしただけで、怜司と城崎は互いに譲れないものを読み取った。
「キミ程度で私を止められると思ってるワケ?」
「ああ、あんたとの相性は悪くないからな。それとも、切り札とやらを俺にも使ってみるか?」
「……ふーん、見てたってことね」
先程の戦いで灯理の手の内は城崎も知る所だったのはわかるが、その行動にある矛盾が引っかかる。
怜司が城崎の立場であれば、灯理の手の内を知っていることを明かさない方が彼が口にする“時間稼ぎ”はし易いはずだ。
それにも関わらず、城崎が情報を与えたということは灯理をより足止めできる方法があるということか。
「ま、いーや。死ぬ前にどけば命は助けるかもしれないよ」
「得物が振れなくなるまで付き合ってやるよ」
蒼と黄金を誂えた盾形の両腕装甲が城崎の
灯理の初撃、鉾が強いか盾が勝るか。
耳鳴りがする程の衝突音が響き渡った。
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