第295話:その正体へ
だが、その乾坤一擲の弾丸でさえも男には届かない。
「発想は悪くなかったが、惜しかったなァ」
弾丸どころか、引き金が再びぐにゃりと歪んで燐花の指示を拒む。
その時にする奇妙な頭痛といい、明らかに具現器の効果ではあるが彼女の感覚で言えば明らかに榊木は燐花が接近するまでは具現器を発動していなかった。
しかし、彼女の攻撃にまたしても認識阻害を間に合わせるのは能力の発動があまりにも速すぎるのだ。
「・・・・・・っ!!」
再び銃を叩きつけて逃れようとする燐花に榊木は中空から何かを握って、そのまま彼女に向って叩き付けてくる。
辛うじて躱したはずだが、右腕の皮膚を切り裂かれたのが痛覚で伝わってきた。
ぼたりと零れ落ちる血液を見て、燐花は激痛を堪えて唇を噛む。
これぐらいの出血なら変異者は簡単には死にはしないとはいえ、次に隙を見せれば間違いなく殺される上に利き腕を狙われた。
最悪、殺せなくとも狙撃手の戦力を落とす最善手であり、それは榊木が彼女を本気で殺しにきている事実の証明でしかなかった。
「へえ、よく躱したじゃん。武器を持ってるのは教えてなかったはずだけどな」
榊木が握っていたのは、まるで大型の釘のような形状をした武装だった。
血を塗ったように赤黒く、敵を刺し貫くことに特化したかの如き姿。それが彼の具現器の正体であろうことは状況から見れば明らかだ。
しかし、燐花はこの状況に奇妙な違和感を抱えている。
この男は今までは素手で戦っていたように、自身の身体能力は非常に高くとも武装の殺傷能力自体は決して高くはない。
だからこそ具現器の姿を見せたのだろうが、認識阻害の能力を発動した後に出現させる具現器とは奇妙ではないか。
本当に榊木の能力がそれならば、具現器を出してから能力発動の流れが自然だ。
しかし、今の状況では順序がまるっきり逆で具現器の仕組みに反する。
何か、榊木の力には裏があると燐花はほぼ確信していた。
「・・・・・・とはいえ、詰みに近いわね」
あれだけ至近距離で意表を突いて射撃を集めても能力の発動が間に合ってしまうのなら、燐花の打つべき手段はほぼ封じられている。
火力で襲い掛かっても具現器側が乱されるのでは勝負にならない。
変異者そのものへの天敵と言えよう能力で、特に燐花のような身体能力が楓人より明確に劣るタイプの変異者ではスペック差で圧倒もできない。
ふと、その時に燐花の頭の中に突拍子もない考えが浮かんでくる。
「もしかして、試す価値はあるかも・・・・・・!!」
相手の奇妙な能力を暴くことが出来れば勝機はあるかもしれない。
このまま死ぬわけにもいかない以上、最後の一秒まで足掻いてみせる。そして、燐花は決意を固めて再び双銃を具現化して榊木と対峙する。
今度は中距離戦をと言いたげに、銃を素早く構えて弾丸を放とうとした。
「だから、俺にはそれも無駄だって」
余裕を持って榊木が能力を起動する刹那、燐花は動く。
地面に風を膨らませた銃を叩き付け、目くらましに使ったのだ。
接近戦をしにくるだろうが自身の能力の前では何をしようが無力だと、彼は余裕を崩さずに場所を少し移動しつつ冷静に気配を探り続けた。
しかし、次第に見えるようになった燐花の行動は予想を超える。
彼女は榊木に背を向け、今いるビルの陰から壁の凹みを蹴り飛ばして上へと飛び上がっていく。あの闘志を見て、視界を塞がれた状態での一手を予測するのはさすがの榊木にも困難だった。
逃げではない、それは榊木も確信しているが動かない。
いざとなれば、直線の追いかけっこなら追いつけるだけの速力の差が二人にある。
だが、目的を達してからどうやって勝つつもりなのか。
榊木の口元には愉悦を含んだ笑みが浮かび、燐花が追い詰められた末に何が飛び出すのかを子供のように待ち構えていた。
一本取られたのは間違いはない事実だ。彼の能力も範囲は有限である以上、範囲がどの程度までかを突き止めようとするのは当然である。
しかし、燐花の目くらましを見ても、彼が敵に距離を取らせてしまったのは今まで彼女が攻撃する立場を崩さなかったからだ。
そして、燐花が窓枠に手をかけて止まった場所こそが榊木の能力の範囲外。
「良いね、自分で考えて生き残る。素晴らしいことじゃないか」
この状況下で榊木の射程が長くても十五メートル程度であることを見抜いた。
今まで戦い続けてきただけあって、狩られるだけの弱い獲物ではない。
そして、壁を伝って隣の背の低いビルの屋上へと移動した燐花は、銃を砲撃向きの形態へと切り替えていく。
その距離で放っても榊木の身体能力なら躱せる。
だが、彼女の狙いはそこではない。
「へえ、気付きかけてるのか。俺の
燐花は榊木ごと、この人のいない周辺を砲撃に巻き込む気だ。
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