第四章:血の楽園編 - ブラッディ・エデン ー
第217話:新たな始まり
あまりに、不安になる程に平和だった。
コミュニティーの活動も順調、中間テストの結果もぼちぼち。
店の売り上げも昨年よりも増加して、もうすぐ長期休みである。
珍しく二日連続の休業の看板を掲げた七月十二日、蒼葉北高校のカレンダーでは夏休みまで残り一週間ほどまで迫っていた。
ちりんと鳴る風鈴の音を聞きながら、アイスココアを相棒にカウンターに頬をつけてエアコンの風をたっぷりと浴びる。
「なあ、夏休みどっか行くか。もちろん近場にはなるけど」
楓人はぐでーっと体を休めたままで切り出す。
無論、夏休みとはいえ気を緩めるわけにはいかないが、レギオン・レイドと連携して動ける恩恵で夜間巡回の必要はほぼなくなった。
ハイドリーフの一部を九重が説得してくれたおかげで、情報量も増して確固たる土台が築かれたのだ。
「あー、いんじゃない?あたしはどーせ暇だから」
「私はいいよー、久しぶりに都市伝説巡りする?」
「わたしも友達との予定はあるけど、コミュニティー優先で組むから」
「いーんじゃね?都研の方どうすっかだなぁ」
「店もどうするか。休業期間を決めなければなりませんね」
燐花、カンナ、明璃、柳太郎、怜司と順番にくつろぎながら口を開く。
携帯で動画を見たり、楓人と同じくカウンターで休んだり、テレビを見たり、とメンバーは相変わらず自由に夏休み前の時間を満喫していた。
元より堅苦しい雰囲気になるのは変異者絡みの時だけなのでメリハリが大切だ。
「お前ら、好き勝手やってんじゃねーか」
「緩いのは昨日で把握しましたが、普段がここまでとは思いませんでしたね」
カフェ内に居座る二人の客が、メンバーの堕落した姿を呆れ顔で眺める。
今日はカフェの休業日だが、お互いに拠点は教えて連絡を取り合っていた。
もう二重にも三重にも裏切れない保険を体裁と共に重ね、コミュニティーは一蓮托生とも言える関係にあったのだ。
「俺達はな、やる時はやるタイプなんだよ」
「そうよ、言っちゃえリーダー・・・・・・ふ、あはははっ!!」
「えっと・・・・・・怖いよ、燐花」
適当に応援してくれた燐花は、携帯の動画を見ながら爆笑し始める。
これさえなければ普通の女子だが、気立ての良さと容姿を誇りながらも男子の影がない辺りも『たまに一人で笑い出して怖い』と悪評が立っているからか。
渡の威圧感を前に爆笑できる肝っ玉はさすがと言えよう。
母親の件も上手く行ったことで、持ち前の元気さを取り戻した様子だ。
「まあ、実際に成果は出てる以上は他組織に文句をつける気はねえよ」
「ウチでは到底できない方針ですね。人数もここより多いので・・・・・・」
「立場的にも無理に決まってんだろ。俺が馬鹿みたいに笑えっつーのか?」
「ん・・・・・・?誰がバカですってぇ!?」
舌打ちした渡の言葉へと、唐突に食い付く燐花。
喧嘩になりそうなら止めるが、渡と他のメンバーの交流を止める理由はない。
意識は向けつつもアイスココアを追加する楓人と怜司は、すっかり揉め事には慣れてしまっていた。
「頭の緩そうなお前に決まってんだろーが。一人でバカ笑いしやがって」
「・・・・・・ぐっ、ちょっと頭良いからって調子に乗らないことね!!」
さすがに渡を馬鹿呼ばわりは出来なかったようで、悔し気に引き下がる。
馬鹿にしているのか褒めているか分からない捨て台詞も何というか、燐花らしいと言えばそうだった。
だが、この二人が揃って訪ねて来るということは、何かあるのではないか。
昨日も来た恵を連れて来たのは、情報共有が必要だと判断したからだろう。
「渡、休みを利用して俺達に会いに来ただけじゃないんだろ?」
「久しぶりの休暇がてらっつーのはあるんだがな。気にし過ぎかもしれんが、少し気になる情報があった。報道関連には出てねえ情報のはずだ」
「変異者が犯罪に走ったって情報はこっちにも来てないぞ」
渡は“それはそうだろう”と言わんばかりに首肯しつつ口を開く。
その表情には切迫したものはなかったが、少しでも怪しいものは疑ってみようという類の話だろうか。
「おい、そこの・・・・・・金髪。そこにある朝刊持ってこい」
「あ、これ?何か気になるニュースでもあるの?」
何と呼ぶか迷った挙句にカンナを金髪呼ばわりする渡。
珍しく言葉に詰まった様子からすると、彼女の正体は本当に誰にも言わないでいてくれるようだ。
カンナから朝刊を受け取ると机の上に新聞を広げる。
素早くページを捲る中で渡の手が止まり、一つの記事を指で示す。
「ここまでは報道された事件だ、お前も知ってるだろう?」
「ああ、蒼葉市内で薬物乱用者が逮捕されたって話だろ?それぐらいは知ってるけど、俺達が関わるべき問題じゃない」
「そいつはな、逮捕される前にこう言ってる。“超人になれる薬を使った”とな」
普通の人間は超人と言われてもイメージが曖昧だろうが、変異者達となれば容易にイメージ出来てしまう。
しかし、薬物乱用者が脳を侵された末に漏らした発言を、まともに捉えていては何が正しいかも分からなくなってしまう。
それでも、渡がこの事件を危険視しているのは間違いなかった。
ふとした都市伝説が事件の発端だった、よくある話だ。
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