第129話:命の探求


 最初は至極健全にネットで調べたり、人に訊ねる範囲には収まっていた。

 成長するにつれて彼は未知に結論を出すまでの過程に楽しみを覚えたが、人生の中で探求心を満足させるものは得られなかった。


 だが、ある日の彼は刺激を知ってしまったのである。


 大災害という破壊と死が振り撒かれた日。


 人が苦しんで死ぬことに恐怖がなかったとは言えないが、その中で謙也は様々な光景を見ることになった。

 変異者の誕生、誕生に失敗して消えゆく命の輝きに彼は探求心を過去になかった程に刺激されていたのだ。

 人が死んだ日に目を輝かせるのは異常だ、という心の声も好奇心が塗り潰した。


 進化した人間はどこへ行くのか、どのような本能を見せるのか。


 人を超えた生物が放つ様々な命の輝きにこそ、謙也は探求すべきものを見た。

 変異者を研究し切った者がいない故に、その未知の探求を行うことに明確な意味を見出した気がしていたのだ。


 ああ、やっとやるべきことが見つかった。


 疑問ばかりで明確な自分の意味を見出せなかった謙也にとって、それは探求心を存分に満たしてくれるものだった。

 役割を与えられた気になって安堵した自身の小さな自尊心を侮蔑しながらも彼は行動を開始していた。

 変異者が戦って死を振り撒く最前線にいることが変異者の本能を読み解く鍵になると、殺人ギルドを設立して殺人依頼を受けた。


 まずは変異者を衝動のままに動かせばどこまで壊れるのかを調べたのである。


 未だにその結果は見えず、理性そのものが壊れれば具現器アバターの力は人を呑み込むとわかった程度だった。

 そして、殺人ギルドという殺人衝動を刺激する響きに寄ってきた者の中から、探求の為の新しい素材は揃えることができた。


 人が人を超える瞬間を、羽化する瞬間を見届けることができる喜びは何にも勝る刺激でもあり、自分の生を実感できる時間でもあったのだ。



「よく来たね、西形。傷は問題ないのか?」


 窓の外を眺めながら、烏間は追憶を止めて来客を出迎えた。


「ああ、問題ない。僕を助けてくれたことにはお礼を言っておく」


「気にすることはないさ。俺達は仲間だ、そうだろう?」


 西形という男は会社員を務めたはものの一年程で退職して以来、目的もなくアルバイトで食い繋いでいた男だ。

 マッド・ハッカーの募集で殺したい人間がいると依頼してきた所をメンバーとして取り込んだ。

 人間関係が上手く行かずに人が信じられないと言っていた割には、彼を否定しない烏間のことを信頼している様子を見せ始めていた。


 友人らしい友人のいない西形にとっては烏間は依存すべき男だったのだろう。


「君にはもう一仕事して欲しいと思っているんだよね。マッド・ハッカーは俺に協力して一緒に戦ってくれる仲間となると実はそう数は多くなくてさ。雑兵を調達するのに君ほどの適任者はいない」


「・・・・・・わかった、乗りかかった船だ。協力する」


「そうか、ありがとう。これで―――」


 そして、烏間は友人に向けるような笑顔を向けながら告げる。



「———君を生かしておいた甲斐があった」



 鮮血が吹き飛び、西形の腕から鮮血の華が咲いていた。


 烏間の具現器アバターから伸びる紫色の刃が左腕を無慈悲にも貫いているのを見て、西形は悲鳴と共に表情を一気に恐怖に染めた。


「うっ・・・・・・ぐ、ああッ、あああああああッ!!」


「殺すつもりはない。君には可能性があると俺は信じているんだ。信頼していた俺に裏切られた先に極限の恐怖と生存への執着は如何なる変化をもたらすのか。さあ、見せてくれ」


「やめ、ろッ!!こんな・・・・・・モノ、抜け・・・・・・ッ!!」


 傷口を刃で抉られる激痛に表情を歪めて歯を食い縛りながらも侵食していく毒に更に恐怖の色を強めていく。

 刺さる刃から紅の輝きが薄く流れ込み、次第に西形の肉体は変質を始める。


 烏間は西形の力の源である紅の火種に強引に火を灯し、意図的に暴走状態へと陥れようとしている。


 それに加えて極限まで達した根源的な恐怖は肉体をどう変化させるのか。

 そこまで繊細な紅の力のコントロールが出来るのは恐らく烏間一人ぐらいのものだという自信があった。


「大丈夫だ、どんなに狂っても俺は君を見捨てない」


「・・・・・・・・・ッ!!」


 ついに言葉さえも失った西形を前に、烏間はその最後の輝きを慈しむように言葉を重ねた。


「俺達は・・・・・・仲間だろう?」


 変異者の本能を乗り越えた先に生まれる新たな可能性を探求することで、烏間の探求心は満たされる。

 そして、自分が何者かを成果を以て定義付けることができる。


 故に、烏間謙也は変質を開始した西形から目を逸らすと再び窓の外を見つめる。


 招かざる来客が来ていることは窓の外を見て知っていたが、それならば敵は十中八九、黒の騎士とレギオン・レイドだろう。

 最高の探求の為の素材としては漆黒の伝説は打ってつけと言えよう。



「さあ、決着といこうか・・・・・・黒の騎士」



 烏間は逃げも隠れもせず、愉悦さえも唇に浮かべて静かにソファーへと深々と身を落ち着けた。

 今、俺は生きているのだと狂った感想を抱きながら。



 ―――その頃、楓人は烏間の潜伏先の屋敷へと辿り着いて身を潜めていた。



 今回の作戦ではエンプレス・ロアの主軸は黒の騎士となる二人を除けば、怜司・明璃・燐花を連れている。

 それぞれが屋敷の四方に一人ずつ配備しているが、敷地は森も含むとそれなりの規模なので局地戦となるだろう。

 屋敷に踏み込むのは渡と楓人、それ以外は逃げ出せば烏間を捉える役だ。


 正面入り口付近に姿を隠した楓人達は踏み込む機会を伺っていた。


 燐花からは中からは幾つかの気配を感じると報告を受けているので、踏み込むとすればそろそろだ。


らちが明かねえな、俺は行くぜ」


「そうだな、どうせ烏間からは仕掛けて来ないだろ」


 渡はこのままでは敵に準備する時間を与えると考えたようで先に立ち上がって入口へと向かっていく。

 楓人もその方針に従って正面から屋敷の入口へと歩を進めていく。


 その、頭上の窓が不意に粉々に砕け散った。

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