第67話:祈り


 抜けかける力を未だに支えているのは心に抱える祈りだ。


 いつか、誰かの居場所を守りたいと思った。


 炎の海を歩き続けた底知れない不安や恐怖だけは絶対に忘れることはない。

 誰か助けて、一緒にいて、誰も死なないで、死にたくない。

 そんな惨めな弱音や自分の醜さが嫌で、それでも進めば考えずに済むだろうと死の街を歩き続けた。


 そんな気持ちを二度と味わうのは嫌だったし、誰かが味わうのも嫌だと思ったから戦うことにした。


 皆に居場所を用意してやりたくてコミュニティーも作った。

 カンナが楽しい生活を送れるようにと都市伝説研究部だって設立した。

 それは間違いのない純粋な気持ちだったのだ。


 ただ、楓人自身が居場所が欲しかったのは否定できない。


 自分自身が孤独に耐えられなくて、他にもそんな人間がいるんじゃないかと考えただけの話。始まりは自分本位な欲望でしかなかった。


「・・・・・・俺なんかその程度だよ」


「・・・・・・なんだって?」


 楓人は自嘲気味に笑うが、握り締めた拳の力は衰えることはない。


 パートナーとしてカンナがずっと傍で支えてくれており、椿希が訪ねてきてくれて、柳太郎は友達でいてくれた。

 エンプレス・ロアのメンバーだって増えた。都研だって毎回楽しくやっている。


 皆が楽しいと感じてくれているのなら、守ってやりたい。


 そんな居場所を理不尽に壊される人間がいるのなら、同様に手を差し伸べたい。

 自分本位だろうが何だろうが、ここでその理想を失えば真島楓人が生き残った意味などなくなってしまう。

 エンプレス・ロアは、今までよりマシな世界にする為の居場所だ。


「壊させるかよ、お前なんかにッ!!」


「体は言うことを聞かないはずだ。あれだけ毒を仕込んだんだ、君の伝説はここで終わる」


 刃が差し伸べられて、楓人の首へと向かっていく。

 変異者と言えど首を落とされて生きている者はいないし、蘇生という便利な魔法はこの世界にはない。


 ここで黒の騎士は終わると言いたげに刃が迫る。


 体力が尽きた状態では変異者と言えど、精神論だけでは動けない。



 そして、刃が振るわれて鮮血が飛んだ。



「俺も舐められたもんだな。なぁ、烏間」


「なっ・・・・・・馬鹿な!!」


 差し出された剣を風を纏った右手が握り締めていた。

 毒の浸食は漆黒の風が防いでいるが、手から流れる血と痛みにも構わずに剣を離すことはない。


「な、なぜ動ける。とうに動けない状態のはず―――」


 確かに本来なら動けるはずではないし、毒が体に入っているのは事実。

 黒の風には防御として使える能力はあるが解毒は少なくとも今は不可能だ。


「俺がお前の能力に気付き始めたのはいつだと思う?」


“念には念を入れて”楓人は一つの手を打ちながら交戦していた。


 烏間の能力を見抜けていたわけではないが、その何かを待ち続ける戦いには引っ掛かるものはあった。

 もしも、それが楓人が罠に嵌るのを待っているとすれば敗北の可能性は呼吸からの浸食だ。

 自分に有効な戦術を知り尽くしている故に楓人は完璧ではないが対策を打った。


「気付いていたのなら、そもそも毒にかかったことがおかしいだろう」


「その通りだ。でも、警戒はしていたからな。お前が俺に勝つにはそれしかない」


 毒が入ったのは戦いが始まる前だったので防げなかったし、その後の接近戦での毒も間違いなく有効だった。

 でも、烏間が動けなくなると計算している時間は完全に毒が作用した場合だ。


 風で新たに入る毒を緩和していた楓人に入った毒は、烏間が把握している量よりも明らかに少ない。


 だから、カンナに対して告げたのだ。


“俺が折角、勝ちを拾えそうなんだから信じてくれよ”と。


 この距離まで近付いたのなら逃がす心配もない、用心深い敵がこの勝負で初めて見せた明確な油断を楓人は突いた。

 楓人の切り札がまだ動けることだと悟らせない為に、一度振るわれた一撃をあえて腕で受けて出血してみせた。


「近付いたのが運の尽きだったな」


 黒の騎士が負ければ楓人の理想は崩壊するだろう。

 敗北しないことが、世界を変えようとする傲慢な男の覚悟であり責任だ。


 烏間の左腕を離さないままで残された力を振り絞り、漆黒の風が烏間を包む。


 温存した力を心に宿る熱が突き動かす。


「くそ・・・・・・ッ!!」


 烏間がぎりっと歯を食いしばった瞬間、一撃は放たれた。


黒嵐戦型フォルムストーム―――”


 内側から相棒の危機を必死で耐えた彼女の声が聞こえる。


 どんな時も傍にいてくれた最高の相棒の祈りと熱を引き継ぎ、力を解き放つ言葉を吐き出した。


出力解放バースト――――ッ!!!!!」


 風は嵐へと昇華され、目の前の敵を全力で打ち据える。


 黒の騎士が持つ数少ない遠距離の敵に触れる手段であり、出力解放を行えば容赦なく相手を喰らい尽くす魔性の嵐となる。

 避けられる手段も、避ける策も烏間にはないのは明らかだった。



 ―――この瞬間が決着だ。



 烏間の体が吹き飛んで壁へと強かに叩き付けられた。

 力を制限された状態で捻り出した力であっても、周囲に文字通り嵐が蹂躙した後のような暴威を振り撒いていた。

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