第36話:交戦-Ⅱ
目的地へ歩みながら怜司は思う。
矢面に立つ役割はリーダーである楓人が背負っている。
変異者に戦いに抵抗がない人種が見受けられるのは、本人の資質以外にも管理局によって一説が提唱されている。
人間が恐怖や不安を覚えるのは“もし、失敗したら何かを失うかもしれない”と未来を恐れる根源的な現象だ。
変異者になることは脳の一部の変貌を意味しており、自分が人類を超えたという意識と自信が潜在的に脳に刷り込まれる。
同時に過ぎた力を振るいたい欲望が闘争本能と呼ばれるものへ変貌する。
例えば、身体測定で握力を測るとしよう。
本来なら百五十キロの握力を持つ超人がいたとして、常に五十キロの記録を残せと強要されるのだ。
それは日常生活でも続き、常に加減された状態で生きていく。
変異者の場合は力の上限が上がる感覚で、そこまで細心の注意は必要ないとはいえストレスを感じる者も多い。
――—だが、そんな本能と潜在意識を抱えた変異者にも恐怖はある。
同じく人を超えた敵への本能的な死を忌避する恐怖だ。
それは楓人にあるはずで、常に前線で戦い続ける頭目に対して怜司は恩義も感じていたし尊敬もしていた。
「私は・・・・・・そこまで本能を抑えられる人間ではありませんからね」
怜司が理性を保ち続けていられるのは、楓人が手綱を握っていてくれたからだ。
彼は必要とあらば人間の命を奪える冷徹さを心の奥に隠している。
無論、エンプレス・ロアの仲間のことは心底大切に思っているが。
「少しばかり不憫ですが、ストレス発散といきましょうか」
そして、怜司は大勢の前に真っ向から姿を現した。
目の前には建物を取り囲む二十名ばかりの変異者が、思い思いの武器を手にして集まっていた。
「・・・・・・なんだ、てめえは?」
手前にいた男が怜司の存在に気付き、周囲のメンバーもこの声で得体の知れない人間の接近に意識を向けた。
やや警戒の色が声に滲んでいたのは、唐突に眼前に出現した怜司が持つ異様な気配を察したからだろう。
だが、男達はすぐに別の異変に気付いたようだった。
「何だ、こりゃ・・・・・・雨?」
紫色に透き通った奇妙な雨が男達の周りには降り注いでいた。
雨と違って濡れることなく、体内や地面に染み込むように雨粒は消えていく。
不吉な色をした雨に周囲にざわめきが広がっていく。
「殺す気はありません。少し、気絶していて欲しいのですよ」
マスクの下で、怜司は柔和な笑みの中に凄惨さを隠す自分を自覚した。
既に彼らは怜司の
変異者として覚醒した者は己の力の名を自然と知るようになる。
まるで、子供が親の名を知るように。
「な、なん・・・・・・だ?何、を・・・・・・ッ!!」
「か、体が・・・・・・」
その場にいた全ての男達が膝を着き、得体の知れない肉体への重圧に耐えかねて地に伏せることしか出来ない。
それを見下ろして、唯一立っているのには怜司のみだった。
「もう遅い。私と出会った時点で腹の中ですよ」
楓人に次ぐ変異者である白井怜司が持つ、変異者に対しての強力な攻撃手段。
効果範囲に入れば並みの変異者では、その気になれば呼吸すら許されない重圧が襲ってくる。
怜司が加減をしているが故に彼らは生命活動を行っているし、解放すれば程なく自力で歩ける程度まで回復するはずだ。
これが怜司が単独行動を選んだ理由でもあった。
「さて、後は我らがリーダーに任せるとして。その前に・・・・・・」
怜司は呟くと目の前で抵抗さえ許されない男達に底冷えのする視線を向けた。
男達からすれば、怜司のことはタチの悪い死神に見えることだろう。
「少しばかり、役に立って貰うとしましょうか」
―――その頃、建物の中では状況は変化していた。
小規模な爆発が連続して発生して、月明かりの差し込む戦場を更に照らす。
外の一方的な戦況とは裏腹に二つの影が交錯する。
「本気で殺しに来てるわけじゃない、か」
楓人は呟くと新たに発生した爆発を跳躍して回避する。
あの爆発の種は知らないが、間違いなく
ケイは身体能力こそ優れるものの、近距離は不得手だろう。
無意識に距離を取りたがるスタイルからそう判断し、能力の中身は火薬か何かの効果を増幅させているのか。
そろそろ、今の攻撃では黒い装甲は貫けないと察する頃だ。
しかし、実を言えば爆発という攻撃手段とアスタロトは然程、相性は良くない。
鉄壁に見える黒の騎士だが、楓人にダメージを与える方法は幾つか存在している。
一つは装甲の防御力を上回る攻撃を叩きこむこと。
そして、弱点の内一つは楓人が生命活動あるいは呼吸を行っていることだ。
つまり、気体に近い攻撃に対しては物理攻撃程の防御力を発揮できない。
だから、楓人は最初に敵と対峙する時は黒い風をわずかに纏わせる。
周囲の大気に危険がないかを確認しつつ、危険ならば防御を行う為だ。
爆発を連続されると呼吸を乱される。
呼吸が乱れ続ければ、いずれはアスタロトのコントロールも鈍る。
並外れた防御力のおかげで肉体には未だ傷一つ付いていないが、密かな弱点を補う形で楓人は戦っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます