第8話 三章 無知 その3


 ケヴィンたちが北門から出ると、スライムはすぐに見つかった。ゼリー状の体で地面を這いながらやはり、村までおよそ二十フート(約三十二メートル)まで近づいていた。

 ランタンを掲げ、赤紫色の粘液を照らす。腹の中には何もなかった。

「全部溶けたか。服くらいは浮いていると思っていたがな」

「あいつらと来たら服だろうと銃だろうと何でも溶かしちまうからな」

 ケヴィンのつぶやきをバルトが拾う。正確に言えば、その認識は誤りである。スライムにも消化できるものとできないものがある。


 ここでスライムの構造について簡単に説明しておく。

 スライムといえば半透明のゲル状の生命体を想像されるだろう。一見すると、粘液の塊だが、実はその粘液は二重になっている。表面は薄い膜になっており、乾燥を防いでいる。スライムの構成要素の九割は水分であり、膜の下は中心部に行くほど強酸になっている。獲物がスライムに触れると、体内の粘液は中心部へと流れ込む。そうして捕まえた獲物を体の奥へ奥へと取り込もうとする。同時に中心部からはグラチウムと呼ばれる分解酵素が全身に広がり始める。これはスライムのみが分泌する特別な酸である。タンパク質をはじめ、脂肪・ミネラル・糖質など、一部の金属を除けば人体の構成要素ほぼ全てを消化吸収してしまう。


 人間一人が完全に溶けるまでの時間は一定ではない。獲物とスライム自身の大きさ、スライムの栄養状態によって消化速度は異なる。牛肉や豚肉を使った実験からおよそ平均して一時間~二時間程度とされている。スライムの栄養状態や環境により左右される。寒い土地であれば、消化速度は鈍るという。溶かされるのは人体だけではない。革製品や植物性の衣服まで溶かしてしまう。例外は鉄製品である。金属はスライムにとって異物のため、ある程度たまると排出してしまう。


 ケヴィンら捜索隊に赤紫色の不定形生物がじりじりと近づきつつある。すでに目の前まで迫っていた。ケヴィンはうなずくとスライムの前に鉄線で縛った生肉を放り投げた。正確な好物は知らなかったが人間を捕食する以上、肉が好きなのだろうと推測したためだ。

 事実、スライムの好物は動物性タンパク質、つまり肉だ。

 スライムは驚喜したかのように体を震わせると、まるで猫科の動物のように生肉に飛びついてきた。

 スライムにはのろまというイメージがある。そもそもスライムは構造上、移動には適していない。水の中のように浮力のある場所で揺られている魔物なのだ。移動の際も体内の水分をある程度上下させることで体重を移動させ、動くことが出来る。

 水の中でもない限り持続した移動には不向きな構造だが、それは長距離の場合である。体の水分を瞬間的に上下に移動させることでボールのように跳躍することができる。

 その距離はおよそ一フート(約一・六メートル)、持続力はないが問題は速度である。秒速一三・七五ラルフート(約二十二メートル)、時速なら五〇ラルフート(約八十キロメートル)に達する。

 一フート走ならスライムは熊よりも速い。


 あまりの速度にケヴィンも一瞬虚を突かれた。が、半ば本能的に鉄線を手元に引く。一瞬遅れてスライムがばねのように体を上下させて着地する。

 体を揺らしながら体表面を動かし、自分の場所や獲物の位置を再確認しているのである。ケヴィンたちは釣りの要領で手元の鉄線をかすかに動かすと、またスライムは肉めがけて移動させる。あとはその繰り返しだった。

 捜索隊の姿は徐々に村から離れていった。


 村から遠ざかっていくスライムの姿にロビンはほっと胸をなで下ろした。熊や猪ならともかく、銃も通用しないような魔物と渡り合うなど御免だった。

 できればそのままどこか遠くまでいなくなってほしい。

 見張り台からスライムが遠ざかっていくという報告を聞いて、村の中にも空気が弛緩していく。

 やはり目の前にいるのと、離れるのとでは恐ろしさは違う。

 ひとまずは最悪の事態は免れたと安堵していた。

 大人たちの安心する空気をクラリッサ氏も感じ取っていた。

「正直何が起こっているのかもわかっていませんでしたね。その時は。スライムなんて全然見ていませんでしたし、もちろん近づくなんて許してくれるはずがありませんでしたから」

 よくわからないけれど、おっかない魔物は遠くに行ってしまったようだ。

「もう大丈夫だからね」

 話しかけてきたのは母親のユリアである。クラリッサ氏の肩を抱いて優しく語りかけた。恐ろしい怪物はケヴィンおじさんたちが村から遠ざけていったからもう安心よ。夜が明ければ、ふもとから軍人さんを呼んで退治してもらうからね。

 噛んで含めるように言い聞かせると、幼いクラリッサ氏の手を引いて家に戻るよう促した。

 うんうん、と意味も分からずうなずきながらクラリッサ氏は村の外にいる二人の友達のことを考えていた。

 言うべきか言わざるべきか。彼女はいまだに迷っていた。

 外にはおっかない魔物がうろついているらしい。今のうちに言った方がいいのかも知れない。でも言えば約束を破ったことになる。そうなればエリカはハチミツをくれないだろうし、ママにも叱られてしまう。

 早く戻ってこないかなあ。焦りとやましさで小さな胸をもやもやさせながらクラリッサ氏は何度も北門の方を振り返った。

「ねえ、ちょっといいかな」

 そこに中年の男女が話しかけてきた。クラリッサ氏は血の気が引くのを感じたという。

「うちの子見なかったかしら。さっきから姿が見えないのよ」

 話しかけてきたのは農家のカールとその妻のマグダ。ヴィオラの両親である。

 幼いクラリッサ氏は泣きながら全てを話す羽目になった。母親から目玉が飛び出るほどひっぱたかれたという。

「あの時は本当にほっぺたが、ちぎれるんじゃないかと思った」とは現在のクラリッサ氏の述懐である。

 急遽、捜索隊の増員が決まった。

 ベリエス、オイゲン、ヘクトール、ジャン、マイク、ラニサヴら六人がエリカとヴィオラの捜索に向かうことになった。


 最初は家の中で震えていた女性や老人たちも家の中から出てきて祭りの後片付けを始めた。

「今年の祭りはひどいことになったねえ」

「きっと神様がお怒りになられたんだよ」

 信心深い善男善女たちはそんなことを噂し合った。

 彼らは間違っていた。

 本当の惨劇はここからである。


 ケヴィンらが捜索に出てからおよそ一時間後、未だ戻ってくる様子はなかった。ロビンは大あくびをしながら目をこすった。祭りの酒がようやく効いてきたようだった。薪の爆ぜる音が余計に眠気を誘った。エドガーは既に座り込んで高いびきをかいている。

 銃声が聞こえた。 

 ロビンは身をかがめながらとっさに猟銃を引き寄せ、安全装置に指をかけた。

 エドガーも跳ね起きると、手すりより背を低く屈めながら村の外へ目を凝らす。

「今のはなんだ?」

 エドガーの質問にロビンはわからねえ、と短くつぶやいて首を振った。

「見つかったわけではなさそうだが」

 行方不明者を発見した時は続けて二発撃つよう、事前に打ち合わせしている。生きていればさらに一発鳴らす。

 だが銃声は一発きりだ。

「別の熊でも出たのかもしれないな」 

 スライムに殺された(おそらく首から下を溶かされた)奴ほどではないにしても、熊はそこらにいる。出くわして発砲したとも考えられる。

「あるいは狼かもな」

「場所は?」

「北東の方だと思うがわからん」

 何か見えないか、とロビンは恐る恐る立ち上がり、見張り台の手すりから身を乗り出す。星空のない夜空の下に闇の深い森が広がっている。耳を澄ませて気配をうかがったが、時折枝葉のこすれる音がするくらいで、気味が悪いほど生き物の気配がしなかった。フクロウの声もコウモリの羽ばたきも虫の音もオオカミの遠吠えもごっそりと削り取られたように聞こえなくなっていた。

「どうなっているんだこりゃあ」

 そうつぶやいた時、ふと物の動く気配がした。

 釣られるようにうつむき、音のした方を覗いた。心臓が震えた。

 音はロビンの足元、北門の下から聞こえてきた。

 大人の背丈ほどもある、赤紫色をしたスライムが北門の門扉に張り付いていた。


 何故、という疑問がロビンの脳裏をかすめた。ケヴィンたちがスライムを村から遠ざけていったのをこの目で見ている。仮にケヴィンたちが取り逃がして戻ってきたにしても速すぎる。

 困惑するロビンの眼下では赤紫色の粘液の中に鉛玉やベルトの金具が浮かんでいた。


 最初のスライムがどこから来たかについては前述のように様々な仮説が立てられているが、もう一匹の出所については、ある程度推測が付いている。

 分裂したのだ。

 スライムは単細胞生物に近い生態を持っていることは現在では広く知られている。栄養を蓄え、一定の段階に達すると分裂する。繁殖方法も単細胞生物と同じなのだ。生きのいい成人男性を捕食したことで栄養を蓄えたスライムが、分裂したことは容易に想像が付いた。仮に別の個体であったとしてもあまり議論の意味はない。肝心なのは一匹だと思われていたスライムが複数匹いたという事実である。


 ロビンは見張り役としてのは義務を果たした。警告ではなく、悲鳴という形で、ではあるが。

「なんだこいつ、どこから来やがった」

 隣のエドガーもスライムに気づいた。舌打ちしながら猟銃を手に取り、引き金を引いた。弾はスライムの体に飲み込まれると、半透明の粘液の中を漂い始める。 

 ダメか、と隣で見ていたロビンは泣きたくなった。何かないか、と辺りを見回すと、見張り台のかがり火が目に付いた。とっさに薪を手に取り投げつけようとしたが寸前で思いとどまった。もし板塀や門扉に燃え移ればかえって村を危険にさらすことになる。

 代わりに石を投げつけたが、やはり体に飲み込まれるだけで何の効果もない。

 スライムは少しずつ重力を無視して門扉の表面をナメクジのように這い上がっている。

「効いてねえのかよ」

 ロビンは愕然とつぶやいた。


 前述したようにゾルフの樹液には魔物を寄せ付けない効果がある。昔の冒険者はゾルフの樹の切れ端を常に備えており、スライムに囲まれた時にそれを燃やしたところ、一目散に逃げていったという故事も残っている。

 ならば何故、トレメル村に出没したスライムには効かなかったのか。

 これについてはスライムのある特性が考えられる。薬を飲み続けるうちに体の中に抵抗ができて効きにくくなることを耐性と呼ぶ。スライムは耐性を獲得しやすい魔物である。同一の種族でも環境に応じて形状や性質を著しく変化させる。水の少ない地域では体を小さく丸めて乾燥を防ぎ、沼地では反対に体を大きく広げて少ない栄養を少しでも獲得しようとする。同一の種族で多数の性質を持つのは確認されている魔物の中でもスライムだけである。

 繰り返すがトレメル村の付近はゾルフの木の群生地である。当然、村へと近づく際にゾルフの木の傍を通ったはずである。魔物がゾルフの木を嫌がるのは木に含まれる成分を嫌ってのことだが、それは樹液だけでなく樹皮にも含まれている。

 『災厄の泥がもたらしたもの』では移動するうちにスライムに耐性が付いたという説が挙げられているが、召喚説ではなく自然発生したものなら既に耐性を獲得していたとも考えられる。

 それでも全く効いていないわけではなかった。

 樹液によって板塀自体が溶かされるのを防いでいた。後年の実験でも樹液を塗った木材とそうでない木材とを比較した結果、スライムが溶かすのにかかる時間は三倍以上も違う。ラトリス製ならば、なおのことだ。スライムにすれば針の上を歩くようなものだ。効いていないのなら板塀ごと溶かされ、あるいは塀を乗り越えて村へと侵入していただろう。


 エドガーは舌打ちしながら身を乗り出し、腕を伸ばして農作業用のフォークを振り上げる。

 板塀とスライムとの隙間に先端を突っ込むと引きはがしにかかった。

 スライムは板塀から離れ、ぽとりと地面に落ちた。

「やった」

 ロビンは快哉を叫んだ。

「まだだよ」

 エドガーは油断のない目つきで塀の下を覗き込む。

 一度板塀から引きはがされたスライムは再度門扉にとりつき、体を這わせながら登ろうとする。

「しつっけえなあ」

 うんざりした声を出しながらもロビンは心の中で安堵していた。

 門の正確な大きさは、記録に残っていないが、大人の背丈の倍くらいというから少なく見積もっても二フート(約三・二メートル)はあっただろう。見つかったスライムはその半分以下。乗り越えられる訳がない。壁も頑丈で、スライム程度の重さでのしかかられても壊れるようなヤワな作りはしていない。このまま朝まではがし続けるのも面倒だ。一度、塀から引き離して油でもぶっかけて焼き殺した方がいいかも知れない。

「とにかく応援が来るまで」

 こらえれば何とかなる、と言いたかったのだけれど最後まで言えなかった。

 我が目を疑う光景に声を失ってしまった。

 見張り台の西側、北門から向かって右側に無数のスライムが群がっていた。

 こぶし程度の大きさの者や人の頭くらいまで、まるでブドウのように門扉の隅に固まっていた。

 それだけではない。森の奥からも小さな粘液の塊が這いずりながらどんどん村の方に集まっている。

 繰り返しになるが、スライムの好物は動物性タンパク質、つまり肉である。当然、人間に限らず、ありとあらゆる動物が補食の対照になる。虫やウサギ、小動物を捕食したスライムが肥大しながらさらなるエサを求めて、村まで続々と近づいていたのだ。ちなみにスライムの増殖は一回で数百匹から数千匹と言われている。

 ロビンは体を震わせて、迫り来るスライムの大群を見下ろしていた。このままあいつら全部に張り付かれて、板塀も門扉も耐えられるだろうか。乗り越えられるか、重みで倒されてしまえば村の中への侵入を許してしまう。外の脅威はスライムだけではない。熊もイノシシもオオカミもいるのだ。

「おい、ぼさっとすんな手伝え」

 エドガーの叱咤で我に返る。

「ちくしょう」

 呪いの言葉を吐きながらロビンが武器として選んだのは、エドガー同様、農作業用のフォークである。とにかく何でもいいから少しでもダメージを与えられそうな武器が欲しかった。先頭のスライムたちは登りにくそうにしているものの、後続は仲間を踏み台にして乗り越えてきそうな勢いがあった。

「来るんじゃねえ」

 腕を伸ばし、三つ叉の先端でスライムの胴体を突き刺すが、手応えがない。それどころか、柄をつたって上ろうとしてきている。

 あわてて振り回すと、小さな赤紫の水玉が森の奥へと飛んでいく。がさり、と音たててやぶの中に突っ込み、しばらくすると森の奥から少しだけ大きくなって戻って来た。戻る途中で虫や小動物を食べたのだろう。また塀にへばりついて這い上がろうとする。それを払い落とす。戻ってくる。その繰り返しだった。しかも何匹もいる。いずれ体力が尽きることは目に見えていた。

 板塀は村中を囲っているのに北門側に集まって来るのには理由があった。熊である。熊によって傷つけられた北門は、まだゾルフの樹液の塗り直しが終わっていなかった。スライムにすれば、ほかの場所に比べて圧倒的に登りやすかった。

「こっちはまだかよ」

 門扉にへばりついたスライムを農作業用のフォークではがしながら助けを呼び続けた。

 実を言えば応援は既に来ていた。ロビンも数名が北門に駆けつけるのを見ていた。だが誰一人見張り台には上がってこなかった。見張り台に行くどころではなかったのだ。

 彼らもまたスライムの侵入を阻むべく奮闘していた。

 この時、駆けつけたのはヘルムート、リュック、マルセロら木こりの仲間である。

 悲鳴と銃声を聞きつけ、北門へ駆けつけた彼らを待っていたのは、北門の扉の隙間に付いた赤紫色の粘液だった。小型のスライムが門の隙間から滑り込もうとしていたのだ。

 彼らはあわてて手にしていた手斧や棒でスライムを外から追い返し、継ぎ目に土を埋め込んだ。続いて応援に駆けつけたトマスは弓矢を持っていた。矢の先端に火をつけ、門越しに火矢を放った。矢じりの炎は、闇を切り裂いて門や塀の上を越え、放物線を描いて飛んでいく。ほとんどは地面に突き刺さるか、地面に転がったが二回ほど、小型スライムに突き刺さった。火矢に射貫かれたスライムは逃げることも出来ず、体から白い煙と沸騰した泡を吐きながら蒸発した。それでもスライムの勢いには変わりなかった。

 ロビンはだんだんとめまいを感じ始めていた。疲れと緊張から呼吸も乱れていた。得体の知れない怪物への恐怖が疲れを倍加させていた。

 隣で奮闘しているエドガーにもだんだんと疲れが見えてきた。彼の相手はスライムの大群の中でも一番のでかぶつだった。しかも引きはがすごとに重くなっていく。きりがない。その間隙を縫って小型のスライムがよじ登ってきている。動きが遅いのが救いではあるが、数が多すぎた。

 汗が目に入った。一瞬手が止まった隙を突いてぴょんと飛び上がる気配がした。おそるおそる目を開けると、予想通りの光景に愕然とした。

 小型のスライムがとうとう塀を乗り越えてきたのだ。

 目も鼻もない、のっぺらぼうがなぜか笑ったように見えた。

 ロビンはもう一度叫び声を上げた。

「頭を下げて」

 後ろから声がした。ロビンは反射的に指示に従った。

 銃声に続いてはじけるような水音がした。我が身の無事を確認し、見張り台の手すりから顔を覗かせると四散したスライムが、塀の下に落ちていた。

 振り返ると、ケヴィンの息子のニコラスが煙の上がった猟銃を持ちながら見張り台のはしごに足をかけるのが見えた。

「遅れてすみません」

 そう言いながら物見台に上ると、ニコラスは次の弾を装填し、塀を這い上りつつある大型スライムに向かって発砲した。赤紫色の粘液が卵のように砕け散った。

 ニコラスが用意したのは、炸裂弾である。目標に当たった途端、弾頭が砕けて標的の体内で砕け散る。殺傷力は抜群だが、それ以上にむごたらしい傷跡を残す。必要以上の人体破壊を招くため当時から人的使用は禁止されているものの、魔物や一部の獣に限っては現在でも使用されている。

 ニコラスは数時間前にスライムと出くわした時から対策を考えていた。父と別れた後で自宅に戻り、ありったけの炸裂弾を用意していた。

 実を言えば、スライムと最初に遭遇していた時にも弾は持っていた。例の熊のために用意していたものだ。父親のケヴィンが逃走を選んだため使わなかったが、当たればすさまじい威力を発揮する。

「やったな」

 ロビンが歓声を上げた。彼は年下の猟師を尊敬していた。幼い頃からケヴィンについて猟を習ってきている。既に腕前はロビンよりずっと上だった。父親は村でも評判の偏屈者だが、息子は母親に似て人当たりもいい。

「気をつけてください」

 ニコラスは父に似ず、気遣うような目を向けながら言った。

「また向かってきます」

 ロビンが塀を見下ろすと、地面に落ちた粘液はうごめきながら集まろうとしていた。それだけではなく、小さなスライムたちも重なり合いながら境目を失っていた。より巨大なスライムに生まれ変わろうとしていた。

 小魚も群れで泳ぐことで巨大な魚に擬態し、捕食されるのを防ぐ。スライムもまた同様の生態を持っていた。

 違いは、『本当に』一つになってしまうことだ。

「いけるか?」

 炸裂弾の数にも限界がある。

「この程度で音を上げていては親父に叱られますから」

 村でも指折りの好青年は偏屈者の父親を尊敬していた。

 にやりと太々しい笑みを浮かべながら弾を込め直し、引き金を引いた。板塀の下でスライムが砕け散った。

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