18話 私への来客

「美味しい!」


 学園初日も無事終了し、私達は寮に帰ってきていた。

 そしてシャルをアイリの部屋にお招きし、夕食前のちょっとした時間でティータイムを楽しんでいる。

 シャルが感激したのは、お茶受けにお出ししたクッキーである。

 私が朝作ったものなので時間が経ってしまっているけど、私は力を使いクッキーの状態を保っていた。

 アイリがいつも喜んでくれる、研究に研究を重ねたお姉ちゃん特製クッキーだ。


「お姉様のクッキーは特別に美味しいの」


 アイリも誇らしげだ。


「こんなに美味しいクッキーを食べれるなんて羨ましいわね」


「お気に召して下さって光栄ですわ」


 公爵家御用達の菓子職人なら、もっと洗練されたものを用意していそうだけど。


「大変美味しいです。なんというかすごくホッとします」


 エマも気に入ってくれた様だ。

 エマの私に対する態度が恭しくなってしまったけど、他のお付きに者たちを萎縮させたくないので秘密にしてほしいと頼んである。


「紅茶もとっても美味しいわ。夕食前なのが恨めしいわね」


 シャル絶賛だ。

 私はアイリがお友達を招いた時に恥ずかしい思いをしない様、

 美味しい紅茶の淹れ方をマスターしている。

 茶葉はユニスリー家が手に入れることができる最高級のものを用意してあり、今朝、茶葉の吟味もした。

 メイドとしても当然の嗜みだろう。


 本来は、お付きの者であるエマと私が一緒の席につくのはありえないこと。

 しかし、今4人で楽しくお茶を楽しんでいる。

 今後の活動を話し合う為でもあった。


「思いつきは面白そうだけど課題は多いわね」


「うん、歌いながら踊るのって大変だね」


「そうね、選曲も振り付けも一からになるわね」


 歌って踊るアイドルがこの世界にいない以上、手探りのスタートになる。

 私に作詞作曲や振り付けの才能があれば、全てプロデュースしたのに。

 流石に私にそこまでの能力は無い。

 力を使っても無理だろうことは、これまでの経験で判っている。

 いえ、可能かもしれないけど時間がかかってしまうだろう。

 それよりは才能ある人をスカウトした方が早い。


「酒場の流行り歌を参考にされたら如何でしょう?」


 とエマが提案した。

 なるほどと思う。


「でしたら恋の歌や明るい歌がいいわ」


 私も同調する。

 しかし、私がいた世界の様なアップテンポの歌はあるだろうか?

 こればかりは行ってみないと判らない。


「そうねぇ。先ずは歌を決めてから踊りを合わせた方がいいかしら」


「踊りが得意な人にも参加してほしいね」


 シャルとアイリもいい案が思いつかないので酒場の流行り歌の情報を集めることに賛成し、さらなる協力者を集めることで意見が一致。

 そこで今日のところはお開きとなった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 アイリ達、学院生の夕食の時間になった。

 寮の食堂は広い。

 とは言え全員が一度に入れるほど広くもない。

 従って学年ごとに時間割が決まっていて、食後の紅茶を楽しむ余裕はない。

 食後の紅茶は部屋で楽しむ事になる。

 

 厨房はさぞかし戦場と化していることだろう。

 私達はそれぞれの主の背後に控えている。

 お付きの者の食事は主達が自室に戻り、学院性全員の食事が終わってからだ。

 やはり全員が一度には入れないので時間割が決まっている。

 ちなみに学院性程時間は貰えない。


 アイリが食事を始めてすぐの事、寮の管理職員が私の元にやってきて来客が面会を求めていることを告げた。


「私にですか?」


 と職員さんに質問したところ間違いないとのこと。

 ダン兄様だろうか?

 私はアイリの幅に行き、そっと耳元に囁く。

 アイリがこんなに近くに!


 可愛い! 可愛すぎる!


 アイリの耳を噛んでしまいたい。

 でも我慢だ!冷静になれ私。

 兎も角、アイリを間近に見ることが出来た。

 どなたかは知れないけど来客に感謝!


「アイリ様、少し外させて頂きます」


 そう囁くと


「はい、わかりました」


 とアイリは可愛らしく頷く。

 思わず抱きしめそうになる。

 危ない、気をつけないと。


 ロビーに足早に向かう。

 アイリの食事が終わるまでには済ませたい。

 兄様だったどうしようか?

 こんなところで流石に妹分の補給行為をさせる訳にはいかない。


 ロビーに出てみると。

 来客は兄様と闘技場でお会いしたコアトレーニン様だった。


「この様な時間に済まない。でもトレーニがどうしても会いたいと言うものだから」


 私が現れるなりダン兄様が説明してくれた。

 心なしかダン兄様は嬉しさと怒りが同居しているような感じがする。


「ようこそおいで下さいました」


 ニッコリと微笑みメイドとしてお辞儀をする。

 癪に触るが兄様にも笑顔を向ける形になってしまった。

 途端にダン兄様の機嫌は良くなった。

 単純な人である。


 コアトレーニン様はそんなダン兄様を他所に私に近づくと、私の手を取り跪いた。

 私の手の甲に軽く口づけをする。


「先日は、ダンベルの妹君とは知らず大変失礼を致しました。私はコアトレーニン・リッシルト。改めてお見知りおき下さい」


「リッシルト様お立ち上がり下さいませ。今の私はあくまでアイリス様付きのメイドという立場。今の状況を誰かに見られたら、リッシルト様が後々お困りになりましょう」


 力を使い周囲を探ると周囲に人は居ないようで、今の会話は誰にも聞かれていない。

 リッシルト様は私の言葉に促され、立ち上がる。


「是非、トレーニとお呼び下さい」


「ご丁寧にありがとうございます。リリエナスタ・ユニスリーと申します。こちらこそ大変失礼を致しました。お許し下さいますか?」


 改めてカーテシーをする。

 メイド服でこれをするのは何度目だろうか?


「気になさらないで下さい」


 見れば、トレーニ様の背後で兄様が鬼の様な形相をしていた。

 手の甲にキスされたのが気に入らないのだろう。

 私が困ったように兄様に微笑むと、兄様は表向きは平常に戻ったようだ。

 兄様の人気を利用しているので こんなところで重度のシスコンがバレると大変困るのである。

 困った兄様だ。


「こんな時間に突然お仕掛けて申し訳無かった。お詫びに何かできることはないでしょうか?」


 トレーニ様も大変人気のある方だ。

 あまり関わるとアイリに敵を作ってしまうかも知れない。

 トレーニ様の申し出を断ろうとして先程の酒場の件を思い出した。


「トレーニ様、ダン兄様もここではメイドのリリーでお願いしますね。ですからリリーと呼び捨てにして下さい」


「わかりました。リリー」


 またも鬼の形相になる兄様。

 トレーニ様が居なければ、冷たい視線を向けるところだけど…

 実に癪に触るが困った様な表情で無言の懇願をする。

 途端に目尻が下がる兄様。

 困った兄様であるが実に扱いやすい。


「その上で実はお二人にお願いがあるのですが」


「なんだいリリー?」


 兄様がここぞとばかりに割って入ってきた。

 どちらかだけ誘うのはNGだ。

 他人にデートと見られるとアイリの立場を不利にする。

 戸惑いはある。

 しかし既にお願いがあると言ってしまった。

 思い切ってお願いする。


「私を町の酒場に連れて行って欲しいのです」

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