伝説の鍛冶職人

ザルルの炭鉱へ向かうテティノとラファウスは森の中を彷徨っていた。飛竜カイルに乗って直接向かおうと試みたものの、上空からは炭鉱の入り口が見つけられず、仕方なく森の中に降り立って入り口を探す事になったのだ。

「くっそー、こんな森の中でどうやって探せって言うんだよ!」

険しい森の中、テティノは必死に炭鉱の入り口を探す。ラファウスは決定的な手掛かりを得ようと、風の力で周囲の匂いを探っていた。

「……やはりこの辺りである事は間違いなさそうです。血の匂いがとても濃いですから」

「何度も言うけど、それは信じていいんだろうな?後になって勘違いでしたとか言うのはやめてくれよ」

「あなたが信じなくても、私だけでも探しますよ」

冷徹な口調で言いながらもラファウスが周囲を探る。テティノは仕方ないなと思いつつもラファウスと共に動き始めた。



炭鉱の奥に進むレウィシア達は通路の先に巨大な入り口を発見する。その先に広がるのは無数の光輝く水晶と鍾乳洞、そして神殿を思わせる朽ちた遺跡が建てられた大空洞であった。

「あれが……!?」

間違いなくこれがリヴァンの手記に書かれていた太古の遺跡である事を確信するレウィシア。遺跡はヒカリゴケに侵食され、入り口も苔に塗れている。

「……噂は本当だったのね。これだけでも十分なお宝ものだけど、実に面白くなってきたわ」

ジュエリーラは興味深そうに遺跡と周囲の景色を眺めている。如何なる出来事に対応出来るよう、常に警戒しつつも遺跡の内部に潜入するレウィシア達。所々に壊れた通路と瓦礫がある遺跡の中は魔物の気配は感じられず、不気味に静まり返っていた。瓦礫による障害物に苦労しながらも遺跡を進んでいると、不意にレウィシアが立ち止まり、背後を振り返る。

「どうかしたか?」

ヴェルラウドが声を掛ける。

「……一瞬、後ろに何かがいるような気がしたの」

レウィシアは背後から何かの気配を感じ取っていたのだ。

「後ろに何かだと?」

思わずヴェルラウドも背後を振り返り、ジッと様子を見る。

「私達の他にここまで来るバカがいるとは思えないけど、未知の領域だから一応用心しておく事ね。背中は任せるわよ」

一言を残してジュエリーラは前進していく。

「レウィシア。構わず先へ行ってくれ。背後なら俺が常時監視しておく」

「解ったわ。ありがとう、ヴェルラウド」

ヴェルラウドの言葉を受け、レウィシアは再び歩き始める。

「……一番怪しいのはどう考えてもジュエリーラだが、それ以外に何かか出てもおかしくないだろうな」

背後からの気配は感じられず、ヴェルラウドはレウィシア達の後を追う。遺跡の奥へ進んでいくと、一行は破壊された巨大な扉を発見する。

「ようやくゴールインかしらね」

扉の向こうにあるものは、光輝く水晶で覆われた大広間であり、そして中心部には水晶に守られた台座が設けられ、台座の上には神々しい輝きの鉱石が祀られている。

「まさかあれが……?」

神秘的な輝きを放つ鉱石を見た瞬間、間違いなくヒロガネ鉱石だと確信するジュエリーラ。

「フッ……ハハハハハ!とうとう……とうとう発見したわ!間違いない!これが伝説のヒロガネ鉱石よ!ただの伝説だと思っていた幻の秘宝が本当に存在していたなんて!」

歓喜に浸るジュエリーラは意気揚々と鉱石に近付こうとするが、台座は周りの水晶に阻まれており、水晶を砕かないと近付けない状態であった。

「おい、ちょっと待てよ」

ヴェルラウドが呼び止める。

「俺達もヒロガネ鉱石を手に入れるのが目的なんだが、お前は何故ヒロガネ鉱石を狙っているんだ?」

ジュエリーラは眉を顰めつつも薄ら笑みを浮かべる。

「そうねぇ。その話は後でやるとして、まずは鉱石を取るのに手伝ってくれないかしら。あんた達の剣だったら邪魔な水晶くらい切り落とせるんじゃない?」

一体何を考えているんだとヴェルラウドが反論しようとした瞬間、レウィシアが前に出る。

「だったら私がやるわ。確かにこのままでは取れそうにないから」

レウィシアは剣を手に、力を込めて行く手を阻む水晶を切り落としていく。

「これで何とか通れるわ」

剣で水晶を全て切り落とし、道を開いたレウィシアが振り返った時、ジュエリーラがレウィシアに向けて二本のダーツを投げ付ける。

「うっ!」

ダーツは胸と脇腹に突き刺さり、レウィシアの意識が遠のき始める。

「レウィシア!」

ヴェルラウドが駆け付けようとした瞬間、ジュエリーラはヴェルラウドに数本のダーツを投げ付ける。剣で弾こうとするものの、三本のダーツがヴェルラウドの左腕、脇腹、右足に刺さってしまう。

「ぐっ……貴様……何をしやがった……!」

意識が遠のくヴェルラウド。レウィシアはジュエリーラの傍らで昏睡状態に陥っていた。

「ご苦労だったわね。あんた達はこれで用済みよ。おかげで念願のお宝を手に入れられたんだから」

ジュエリーラが投げたダーツには強力な睡眠効果のある薬が塗られており、ヴェルラウドも意識を失ってしまう。

「これがヒロガネ鉱石……売るのも勿体無いわね」

鉱石の輝きに魅入られたジュエリーラは切り開かれた水晶の欠片を蹴散らしながらも手に取ろうとした瞬間、足音が聞こえ始める。

「ほほう、まさかこんな場所があったとはな」

声と共に現れたのは、ロドルであった。

「貴様は……ロドル・アテンタート!」

ジュエリーラが表情を引き攣らせる。

「見つけたぞ、ジュエリーラ」

続いて現れたのは、依頼者の男であった。

「俺はかつて貴様らによって滅ぼされた密輸組織の残党さ。賊殺団のボスの娘である貴様に恨みを晴らしに来たんだよ」

「何だと?」

依頼者の男は十数年前、賊殺団との抗争に敗れた密輸組織の残党であった。自身が所属する密輸組織の壊滅後、賊殺団への復讐を目的にトレイダの闇商人として資金を稼ぎ、ジュエリーラの暗殺を依頼していたのだ。

「……死にぞこないの分際で私に復讐するとは。だが、此処で死ぬわけにはいかない」

ジュエリーラは汗ばんだ表情で鞭を振り回す。

「俺のターゲットは貴様でしかない。死ね」

二刀流の刀を手にロドルが襲い掛かる。斬撃は一瞬でジュエリーラのフェイスマスクを切り落とす。露になった口元を軽く押さえ、猛毒が塗られたダーツを投げつつも鞭を振るうジュエリーラ。だがそれらの攻撃は全て回避され、ジュエリーラの背後にロドルが現れる。

「げほぁっ……」

連続による斬撃がジュエリーラの背中を深々と斬りつけ、鮮血が迸る。

「がっ……あ」

背中に受けた大きなダメージによってガクリとバランスを崩すジュエリーラ。更にロドルの斬撃はジュエリーラの両肩を深く切り裂いた。

「ぐはっ!がっ……ごぼっ」

致命傷を負ったジュエリーラは血反吐を吐き散らす。全身が血に塗れ、その場に倒れ伏したジュエリーラは苦悶の声を上げつつも更に血を吐き、呼吸を荒くする。

「言い残す事は無いか?」

ロドルがジュエリーラの首元に刀を突き付ける。

「……ふっ……くっくっくっ……所詮はこうなる運命だったという事か。だが……伝説の秘宝を目に出来ただけでも満足よ……んっぐ……ごふッ」

血の海の中で吐血しながらも不敵に笑うジュエリーラ。ロドルはふと台座にある鉱石を見つつも、倒れているレウィシアとヴェルラウドの姿を見た。

「……これでまた、人間に生まれ変わるなら……どうか……陽の当たる世界……で……」

血塗れの口を動かしながらも、ジュエリーラは息を引き取る。ロドルはジュエリーラの死体を見下ろしながらも刀を収め、依頼者の男に視線を移す。依頼者はジュエリーラの惨殺ぶりに怯えていた。

「仕事は完了だ。残りの報酬をよこせ」

冷酷に言い放つロドル。依頼者の男は手を震わせながらも札束を差し出す。

「……それが残り全部か?」

「は、はい!み、見事なお仕事ぶりでしたあ!!」

ロドルは札束を受け取ると、即座に刀を抜き、依頼者の男を深く斬りつける。

「ギャア!!な……なんで俺まで……」

依頼者の男は恐怖と苦痛に表情を歪めながらもバタリと倒れ、そのまま息絶える。

「不足分は貴様の命で補ってもらう」

ロドルは依頼者の男の遺体を足蹴にしつつも、その場から去った。



その頃、テティノとラファウスはやっとの思いで炭鉱の入り口を発見し、内部に潜入していた。

「成る程、こんな炭鉱だと確かに採掘が捗りそうだな」

周囲に存在する水晶と鉱物に気を取られつつも坑道を進んでいく二人だが、不意に前方から気配を感じ取り、咄嗟に岩陰に身を隠す。現れたのは、暗殺を終えたばかりのロドルであった。ロドルは二人の気配を察してか一度立ち止まるものの、軽く周囲を見回しては再び進み始め、そのまま通り過ぎていった。

「あいつ、何処かで見たような……」

ロドルの姿に見覚えがあると感じたテティノとラファウスの頭にある出来事が浮かぶ。かつてアクリム王国を震撼させていた凶悪な魔物クラドリオとの戦いに割り込んで現れた忍の装束の男であった。

「あの男も私達と同じ魔魂の力で魔物を圧倒していました。まさかこんなところにいるなんて……」

「もしかするとあいつも……いや、それよりレウィシア達は無事なのか!?」

レウィシアとヴェルラウドの安否が気になったテティノとラファウスは足を急がせ、坑道を進んでいく。



ロドルが去ってから暫く経過すると、薬の効果が切れたレウィシアは意識を取り戻す。

「……う……私は一体……」

胸と脇腹に刺さっているダーツを引き抜き、ふら付きながら立ち上がったレウィシアは周囲の様子を確認すると、驚愕の余り表情を凍らせる。ロドルによって惨殺されたジュエリーラと依頼者の男の死体が血塗れで転がっているのだ。

「何があったというの……」

余りの陰惨な出来事に口元を覆いながら身震いするレウィシア。

「う……くっ」

ヴェルラウドも意識を取り戻し、突き刺さった三本のダーツを引き抜きつつも立ち上がる。

「な、何なんだこれは……」

ジュエリーラと依頼者の男の惨殺死体が視界に飛び込んだ瞬間、愕然とするヴェルラウド。

「私達がジュエリーラに眠らされた後、恐らく何者かが現れて、それで……」

レウィシアが推測のままに呟く。ジュエリーラ達を殺した人物は一体何者なのか。そう思いつつも二人の死体を確認して台座に視線を移すと、台座に祀られている鉱石は無事であった。

「どうやら、そこにある鉱石は無事のようだな。そいつが本当にヒロガネ鉱石なのかは解らんが、今のうちに取っておこう」

レウィシアは軽く頷き、台座の鉱石を手に取る。光輝く鉱石からは不思議な暖かさと力強さが伝わり、思わず鉱石をジッと眺めるレウィシア。

「……確かに、今までに無い不思議な力を感じる。きっとこれがヒロガネ鉱石に違いないわ」

他には無い力が宿っている事からヒロガネ鉱石だと確信したレウィシアは鉱石を手にしてはヴェルラウドの元へやって来る。ヴェルラウドはジュエリーラの死体をジッと確認していた。

「この女は俺達を利用していた悪党だが……こうなってしまった以上、手厚く葬ってやるか。もう一人の奴は何者か解らんが、少なくともそいつの仕業ってわけではないだろう」

「そうね」

レウィシアとヴェルラウドはジュエリーラと依頼者の男を担ぎながらも遺跡から脱出し、坑道を進んでいると、何かの気配を感じ取って立ち止まる。だがその気配は魔物ではない。後を追って炭鉱に潜入したテティノとラファウスの気配であった。

「レウィシア!ヴェルラウド!無事だったんだな!?」

テティノが声を上げる。

「テティノ!ラファウス!どうして此処に!?」

「私達の力で何とか後を追って此処まで来たのですよ」

「そういう事だ。今回はラファウスのおかげで来れたようなものだからな」

テティノとラファウスまでやって来る事は予想外だった故に驚きを隠せないレウィシアを横に、ヴェルラウドが全ての経緯を説明する。

「そ、そんな事があったのか?しかもそいつ、気を失っているんじゃなくて死んでいるのか……?」

レウィシアが担いでいるジュエリーラは既に死亡している事を知ったテティノが愕然とする。そしてラファウスが炭鉱から去ろうとしていた忍の装束の男———ロドルについて話し始める。

「何ですって!?まさか、あの時の男が……!」

レウィシアは魔物クラドリオとの戦いの最中に忍の男が現れ、圧倒的な力でクラドリオを撃退した一連の出来事を思い出すと同時に、ジュエリーラを惨殺したのは忍の男ではないかという考えが頭に浮かぶ。

「何の話だ?忍の装束の男って誰なんだ?」

事情が解らないヴェルラウドに、レウィシアとラファウスが全て説明する。

「つまり、忍者と呼ばれる戦士ってわけか。忍者は隠密のままに標的の首を狙う凄腕の暗殺者だと聞く。ラムスのような物騒な街だったらそういう奴が一人はいてもおかしくないだろうな」

恐るべき実力を持つ忍の暗殺者———ロドルの存在に、ヴェルラウドは表情を強張らせる。

「とりあえず、ヒロガネ鉱石は手に入れたんだよな?」

「ええ、何とかね」

光り輝くヒロガネ鉱石を差し出すレウィシア。テティノとラファウスはヒロガネ鉱石の輝きに思わず見とれてしまう。一行はすぐさま炭鉱から脱出し、森の中でジュエリーラと依頼者の男を手厚く埋葬しては飛竜カイルを呼び寄せ、その場を後にした。

「全く。無事で目的を達成したのはいいけど、もうあんなろくでもない街は勘弁だからな!」

カイルを操りながらもテティノが不満そうにぼやく。

「ごめんなさい。私が軽はずみで誘いに乗ったばかりに……」

レウィシアが申し訳なさそうに言う。

「経緯はどうあれ、ヒロガネ鉱石を手に入れる事が出来ただけでも良いでしょう。今後の事を考えなさい」

冷静な物腰で構えるラファウス。

「で、次はどうするんだ?確か伝説の鍛冶職人とやらがトレイダの街にいるって事らしいが」

ヴェルラウドの言葉で、レウィシアは再び手記の写しを確認する。ヒロガネ鉱石の神の光を武器に宿すには伝説の鍛冶職人の腕が必要であり、商業都市トレイダに住む職人の間では有名な存在と言われている。手に入れたヒロガネ鉱石の力を武器に宿す事が出来る伝説の鍛冶職人を探す為、一行はトレイダへ向かう事となった。トレイダはラムスから比較的近い位置にあり、辿り着くにはそう時間は掛からない程の距離だった。飛び立ってから少し経つと、一行はトレイダに到着する。トレイダは世界最大の商業都市と呼ばれるだけあって幅広い市場が存在し、様々な商売で大いに賑わっていた。

「こういう街だったら、色んな手口で妙なものを売りつける商人もいるだろうからな。レウィシア、変なのに釣られて騙されないでくれよ」

「解ってるわよ。でもこの街って確か……」

レウィシアはふと、ある人物の姿が頭に浮かぶ。ひょんな事で出会い、一時期行動を共にしていたよろずメイド行商人のメイコであった。トレイダにてメイコが所属している商人団体の拠点があるという話を思い出していたのだ。

「そういえばメイコさん、お元気かしら」

レウィシアの口から出たメイコの名前に、ラファウスはそういえばと思いつつも軽く息を吐く。

「一度メイコさんに顔を見せに行きますか?もしかすると何か知ってるかもしれませんからね」

「そうね」

「メイコさんって……誰だっけ?」

誰の事か解らないテティノにラファウスが説明する。

「ああ、あの犬を連れたメイドの人か。あの人商人だったのか?」

「そうですね」

「おい、今度は誰の話なんだ?」

全く話に付いて行けないヴェルラウドに、レウィシアが改めて話す。

「……つまり、そのメイコっていう人に話を聞くってわけか?」

「ええ。知り合いだから」

一行はメイコが所属する商人団体の拠点を探し始める。多くの市場が並ぶ中、商品の奪い合いをする人々や直接声を掛けて怪しげな物を売りつけようとする商人も数多くいたりと、ラムスとはまた違った落ち着かない印象のある街であった。人々からの情報で商人団体の拠点となる場所を突き止めた一行は街の中心地にある建物に向かう。そこは、世界各地から輸入された様々な物品を販売している百貨店であった。

「凄いな……こんな大きな店舗があるのか?」

大盛況の店内と豊富な品揃えぶりに興味津々なテティノを横に、レウィシアはキョロキョロと辺りを見回している。

「あまり見回してはいけませんよ、レウィシア」

ラファウスが一言注意する。直接店員から声を掛けられて何かを勧められると面倒だからという考えでの事であった。

「これだけの大きな店舗は初めてだから、つい……」

「今は買い物目的ではありませんから」

「そ、それもそうね」

店舗の品揃えに興味を抱きつつも、目的優先で進むレウィシア。

「お客様、何かお探しでしょうか?」

突然、店員から声を掛けられる一行。

「あ。あのー……メイコというメイド商人の方を探しているのですが」

レウィシアが用件を伝える。

「メイコさんというと、我々と同じ店員の方ですか?先程四番市場の方に商談へ向かわれましたが」

「四番市場?」

店員曰く、トレイダの市場は幾つか区分されており、その中の四番市場は様々な掘り出し物を取り扱う市場となっていた。噂では密輸品も存在すると言われ、闇市場と称する者もいる程であった。一行はすぐさまトレイダの四番市場へ向かう。四番市場は所々で奇妙な恰好をした商人が営業活動に勢力を燃やしていたり、胡散臭い骨董品が売られている店舗が営業していたりと危なっかしい空気が漂っていた。

「何だか、此処も色々落ち着かないな。まるでラムスと似たり寄ったりじゃないか」

闇市場といった雰囲気が漂う四番市場に早くも嫌悪感を抱き始めるテティノ。レウィシアはふと一匹のシッポが丸まった犬を発見する。メイコの愛犬ランであった。

「この子はもしかして、メイコさんの飼い犬のラン?」

ランはレウィシアに気付くと、ワンワンと吠えながらレウィシアの足元に擦り寄り始める。レウィシアは笑顔でそっとランを撫で始める。

「まあ、ランったらどうしたの?って、あなたはもしやレウィシアさん!?」

声と共に現れたのはメイコであった。

「メイコさん!」

「レウィシアさん!お久しぶりじゃないですかあ!まさか此処で再びお会い出来るなんて!さては私の力が必要になったのですね!?」

「そ、そういう事になるのかな……」

相変わらずの明るいテンションで振る舞うメイコを前に、レウィシアは懐かしさを覚える。

「それでもってラファウスさんと、いつか訪れた水の王国の王子様も……あと、誰ですかそちらのイケメンなお方はー!?」

ヴェルラウドの存在に気付いたメイコが目を輝かせ始める。

「レウィシアさん!もしや旅の途中でイケメンな男の人と出会って恋人同士になったんですか!?私にも紹介して下さいよ!」

至近距離まで顔を近付け、唾を飛ばす程の勢いでレウィシアに問い詰めるメイコ。

「ち、違うわよ!断じてそういう関係じゃなくて、ただの旅仲間だから!」

勢いよく迫るメイコを必死で押し退けるレウィシア。

「おい、何なんだありゃ?」

メイコの勢いぶりを見たヴェルラウドは訳が解らず呆然とする。

「さあね……一応知り合いのようだけど」

唖然とするテティノを横に、ラファウスが冷静にメイコについて説明を始める。

「いや~それにしても、こういう場所でレウィシアさん達と再会できるなんて、これも何かの運命でしょうか!?」

「運命かどうかよりも、あなたにお聞きしたい事があるのですよ」

ラファウスは現在の目的を伝えつつも、伝説の鍛冶職人について聞き出す。

「伝説の鍛冶職人ですか?はて何処かで聞いたような……」

「本当!?」

メイコは突然、手帳を広げ始める。商談等のメモとして活用している手帳であった。

「……あ~、今思い出しましたよ。鍛冶師のレンゴウさんからそういう話をお聞きした事がありましたねぇ」

「何ですって!?」

鍛冶師レンゴウとは、トレイダ一の鍛冶職人と呼ばれている人物であった。半年前にメイコが商売でレンゴウへ特製のハンマーを売りに行った際、伝説の鍛冶職人に関する話を聞かされたというのだ。

「それで、一体どんな話を聞かされたの?」

「うーん、詳しい事はよく覚えていませんね。私にとって有益じゃない話は不要という事で、話の内容まではメモしていないのですよ!」

「そ、そうですか……」

内心そこまでの期待は出来なかったかと思いながらも、レウィシアは鍛冶師レンゴウの居場所について聞き出す。メイコによると、レンゴウは街の東で数人の弟子と共に鍛冶屋を経営しているという。

「レンゴウさんのところへ行くのでしたら、私が喜んでご案内致しますよ!馴染みのある人がいると心強いでしょうから!」

意気揚々と同行しようとするメイコに若干不安を覚えながらも、レウィシアはその言葉に甘える事にした。シッポを振るランをリードで誘導しつつも、レウィシア達を案内するメイコ。四番市場を出てから少し経つと、古びた建物の前に辿り着く。レンゴウが経営する鍛冶屋であった。早速鍛冶屋を訪れようとする一行。

「おっと、入るのはまだ早いですよ!」

「え?」

突然、メイコが一行を引き止める。

「レンゴウさんは色々頑固なお方ですから、まずは私が軽く話を付けてアポイントメントを取っておきますね!」

そう言って鍛冶屋に入って行くメイコ。

「何だか色々と掴めん人だが、頼りにしてもいいのか?」

ヴェルラウドがレウィシアに問う。

「まあ、こういう時には心強いかもしれないわ。元々この街の人のようだから」

そう返答するレウィシア。暫く経つと、メイコが戻って来る。アポイントメントは成功した模様で、一行は鍛冶屋にいるレンゴウを訪ねる。

「ほほう、おめぇらが行商メイドの姉ちゃんが言ってた愉快な御一行様か?」

レンゴウは、小柄ながら逞しい肉体に鉄兜を被った強面の男であった。

「私達はこのトレイダに伝説の鍛冶職人が存在するという噂を聞いてやって参りました。この街の職人の間では有名だと言われているそうですが、何か知っている事は御座いませんか?私達は今、伝説の鍛冶職人の力を必要としているのです」

レウィシアは事情を説明しつつも、伝説の鍛冶職人について聞く。

「ふーん、伝説の鍛冶職人ねぇ。だがよ。このオレじゃなくて、伝説の鍛冶職人の力が必要というのはどういう事だ?」

レウィシアはこれまでの経緯を話すと、自身の剣にヒロガネ鉱石の力を宿すという目的を明かす。

「こ、こいつがあの伝説のヒロガネ鉱石だというのか!?たまげたぜ。まさか本当に存在していたとはな」

ヒロガネ鉱石を見たレンゴウは驚きと同時に興味深く眺める。

「確かにこいつはオレの手では到底扱えそうにねぇ代物だ。おめぇらが伝説の鍛冶職人の力を求める理由がハッキリと解った以上、教えねぇわけにはいかねぇな」

「本当ですか!?」

「ああ。一回しか言わねぇから耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」

レンゴウは伝説の鍛冶職人について語り始める。



伝説の鍛冶職人———トレイダにて生まれた偉人として知れ渡っており、ヒロガネ鉱石やオリハルコンといった並みの鍛冶屋では到底扱えない神の遺産となる鉱物を材料に武器を造り、また武器に鉱石の力を宿す腕前を持つ鍛冶師であった。伝説の鍛冶職人は古の時代の人物であるが、血筋は代々受け継がれ、現在も子孫となる者が存在している。血筋を受け継ぐ子孫の名はジュロ。妻子と過ごしながらも伝説の武器を生み出すのを目的にトレイダの鍛冶師として活動していた。だが、血筋によるジュロの腕前はラムスの密輸組織や暗殺組織といった数々の闇の組織に目を付けられるようになり、伝説の武器を生み出す可能性のある素材や巨額の財産との引き換えによる取引を行うようになる。闇の組織への協力に手を染めた事によって自身の鍛冶が誤った方向に向かった末、妻は蒸発し、子供はトレイダの奴隷商人に売られてしまい、やがてジュロ自身も消息不明となった。奴隷として売られた子供は既に買い取られてしまい、人々の間では今、ラムスにて高い戦闘能力と凄腕の鍛冶の技術力を兼ね備えた暗殺者が住んでいるという噂があるのだ。

「その暗殺者というのは……」

「ああ。そいつがその奴隷として売られちまったジュロの子供だろう。そこでだ、こんな本を見つけちまったんだ」

レンゴウが出してきた本は、既にもぬけの殻となったジュロの家から発見した日記であった。黄ばんだ紙面に擦れた文字ながらも辛うじて読める部分にはこう書かれてある。



ダメだ。俺は何をやっても伝説の武器を生み出せない。密輸組織の奴らから頂いた素材は確かに見た事のない代物だったが、伝説の武器の材料ではなかった。俺が目指していた武器は、こんなものではない。ラムスの闇組織に協力すれば俺の理想の武器が造れると思っていたのに。伝説の鍛冶職人とは何だ。俺の血筋ならば、伝説の武器を生み出せるはずだ。そう信じていた。


俺がリティカに惚れたのは、死に掛けていた俺を助けてくれたからだ。あの時リティカがいなかったら、俺はとっくに死んでいた。リティカが王女だろうと何だろうと、俺にとっては運命の相手だった。リティカがいなくなった今、ロドルとかいう邪魔な息子しかいない。ロドルは何の役にも立ちやしないただのガキ。武器造りが全ての俺にとっては邪魔なだけでしかない。だから奴隷商人に売った。聞いた話、ロドルのガキはラムスの暗殺組織に引き取られたらしい。もしロドルがラムスで暗殺者として育ったら———。



「ロドル……?暗殺者……」

レウィシアは日記を何度も読み返す。

「ジュロとは少し話した事あるが、どうにもいけ好かねぇ野郎だった。自分以外の奴は認めねぇと言わんばかりに他の鍛冶師を見下すような奴だったからな。あれじゃあ嫁も子供も可哀想としか言いようがねえよ」

レンゴウとジュロは多少面識があり、同じ鍛冶職人ながらも性格面の問題で相容れない関係であった。

「だがよ、ラムスでは凄腕の鍛冶の腕を持つ暗殺者がいるって噂がある以上、ジュロの子供であるロドルにも伝説の鍛冶職人の血筋が受け継がれているのは間違いないはずなんだ。つまり、どういう事か解るよな?」

その言葉にレウィシアの頭からある考えが浮かぶ。ラムスにいる暗殺者ロドルも伝説の鍛冶職人の子孫であり、ロドルの鍛冶の腕ならばヒロガネ鉱石の力を剣に宿す事が可能かもしれないと。同時にジュエリーラを惨殺した張本人ではないかと考えるものの、一先ずロドル本人と直接会う事にした。

「……ならば、今そのロドルという暗殺者の元へ向かいます」

「おい、そう簡単に言うなよ。あのろくでもない街にいる暗殺者なんだろ?そんな奴が易々と引き受けてくれると思うのか?」

テティノが異議を示す。

「そんな事は承知の上よ。けど、今は当たってみるしかないでしょ?」

「それでも引き受けてくれなかったらどうするんだ?」

「やってみなきゃ解らないでしょ!」

複雑な思いをしつつも、頑なに意向を曲げないレウィシア。その横でラファウスはロドルの正体について色々考え事をしていた。

「水色の。気が進まねぇんだったら一人で留守番してろ。俺は強くなれる方法があるなら何にでもしがみ付くからな」

「失礼な!僕の名はテティノだ!そこまで言うんだったら僕も付いて行くさ」

ヴェルラウドの横槍での一言に反論しつつも、テティノは渋々と同行を引き受ける。

「まあ待て。相手が相手なだけにタダで引き受けるような奴じゃねぇだろうから、こいつを持っていきな」

レンゴウが巨大な金塊を差し出す。

「これは……金塊?」

「ジュロの家から日記と一緒にこっそりと持って来たんだ。闇組織との取引の際に頂いたんだろうな。賄賂になっちまいそうだが、何もないよりはマシだろうぜ」

レウィシアは金塊を受け取ると、不意に金塊の重さを感じ取る。本物の純金であった。

「まあ、本物の純金ですかぁ!?それさえあれば大金持ちですね!レンゴウさん、私にも分けて下さいよ!」

メイコが目を輝かせて頼み込むが、レンゴウは全く相手にしない。

「レンゴウさん、ありがとうございます。私達は行きます」

内心不安な気持ちになりつつも、レウィシアはレンゴウに礼を言っては仲間と共に去って行く。

「レウィシアさーん!せめて便利アイテムの一つくらいは買っておいた方がいいと思いますよー!」

メイコが呼び掛けるものの、レウィシア達は気に留める事なく既に去っていた。

「うるせぇぞ。物売りだったら余所へ行ってくれ」

レンゴウからの一言に、メイコは悔しそうな表情を浮かべる。

「くう~!せっかく仕入れたばかりのとっておきのアイテムを売ろうと思っていたのに、どうしてレウィシアさん御一行はノリが悪いのよ!悔しいからレンゴウさんに売ってやるわ!」

「あん?何を売るってんだよ?」

メイコが売ろうとしているとっておきのアイテムとは、生命力の促進を増強させる効果のある栄養剤バイタルドリンクと、肉体生命力を促進させて打たれ強くする成分が含まれた栄養剤のタフネスドリンクだった。レンゴウは試しに二種類のドリンクを購入して飲み干すと、全身に力が漲るのを感じる。

「こ……これはすげぇ!その辺の栄養剤よりもずっと効果があるぜ!」

「でしょ!?フフフ、レンゴウさんには丁度良いみたいですね~!」

メイコが商売の成功に喜んでいる中、レウィシア一行は飛竜カイルで再びラムスへ向かっていた。

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