闇を司りし者達

太古へと遡る時代———皆既日食が訪れた時、世界の全ては暗黒の闇に包まれた。それは死を呼ぶ深き闇の力『冥府』を司る邪神の力『エクリプス』で創り出された冥蝕の月が太陽の前に現れた事で日食となり、冥蝕の月からは冥府の闇が生み出され、世界全体を闇で覆い尽くしていった。邪神は冥神と呼ばれ、地上の全てを冥が支配する死の世界に変えようとしていた。冥神は創生の力で闇を喰らう魔物や悪魔、そして闇に生きる魔の種族を創り、一寸の光も存在しない絶望、恐怖、混沌、破壊で世界が死に絶えようとしていた時、神の子となる戦神達、そして神に選ばれし人間達が冥神に立ち向かった。冥神に挑みし者達は大いなる光となり、壮絶なる死闘の果てに冥神を封印した。冥蝕の月は消え去り、幾千年の時を経て地上は光を取り戻し、蘇る自然と共に新たなる人類が生み出され、冥神が生んだ魔の種族には末裔となる者が多く存在していた。地上が光を取り戻した後、魔の種族の末裔となる者は闇を司りし者として人と関わりのない場所で生きていた。


我々は邪悪なる神に生み出された悪魔だ。人間とは決して相容れられぬ化け物。


闇を司りし者達を束ねる王ジャラルダは、自身は邪神によって生み出された悪魔であり、人間とは関わってはいけない化け物だと理解していた。だが、闇を司りし者達は生への執着を抱き、冥神の意思とは関係なく、光溢れる地上に生きる事を望んでいた。ジャラルダは人間が寄り付かない世界の中心地でジャラン王国を建国し、闇の王国として繁栄させた。



ジャラルダ王万歳!ジャラルダ王万歳!


ジャラルダ王万歳!ジャラン王国に栄光あれェェェ!!



民の数は数百程であったが、民の全てがジャラルダを闇の王として称えていた。



ある日、ジャラルダの元に一人の道化師が現れる。ケセルであった。

「お初にお目に掛かる。闇王ジャラルダよ」

不敵な態度で挨拶するケセル。ジャラルダを護衛する二人の魔族兵がケセルの前に立つ。

「何者だ貴様」

「オレの名はケセル。お前とは兄弟のようなもの、と言ったところかな」

「何だと?」

ジャラルダはケセルの底知れない雰囲気を感じ取り、眉を顰める。

「貴様、陛下に何用だ!?」

魔族兵がケセルに攻撃を仕掛けようとするが、ケセルは一瞬で二人の魔族兵を拳で殴り倒す。

「げほぁっ!」

「ぐああ!」

血を噴きながら倒れる二人の魔族兵。

「安心しろ。死なない程度に留めておいた。闇王よ、オレは貴様にお告げしたい事があって来たのでね」

ジャラルダは動じずに鋭い目を向ける。

「お前はご存知かな?エルフ族の領域が支配欲に溺れた人間どもの王国の侵攻によって支配された事を」

ケセルの言う王国とは、アクリム王国であった。支配欲の強い王が領土拡大を目的に、圧倒的な軍事力を駆使して大陸にあるエルフ族の領域の侵攻を行っていたのだ。支配されたエルフ族の領域はアクリム王国の支配下の街へと生まれ変わり、支配欲を極めた王は民を苦しめる独裁政治を行い、アクリム帝国を設立しようとしていた事、そして王は何者かの手で暗殺されたという事を話す。

「クックックッ、愚かな事よ。エルフが住む領域は許されざる人間の罪によって滅ぼされたのだ。そしてこのオレは、数々の人の罪によって生まれた」

ケセルは自身の正体を語る。自身は冥神の力の欠片となる『冥魂』であり、世界に存在する人が抱える悪意と愚行、そして罪によって生まれた負の思念を喰らい続ける事で化身となり、主である冥神の復活が目的である事を告げた。

「そう、我が主はお前にとっての主でもある。お前達闇を司りし者を創ったのも冥神なのだ」

邪悪に満ちたケセルの表情。ジャラルダの目が見開かれると、巨大な雷鳴が鳴り響く。

「教えてやる。人間はいずれお前達を滅ぼしに来る。それは決して遠くない未来だ。人間の中には世界の光を守る使命、永劫の平和を守る正義のままに力を付け、そして光を奪いし邪悪なる存在となるものを根絶やしにしようとする輩がいるのだからな」

ケセルの頭上に黒い稲妻を帯びた黒い影が現れる。影は球体と化し、巨大な口が開く。ケセルは表情を変えず、黒い影の口の中に入り込んでいく。

「ではまた会おう、我が兄弟よ。オレはある計画の準備をしなくてはならぬ。オレの話を信じるか否かは自由だが、後悔する事になっても知らぬぞ。地上に生きる事を望んでいるのならばよく考える事だな」

黒い影はケセルと共に溶けるように消えていく。雷鳴が鳴り響く中、ジャラルダは思う。



人間とは一体何だ。邪悪なる神によって生み出された我々は、元来人間から恐怖の対象となる悪魔と呼ばれし存在。悪魔として生きる我々は人間とは相容れない存在だという事は理解している。


だが……人間はエルフの領域を侵略という形で奪った。


エルフの民も我々と同様、人間と相容れない種族であった。我々とは違い人の姿をした種族だが、異種族との交わりは災いを呼ぶとされ、民の間では禁忌となっている掟が存在していた。


我々とはまた違う理由で人間を避けていたエルフ族が、人間の愚かな支配欲による犠牲となった。そして人間は我々を滅ぼす。使命と正義の為といった理由で我々を滅ぼそうとしている。その事を告げたケセルという男は、人の罪からいずる負の思念を喰らい続けて生まれた存在。


奴の言葉通り、人間が我々を滅ぼしに来るのならば……やはり我々は人間と戦わねばならぬのか。我々がこの地上で生きるには、人間との戦いは避けられぬ運命なのか。



それからジャラルダは、闇を司りし者の中で強い闇の力を持つ眷属を集め、精鋭の戦士として鍛え始める。人間は未来永劫、我々の敵である事に間違いない。いずれ滅ぼしに来る。未来に降りかかる出来事に備え、人間に立ち向かう兵力を育てていく。そして選ばれた眷属———凶暴な魔物の力を持つ魔族の戦士レグゾーラ。凄まじい頭脳と高い技術力を買われ、眷属の参謀を兼ねた妖技師ゲウド。闇の魔力で鉱石を魔物化させる力を持つ魔族の公女モアゲート。赤い甲冑で覆われ、魔族の剣豪と呼ばれる剣の腕を持つ剣士バウザー。強靭な肉体を活かした肉弾戦と闇の炎を操る魔族の闘士マドーレ。様々な闇の魔法を操る魔力を持つ魔導師ビゴード。六魔将と呼ばれる精鋭の戦士が誕生した。



時は流れ、地上に人々を脅かす凶暴な魔物が現れるようになり、一つの大陸に強大な力を持つ魔物が君臨する。レドアニス大陸に現れた巨大な魔物、その名は鬼巨獣ゴリアス。古の時代、冥神の力を利用して世界を支配しようとしていた太古の帝王であり、冥神を崇拝する事によって手に入れた大いなる力の強大さに飲み込まれ、人としての姿を完全に捨てた魔獣と化した存在であった。冥神に挑みし者達に倒され、地底の奥底で息絶えたものの、突然の復活を遂げ、強力な闇の力で破壊の限りを尽くしていた。だが、ゴリアスの復活は不完全なものであり、人間の英雄達に再び倒された。ゴリアスを倒した英雄は、ブレドルド王国の剣士グラヴィルと妹となる騎士エリーゼ、戦乙女シルヴェラ、クレマローズ王国の戦士ガウラ、クリソベイア王国の騎士ジョルディス、賢者マチェドニル。英雄達は予言者から聞かされる。世界の中心地には災いの根源となるものが存在している。かつて世界を大いなる闇で支配していた古の邪神が生んだ闇を司りし者と呼ばれる、人間の間では魔族、悪魔と呼ばれる種族だ。世界に多くの魔物が現れるようになり、大陸に脅威を与える存在が蘇った今、この世を再び闇に支配されてはならない。未来永劫、平和を守る為にも全ての闇を淘汰しなくてはならない、と。

「古の邪神が生んだ闇を司りし者だと?そいつらがあのバケモノを蘇らせたというのか?」

「真実はどうあれ、災いの根源を呼ぶ存在とならばいずれ我々と戦う事になるのは間違いなかろう」

英雄達は休息で戦いの傷を癒し、日を改めて闇を司りし者の王国ジャランが存在するダクトレア大陸へ向かおうとしていた。



「クックックッ……闇王よ。予言は的中したようだ」

ジャラルダの元に再びケセルが現れる。ジャラルダの傍らにはゲウドとレグゾーラが立っていた。

「まさか……人間どもが我々を滅ぼしに来るというのか?」

「その通り。古の帝王ゴリアスが蘇ったのもお前達が元凶だと思い込んでいるらしい」

「何じゃと!?」

ゲウドは驚きの表情を浮かべる。

「愚かな人間どもめ。いずれは潰しておかなくてはならぬと睨んでいたが、やはり我々と戦う事を選んだのか」

レグゾーラが忌々しげに言う。

「兄弟達よ。人間どもは決して侮れぬぞ。我が主を封印した神に選ばれし者も人間だ。奴らの可能性は未知数であるが故、どれ程の力を生み出すか解らぬものよ」

ケセルの忠告にジャラルダが眉を顰める。

「ケセルよ、貴様は我々に協力するというのか?」

「協力?悪いがお前達の面倒を見る程暇ではないのでな。オレの手を借りなくとも、お前達ならば十分に対抗出来るのではないか?」

雷鳴が響く中、僅かな沈黙が支配する。

「ククク、いい事を教えてやろう。闇王、貴様の力の源は人間への憎悪だ。闇の力は憎悪を含む負の心に反映される。貴様もバカな人間に不信感を抱いているのではないか?ゴリアスもまた、我が主の力を利用してまで世界を支配しようとしていた愚かな人間だったのだからな」

人間は愚かな存在だと諭すように言うケセルは笑いながらも背後に現れた黒い影を出現させる。

「健闘を祈るよ、兄弟」

ケセルが黒い影と共に姿を消す。

「全く、得体の知れぬ奴じゃのう。あのケセルとかいう奴は一体何を考えておるのじゃ」

ゲウドが呟く。

「……レグゾーラ、ゲウド。戦の準備をしろ」

ジャラルダが重々しく口を開く。

「ハッ。我々の手で愚かな人間どもを殲滅致します」

レグゾーラとゲウドがその場から去ると、凄まじい雷鳴が轟く。それはまるで戦の始まりを意味しているかのような雷鳴であった。

「人間……地上で最も愚かなのは、やはり人間だというのか……」

ジャラルダはケセルの言葉の意味を考えながらも、杯に入った酒を飲み干した。



城門の前に、六魔将が集う。

「人間の英雄が我々を滅ぼしに来るだと?闇王様が我々を鍛えていたのはやはりその為だったのか」

そう言ったのはバウザーであった。

「かつてはエルフ族の領域を侵攻したと聞く。奴らの真の狙いは平和を守る為ではなく、我々の領域をも奪うつもりではないのか」

ビゴードが続いて言う。

「目的が何であろうと、人間など忌々しい事に変わりない。滅ぼすのが一番だ」

更にマドーレが言う。

「フッ、人間との戦争が始まるって事?面白そうじゃない。私の鉱石魔獣の実験台に丁度いいわ」

鉱石を手にしたモアゲートが微笑みながら言う。

「ヒヒ、始末した人間を機械兵に改造してやるのも一興かもしれんのう」

浮遊マシンに乗ったゲウドも笑っている。

「あのケセルという奴の話によると、人間の英雄は冥神の力を得た古の帝王を倒したとの事だ。決して油断は出来ぬ」

レグゾーラが言い終えた瞬間、一人の魔族がやって来る。

「レグゾーラ様。ダクトレア大陸に人間の集団が侵入したとの事です」

「何だと?」

レグゾーラは険しい表情を浮かべる。

「現れたか、人間ども。レグゾーラよ。陛下は私がお守りする」

「解った」

六魔将は人間達との戦いに備え、それぞれの場所へ向かって行った。



ダクトレア大陸に降り立ったのは、エリーゼを始めとする英雄達と世界各国から集まった多くの戦士だった。

「成る程、確かに人間が寄りつけるような場所じゃないな」

大陸中に漂う黒い瘴気にジョルディスは嫌悪感を覚える。

「それにしても、この剣って結局何なんだ?俺達には使えないなんて、ただのお荷物じゃねえか」

グラヴィルが背中から一本の剣を取り出す。ゴリアスが大陸に猛威を振るった時にブレドルド王から与えられた神雷の剣であった。使おうとすると全身が重くなり、激しい電撃が襲い掛かるせいで使う事が出来ないのだ。

「……陛下が仰っていた通り、並みの人間には使えるものではない剣だろう。神の力が込められた剣との事だからな。その剣は私が持っておこうか?」

「ん?ああ。構わんよ。使えない武器なんざ邪魔だからな」

グラヴィルはエリーゼに神雷の剣を渡す。

「ここからは敵地だ。気を引き締めて行くぞ」

エリーゼの一言で人間の軍勢による進撃が始まる。洞窟を越え、ジャランの都市に出ると闇を司りし者達との激しい戦いが繰り広げられた。英雄と世界各国の戦士は力を合わせ、敵兵を退けていく。敵兵の中にはゲウドの機械兵とモアゲートによって生み出された鉱石魔獣もいた。

「小賢しい、捻り潰してくれる」

醜悪な魔物の姿となったレグゾーラがガウラとジョルディスに挑む。同時にモアゲートがマチェドニルとの魔法対決を行っていた。

「な、何という奴らじゃ……このままでは……」

英雄達の底力に劣勢を強いられるという戦況を見て恐れを成したゲウドは逃走を試みる。

「ぐあああああ!!」

「きゃああああ!!」

ジョルディスとガウラの剣がレグゾーラの肉体を切り裂き、マチェドニルの最強の爆発魔法がモアゲートを吹き飛ばした。力任せの攻撃を繰り出すマドーレはシルヴェラに撃破され、エリーゼとグラヴィルは闇王の城に到着していた。

「奴らの親玉は此処にいるんだな」

二人が城へ入ると、ビゴードが立ちはだかる。

「忌々しい人間どもが。貴様等こそ愚かな存在だという事を思い知らせてくれる」

憎悪を露にするビゴード。戦いに挑むエリーゼとグラヴィルだが、様々な闇の魔法が襲い掛かる。

「ぐああ!」

闇の爆発魔法を受けたエリーゼは壁に叩き付けられる。

「この野郎!」

グラヴィルの衝撃波を伴った必殺剣がビゴードの左肩に深い傷を刻み込む。応戦するビゴードだが、反撃に転じるエリーゼの攻撃を受け、唸るグラヴィルの様々な剣技がビゴードを満身創痍に追い込んだ。

「お、おのれ……」

ビゴードの目が光ると、両手から灰色の波動をエリーゼとグラヴィルに放つ。

「ぐうっ!?」

波動を食らった二人は奇妙な感覚を覚える。

「ククク……我が命の全てを費やして貴様等に呪いを掛けてやった。例えこの私が死しても、消える事の無い災いが貴様等に起きる。必ずな」

「何だと?どういう事だ!」

「フッ、フハハハハ!私の呪いがもたらす災いは死の運命でしかない。貴様等がどう足掻こうと、それは止まらぬの……だ……」

そう言い残し、バタリと倒れるビゴード。

「呪いだと……?こいつ、何が言いたかったんだ」

言葉の意味が気になり、蹴りを入れるグラヴィル。

「放っておけ。今はそんな事を気にしている場合では無いだろう」

エリーゼが足を進める。

「全く、気味が悪いぜ」

得体の知れない不気味さが拭えないまま、グラヴィルはエリーゼの後を追う。

「陛下の元へは行かせぬ」

大剣を手に立ちはだかるバウザー。エリーゼとグラヴィルは力を合わせ、数多くの剣技を操るバウザーに挑む。

「うおおおおおお!!」

グラヴィルとバウザーが激しく剣を交える。実力はほぼ互角だが、グラヴィルの渾身の一撃に僅かに怯んだバウザーの隙を見つけ、グラヴィルが一閃を加える。

「ごあああ!!」

弾き飛ばされた大剣が床に刺さり、甲冑ごと肉体を切り裂かれたバウザーが膝を付く。上空から剣を振り下ろすグラヴィルの攻撃を受け、倒れるバウザー。

「がはっ……陛下……申し訳、ありません……」

辞世の句を残したバウザーが息絶えると、シルヴェラ、マチェドニル、ジョルディス、ガウラがやって来る。世界各国の戦士達は都市部での戦いで全滅していた。

「お前達が無事で何よりだが、我々以外は全滅か」

「そうだな……彼らは十分に頑張った。俺達だけでもやらなくては」

決意を固めた英雄達は城の最深部まで進み、玉座の間へ突撃する。

「来たか、人間ども……」

玉座に佇むジャラルダが憎悪に満ちた表情を浮かべる。

「貴様が闇を司りし者の王か。我々は世界の平和を守る為にも、災いを呼ぶ者は滅ぼさなくてはならない。今此処でお前を倒す」

エリーゼが剣を突き出す。

「我々は元来、貴様等人間とは相容れぬ。だが、貴様等こそ地上で最も愚かな存在であり、地上を守る為の使命や正義といった理由で我々を滅ぼそうとするならば、戦うしか他に無い」

ジャラルダが立ち上がり、手元に現れた魔剣を振り翳す。英雄と闇王の戦いが始まった。戦いは激闘となり、憎悪が込められたジャラルダの攻撃によって次々と倒されていく英雄達。

「ぐああああ!!」

闇の雷を受けて倒れるジョルディス。

「があああ!!」

血を噴きながら壁に叩き付けられるガウラ。

「ごぼおっ……!」

拳の乱打を食らい、血を吐くシルヴェラ。

「くっ、うおおおお!!」

グラヴィルが全力で立ち向かうが、数々の剣技はジャラルダの魔剣で受け止められ、反撃として放たれた光線がグラヴィルの身体を貫いた。

「兄上!」

身体に風穴を開けたグラヴィルは倒れ、大量の血を吐いた。

「いかん!このままでは!」

マチェドニルはグラヴィルの傷を回復させようとする。

「おのれ、貴様ぁっ!!」

激昂するエリーゼはジャラルダに斬りかかるが、全ての攻撃を受け止められ、ジャラルダによる猛攻が襲い掛かる。拳の乱打、闇の雷、そして魔剣による斬撃と情け容赦ない攻撃が繰り出された。

「がっ……げぼぉっ」

ズタボロに打ちのめされたエリーゼは血反吐を吐く。吐き出された多量の血は一瞬で血溜まりとなった。マチェドニルはグラヴィルの回復を続けている。

「……兄上……」

倒れたグラヴィルの様子が気になりつつも、ジャラルダに挑むエリーゼ。渾身の一撃は受け止められ、反撃の一閃を受けるエリーゼ。体力は既に限界に達していた。

「そろそろ消し去ってやる。愚かな人間よ……」

魔剣に闇の力を込めるジャラルダ。口から血を滴らせ、血塗れの顔で息を荒く吐きながらも剣を構えるエリーゼは、不意に全身が熱くなるのを感じた。

「う……おおおおおおおおおおおおあぁぁぁぁぁっ!!」

エリーゼの剣から赤い雷が迸り、全身が赤いオーラに包まれる。

「何ッ!?これは……」

驚くジャラルダに、エリーゼが瞬時に斬りかかる。赤い雷を纏った一閃はジャラルダの甲冑ごと切り裂き、激しい電撃が襲い掛かる。

「ぐあああああああああ!!」

赤い雷を受けたジャラルダが叫び声を轟かせる。

「な、何だあの力は……」

ジョルディスはエリーゼの赤い雷の力に驚くばかりであった。

「これは……私にこんな力が……」

エリーゼは自身の力に戸惑いながらも、再び剣を構える。

「うっ……おおおおおおおおおおおおおお!!」

激昂するジャラルダが魔剣を手に、エリーゼに飛び掛かる。エリーゼは赤い雷を纏う剣でジャラルダの繰り出す剣技を次々と抑え、雷が斬撃を伝い、ジャラルダにダメージを与えていた。

「この力……この力ならば奴を……」

エリーゼは口に溜まっていた血を吐き捨て、両手で剣を持つ。剣を覆う赤い雷は輝く雷光となり、迸る雷は大きくなっていく。立ち上がるジャラルダは憎悪のままに表情が崩れ、凄まじい勢いで闇の力が宿った魔剣を振り翳した。降り注ぐ黒い雷の中、エリーゼは剣を手にジャラルダに立ち向かう。



激闘の末、ジャラルダは敗れた。赤雷の力を帯びたエリーゼの剣に倒された。暗闇に閉ざされた中、ジャラルダは赤雷の騎士という言葉を耳にする。自身を打ち破った赤雷の力を持つ者———それが赤雷の騎士と呼ばれる存在である事を知った。



———ククク……無様だな、ジャラルダよ。どうだ、人間に倒された気分は?


———フハハハ、悔しかろう。無理もあるまい。人間どもの愚かな正義によって王国は滅ぼされ、己自身も滅ぼされたのだからな。貴様を倒した赤雷の騎士と呼ばれる者……奴は我が主に挑みし者の一人となる、裁きの雷光を操りし戦女神の力を継ぐ者だ。


———だが安心しろ。ジャラルダよ、兄弟として、このオレが一つチャンスを与えてやる。貴様に仕える眷属共々な。



更に時は流れ、ジャラルダはケセルの手によって蘇った。死しても憎悪の精神が魂を地上に留まらせていたが故、魂を肉体に戻す事で生き返る事が出来たのだ。主を失ったゲウドは誘いを受けてケセルの腹心として仕える事を選び、レグゾーラ、モアゲートもケセルに魂を拾われ、蘇生を果たしていた。だが、バウザー、マドーレ、ビゴードの魂は既に地上から去っていた。復活を遂げたジャラルダは力を蓄えると同時に人間への憎悪を滾らせ、ケセルから与えられた魔物を利用しつつも復讐心を燃やす。都市は荒廃し、大陸はジャラルダが放った闇の魔力による結界に覆われ始める。戦いによる深手とビゴードの呪いが生んだ災いが影響してグラヴィルが死に、エリーゼも難病による死を遂げ、赤雷の力を受け継ぐ子が誕生したと知らされた時、ジャラルダの憎悪はより深いものとなっていた。


そして今、ジャラルダは再び打ち倒された。赤雷の騎士の子と、太陽に選ばれし者の手によって。憎悪に満ちた魂は破滅を呼ぶ力となり、そしてケセルの力との融合によって全てを滅ぼす冥神の力と化した。



ジャラルダ———哀れな男よ。地上に留まる事すら許されぬという運命のままに二度も滅びの末路を辿るとはな。だが、お前の魂は我々と共にある。兄弟よ、お前を生んだ我が主と一つになるのだ。



ケセルが放った冥神の力によって吹き飛ばされた闇王の城は、瓦礫の山となっていた。その様子を見下ろしながらもひたすら笑うケセル。

「こ……これが……これが冥神の……」

瓦礫と化した闇王の城の無残な有様を見て、ゲウドは言葉を失っていた。

「ふむ。奴らはまだ何処かにいるな」

ケセルが指す人物は、レウィシア達の事であった。姿は確認出来ないものの、僅かにレウィシア達の力を感じているのだ。

「まあいい。更なる絶望を味わわせてやるのも一興であろう。最後の素材を手に入れる事が先決だからな」

ケセルの背後に黒い影が現れる。

「ケ、ケセル様!ワシはどうすれば……」

「奴らの相手をしてやれ。良い成果があれば貴様にも褒美を考えてやる」

そう言い残し、ケセルは黒い影の口の中に入り込んでいく。黒い影共々消え去ると、取り残されたゲウドは再び闇王の城跡を見つめる。ゲウドは少し考え事をしつつも、その場から去って行った。



あと一つ……あと一つの素材が手に入れば、我が計画が始まる。


エクリプス・モースの始まりは近い。


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