集う戦士

太陽の聖地となる火山の噴火———それは太陽に選ばれし者が地上を全ての闇から救う為に戦神の試練を乗り越え、真の太陽を目覚めさせた事によって起きるものであった。激しい噴火を起こし、流れ出る溶岩はやがて聖地を守護するサン族の集落に向かって行く。だが、集落にいるサン族の人々はその場から逃げようとしない。サン族は太陽に選ばれし者が訪れるまで聖地を守る使命を受けた民族であり、真の太陽を目覚めさせた選ばれし者が現れた今、その使命を終えたが故に溶岩に飲み込まれていく集落と運命を共にする事を選んだのだ。そして犠牲となった者達の魂は、唯一の戦士となる同族に受け継がれていく。太陽に選ばれし者達の力になる為に。

「どうやら上手くいったようじゃな。アポロイアの魂を受け継ぐ太陽に選ばれし者よ……世界を頼んだぞ。そしてヘリオよ。あの子達の力になっておくれ……」

溶岩が迫り来る中、タヨと数人の老人はアポロイアの像を前に祈りを捧げていた。



噴火が止まらない火山。流れ出る溶岩は集落を飲み込み、そして島全体に広がっていた。

「そんな……集落が……」

ヘリオの空飛ぶ絨毯に乗っていたレウィシア達は、集落の様子を見て愕然とする。

「我々はこうなる運命であった。太陽に選ばれし者、つまりお前が訪れるまでの間は聖地を守護するのが我らサン族の役目であった。そしてお前が戦神の神器を手に入れ、真の太陽を目覚めさせた今、その役目を終えたのだ」

「役目を終えた?じゃあタヨ様は……集落の人達は……」

「勘違いするな。母上達が犠牲になる事は宿命であった。そして私は母上達の魂を受け継ぎ、お前達を導く使命がある。サン族唯一の戦士としてな」

ヘリオは天を仰ぎ、両手を掲げ始める。すると、幾つもの魂がヘリオの元へ集まっていく。

「魂が……」

ルーチェにはヘリオの元へやって来た魂が見えていた。魂は次々とヘリオの中に入り込んでいった。

「ヘリオ、今のは?」

「母上と数少ない同族達の魂と一つになった。母上達が集落と運命を共にする事を選んだのは、私に全てを託す為でもあったのだ。お前達世界を守る者の力になる為にな」

レウィシアは複雑な想いを抱えながらも、溶岩に飲み込まれた集落の様子を凝視していた。

「お前の出身地……クレマローズと言ったな。そこへ向かうぞ」

ヘリオの一言で、レウィシア達を乗せた空飛ぶ絨毯は太陽の聖地が存在する島を後にする。火山の噴火はまだ収まらなかった。



聖地を守る集落の人々は、最初からこうなる運命だと解っていたというの?ヘリオが私達の力になる為に、犠牲になる事を選んで……。


……だけど、もう迷わない。私の中の真の太陽が目覚め、戦神の神器となる武具が此処にある。そして仲間達の心だってある。

どんな事があっても、私は戦う。全てを託して犠牲になる事を選んだ人々の為にも。例えこの先何があっても、絶対に負けない。太陽に選ばれし者として。



一方、ヴェルラウドは王国から少し離れた場所に広がる平原でオディアンと実戦による特訓に挑んでいた。

「へ、兵士長!あれは……」

「うむむ、何という凄まじい気迫だ。彼らならば間違いなく姫様の心強い味方になるであろうな」

ヴェルラウドとオディアンが激しく剣を交える姿を陰で見ていたトリアスと取り巻きの兵士達は、両者の気迫にひたすら息を呑むばかりであった。

「うおおおお!!」

赤い雷を纏ったヴェルラウドの剣が振り下ろされると、オディアンは自身の大剣で受け止める。

「ぬうっ、くっ……!」

剣を伝って全身に襲い掛かる電撃に耐えるオディアン。両者が同時に後退し、突撃しては再び剣を交える。凄まじい金属音を轟かせながらも幾度となく剣がぶつかると、ヴェルラウドが渾身の一閃を繰り出す。同時にオディアンも全身全霊を込めた一撃を繰り出していた。

「ぐおあ!!」

「ごああ!!」

鮮血が迸ると、両者がガクリと膝を付く。手傷を負った両者は傷口を抑えながらも立ち上がる。勝負は引き分けであった。

「……やはり、あなたとの勝負が一番手応えあるな。オディアン」

ヴェルラウドがそう呟いた。

「そう言って頂けると光栄だ、ヴェルラウドよ。やはりお前との戦いはやりがいがある」

オディアンは満足そうに一息つく。

「まさか手傷を負う程の特訓にまで発展するとは驚いたぞ」

特訓を見守っていたリランがスフレと共にやって来る。リランの回復魔法によって二人の傷は一瞬で回復した。

「さーて、お次はこのスフレちゃんによる地獄の特訓ね!」

スフレは張り切った様子でヴェルラウドに近付いていく。

「お前、随分やる気満々だな」

「当然よ!このあたしが巨悪に挑む騎士様を鍛えてやるんだから本気でいかなきゃね!」

ヴェルラウドは額の汗を拭いながらも準備を始める。スフレは少し距離を開けて魔力を集中した。それぞれ準備が完了すると、両者が真剣な表情で見つめ合う。

「行くわよ、ヴェルラウド。あたしの魔法で死ぬなんて事にならないでよね!」

「ああ。いつでも来な」

スフレは気合を込めて息を吐き出すと、黄金に輝く魔力のオーラを身に包む。両手を掲げた瞬間、巨大な炎の玉が浮かび上がる。灼熱の大火球を放つ炎魔法クリムゾン・フレアであった。

「なんと!?スフレよ、一体何をやろうとしているのだ?」

驚くリランだが、オディアンは動じずに冷静に見守っていた。ヴェルラウドはスフレの魔法による炎の玉を凝視しながらも、剣を両手で構える。

「クリムゾン・フレア!」

巨大な炎の玉がヴェルラウドに向けて放たれる。ヴェルラウドは剣に力を込め、炎の玉を抑え込もうとする。最強クラスの炎魔法であるクリムゾン・フレアの炎を自身の力で抑え込み、退けるというヴェルラウドの提案による特訓であった。

「おおおおおおおおっ!」

炎の勢いに押されながらも、全力で剣を握るヴェルラウド。激しい炎によって次第に全身が焼かれていく感覚に襲われ始める。

「ヴェルラウド、頑張りなさい!この特訓はあんたが提案したんだからね!」

スフレが叱咤する。

「ぐああああああ!!」

炎に焼かれたヴェルラウドが絶叫の声を上げる。

「おいスフレ、大丈夫なのか!?」

リランが心配そうにスフレの元へ駆け寄る。だが、スフレはオディアンと共に無言で見守るばかりであった。

「……ぐおおおおおおおおああああああ!」

巻き起こる炎の中、ヴェルラウドは赤雷の力を全身に纏い、自身の武器である神雷の剣に想いを込めた。



何があっても、俺は乗り越えてみせる。どんな試練であろうと、どんな運命であろうとな———。



「があああああああああ!!」

ヴェルラウドの想いに応えるかのように、神雷の剣から赤い光の柱が立つ。やがて巨大な炎は激しく渦巻きながらも徐々に天に昇って行った。

「……は、ぁっ……はぁ……」

身体に僅かな炎を残しながらも、ヴェルラウドは剣を地面に突き立ててはガクリとバランスを崩し、膝を付く。

「ヴェルラウド!」

スフレ達が駆け寄る。

「ヴェルラウド、大丈夫なの!?」

剣で支えながらも膝を付いて項垂れるヴェルラウドに声を掛けるスフレ。リランは即座に回復魔法を掛ける。

「……ああ。想像以上に歯応えがあったぜ」

回復魔法で全快したヴェルラウドが立ち上がる。

「もう、びっくりさせないでよね!正直あたしだって最初は躊躇したんだし、でかいクチ叩いておいてくたばったら笑えないわよ」

顔を寄せながらスフレが言うと、ヴェルラウドは顔を逸らさずに感謝の意を込めて微笑みかける。

「それにしても、随分と無茶な特訓に挑んだものだな。もし俺ならば一溜りもないかもしれぬ」

オディアンの言葉にリランも同調した様子で頷く。

「これくらいの特訓をやらないと乗り越えられないものがあってもおかしくないと思うんだ。敵は闇王だけじゃない。奴の背後に潜む巨悪もいるからな」

ヴェルラウドがそう返答すると、神雷の剣の刀身をジッと見つめる。

「一先ず戻るとするか。身体を休めるのも大事な事だ」

特訓を終えたヴェルラウド達はクレマローズに戻り、レウィシア一行が帰還するまで休憩する事になった。



闇王の城に戻ったゲウドは、恐る恐る闇王のいる部屋を訪れる。力の暴走で激しい苦しみに襲われ、呼吸と同時に口から黒い瘴気を吐きながら蹲る闇王の姿があった。

「闇王様……お望みの魂をお持ち致しましたぞ」

ゲウドが水晶玉を取り出すと、無数の魂が次々と出現する。魂の数は軽く四桁を越える程であった。

「……魂……を……よこせえええええ!!」

魂の存在に気付いた闇王が凄まじい形相を向ける。その迫力に怯み、その場から逃げ出すゲウド。闇王は無数の魂を次々と自身の身体に吸収していくと、全身が漆黒のオーラに包まれ始める。

「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……我は……我は死なぬ……絶対にな……」

吸収した無数の魂によって暴走する力を抑えられた闇王は魔力を解放すると、周囲に凄まじい波動が発生する。その衝撃で巨大な闇の光が天井を貫いた。

「クヒヒ……闇王様は何とか力の暴走を抑えられたようじゃのう。ヒッヒッ、面白くなってきたわい」

空中浮遊マシンで闇王の様子を遠い位置で眺めながら、ゲウドは不気味な笑みを浮かべていた。



太陽の聖地を後にしてから半日後、レウィシア一行を乗せた空飛ぶ絨毯はクレマローズに辿り着いた。

「ありがとうヘリオ。助かったわ」

レウィシアが礼を言うと、ヘリオは無愛想に返すだけであった。

「やれやれ。全く落ち着きのない空の旅だったよ」

絨毯から降りたテティノが呟く。

「これしきの事で不満を漏らすとは不合理な輩だ。命拾いしただけ有難く思え」

「何だと!いちいち偉そうに!」

ヘリオの高圧的な一言にテティノは思わず頭に血を登らせる。

「おやめなさい、テティノ」

ラファウスが宥めようとするが、テティノはヘリオに対する嫌悪感を露にしていた。ヘリオはそんなテティノを見下すように鼻を鳴らし、絨毯を畳み始める。

「はぁ、半ば嫌な予感がしてたけどやっぱりあいつも僕達に付いてくるのか?」

テティノが小声でレウィシアに言う。

「仕方ないわよ。彼女は私達を導く使命を与えられたんだから。何とか仲良く出来ないの?」

「それは無理な話だね。大体、僕はああいう感じの悪い女とは相容れないんだ」

レウィシアは苦笑いする。

「ぼくもあの人は苦手だな……何だか怖いから」

ルーチェがレウィシアの手を握りながら答える。

「だろ?何でこんな事になったんだろうな」

ヘリオに対して否定的な様子のテティノとルーチェにレウィシアはやれやれと思いつつも、身体を軽く解し始める。

「いつまで雑談をしている。行くぞ」

畳んだ絨毯を背負うヘリオが先立って進む。

「クッ、何であいつが先に進んでるんだよ」

テティノは苛立ちながらもレウィシア、ルーチェ、ラファウスと共にヘリオの後に続く形で歩き始めた。暫く経つと、レウィシア達はクレマローズに辿り着く。

「こ、これは!?」

ゲウド率いる襲撃部隊によって荒れ果てた街の様子に愕然とするレウィシア達。

「私達がいない間に一体何があったというの……」

不安を感じたレウィシアは周囲を確認する。

「僅かな邪気の臭いを感じる。どうやらこの場所に邪悪なる者が現れたようだ」

ヘリオの一言に愕然とするレウィシア。

「お母様!城のみんなは!?」

レウィシア達は足を急がせ、城へ向かう。

「姫様!お戻りになられましたか」

城門前でレウィシア達を迎えたのはトリアスであった。

「トリアス!みんなは大丈夫!?」

「ハッ!姫様がお戻りになられる前にまたも邪悪なる者達が現れましたが、心強い助っ人によって何とか退けました」

「助っ人?」

トリアスはクレマローズで起きていた出来事———王国を襲撃した敵を退けたのはヴェルラウドとその仲間達である事を全て話した。

「ヴェルラウドって、まさかあのヴェルラウド……?」

トリアスからヴェルラウドの名前を聞いた瞬間、レウィシアは思わずサレスティルでの出来事を振り返る。かつて女王に成り済ます形でサレスティルを支配していた影の女王を撃退した事や、本物の女王を救う為に王国を後にしたヴェルラウドの事を。

「トリアス、後は頼むわ。お母様に報告しなきゃ」

「ハハッ!」

レウィシア達はアレアスがいる謁見の間へ向かった。謁見の間の玉座に佇むアレアスはレウィシア達の帰還を快く迎える。

「上手くいったのね、レウィシア。その姿……太陽の力を感じるわ。それが戦神の神器なのね」

アレアスは戦神の神器とされている武具を装備したレウィシアから大いなる太陽の力を感じていた。

「ところでお母様。私達がいない間に敵の襲撃があったそうですが、その時に……」

「ええ。彼らなら今からお呼びするところよ」

思わず背後を振り返るレウィシア。すると、兵士達が何人か謁見の間にやって来る。兵士達の後に続いて現れたのはヴェルラウド、スフレ、オディアン、リランであった。

「ヴェルラウド!」

ヴェルラウドは胸に手を当て、軽く頭を下げる。

「久しぶりだなレウィシア。あの時と随分変わったものだな」

続いてオディアンが胸に手を当てては頭を下げる。

「貴女がクレマローズのレウィシア王女……何とお美しい」

そんな二人の騎士の挨拶にそこまで畏まらなくてもと思いつつも、ヴェルラウドとの再会に喜びの表情を浮かべるレウィシア。スフレはお辞儀による挨拶をするものの、複雑な想いのままレウィシアの姿を凝視していた。

「積もる話は後にして、まずはお母様に話を聞きましょう」

謁見の間にてレウィシア一行、ヴェルラウド一行が集った時、アレアスが再び口を開く。

「あなた方が挑むべき敵は我が夫……クレマローズ国王ガウラを浚った悪しき道化師の男。そしてレウィシアの同士ヴェルラウドの敵であり、先程クレマローズを襲撃した邪悪なる者を束ねる存在とされる闇王。ヴェルラウドよ、闇王と道化師の男は繋がりがあると間違いないのですね?」

「ええ、あの道化師の男は闇王を蘇らせた張本人との事です。我々にとっても討つべき存在である事は確実です」

アレアスは闇王の存在や、ケセルと闇王の繋がりをヴェルラウドとリランから聞かされていたのだ。

「闇王……一体何者なの?」

闇王の存在を初めて聞くレウィシアに、ヴェルラウドが改めて説明する。

「何にせよ、その闇王とかいう奴も倒さなくてはならないという事だな。もしかしたらケセルの事で何か知ってるかもしれないし」

テティノの一言にレウィシアが頷く。

「これから挑むべき戦いは今まで以上に厳しく辛いものとなるでしょう。ですが、太陽の神はいつでも心正しき者の味方である事を忘れてはなりません。我が娘レウィシア……そして同士となる者達。あなた方の心に太陽の加護があらん事を」

アレアスの言葉を胸に秘め、謁見の間を後にする一行。

「闇王か……ケセルと繋がりがあるとならばまずは闇王の元へ行く方が良さそうね」

レウィシアが呟く。

「私の予知だと、君達は蘇りし巨大なる闇に挑む使命を背負った者とされている。ヴェルラウドと共に闇王と諸悪の根源たる者に挑むのも運命なのだ」

そう言ったのはリランであった。

「あなたは?」

「私はリラン。君達の同士となる者だと思ってくれて良い」

リランは軽く自己紹介すると、遠い位置で退屈そうにしているヘリオの事が気になり始めていた。

「レウィシア。いきなり勝手な事を言うようで悪いが、まずは俺達の敵となる闇王を倒す事に協力して欲しい。あんた達の力も必要らしいんでな」

ヴェルラウドが頼み込むように言うと、レウィシアは快く承諾する。

「勿論よ。私も丁度闇王のところへ行くべきかと考えていたところだから。あなた達も共に戦ってくれると心強いわ。改めて宜しくね、ヴェルラウド」

笑顔でヴェルラウドに手を差し伸べるレウィシア。

「ちょっと待ったぁ!」

ヴェルラウドがレウィシアの手を取ろうとした瞬間、スフレが割り込んで来る。

「何なんだお前は。割り込んで来るなよ」

「うるさいわね!何カッコ付けていいムードになってるのよ!」

至近距離で怒鳴り込むスフレにヴェルラウドはやれやれと言わんばかりの表情になる。突然の出来事にレウィシアは訳が解らないままであった。

「あの、あなたは?何か悪い事しちゃったかしら?」

そっとスフレに声を掛けるレウィシア。

「あなたが噂のレウィシア王女ね?あたしはスフレ・モルブレッド。このヴェルラウドとは旧知の仲であって、ヴェルラウドを守る使命を受けた賢者様よ!覚えておいてよね!」

レウィシアに対して思いっきり顔を近付けながらも、半ば対抗心剥き出しの振る舞いを見せるスフレにレウィシアは戸惑い気味であった。

「おい、旧知の仲って何だ。お前と知り合ったのはつい最近なんだが」

「細かい事は気にしない!とにかく!もしヴェルラウドに妙な真似をしたら、仲間としてタダじゃおかないわよ!?彼は色々壮絶な運命を辿っているんだからね!」

スフレが迫るように言い続ける。

「何があったのか解らないけど、あなたの言う事はしっかり気に留めておくと約束するわ。宜しくね。スフレ」

レウィシアは下手な事しない方が良さそうだなと思いながらも笑顔で手を差し伸べる。スフレは半ば乗り気ではなさそうにその手を取る。

(うっ、なんて柔らかくて暖かい手なの……しかも凄く綺麗だし、オマケに近くにいると凄くいい匂いがするし、これがお姫様って事!?)

スフレはレウィシアの手を握ると、レウィシアの手の柔らかい感触と温もり、そして至近距離から感じる優しい香りに何とも言えない気分になっていた。

「何というか、変な勘違いされてないか?あのスフレとかいう女の子に」

テティノがラファウスに耳打ちするように言う。

「気にしない方がいいでしょう。余計な事で面倒ごとにならなければいいのですがね……」

冷静に返すラファウス。

「私はオディアルダ・レド・ロ・ディルダーラ。スフレと共にヴェルラウドをお守りするブレドルドの騎士です。レウィシア王女様、私の事はオディアンと呼んで下さい」

レウィシアを前に騎士としての礼儀を心掛け、自己紹介をするオディアン。レウィシアが快く応対している中、スフレがヴェルラウドを小突き始める。

「今度は何だよ。いい加減鬱陶しいぞ」

「鬱陶しいって何よ!あんた、本当にあのレウィシア王女と只ならぬ関係ってわけじゃないのよね?」

ヴェルラウドはいちいちめんどくせぇなと心の中で呟きながら溜息を付く。

「何でもねぇって言ってんだろ。俺はお前が言うような特別な関係が苦手なんだよ」

ぶっきらぼうに振る舞うヴェルラウドに、スフレは腑に落ちない様子でレウィシアの姿を見る。

(……何でもないんだったらいいけど、間違ってもヴェルラウドに手出しはさせないわよ。絶対に!)

スフレは内心レウィシアに対抗心を燃やしつつも、気晴らしに背伸びを始めた。

「フン、全く平和な奴らだ。これから巨大なる闇に挑むというのにな」

密かに遠い位置で成り行きを見守るヘリオの前にリランがやって来る。

「何だ、何か用か?」

「一つお尋ねしたい。君も同士ではないか?私と同じ匂いがするものでな」

「何だと?どういう意味だ?」

リランは話した。自身が神の遺産を守る民族の子孫の一人であり、ヘリオもその一人であってつまりリランとは同士となる存在である事を。

「ほう……それは奇遇だな。まさか私と同じ使命を受けた民族の者と会う事になろうとは」

「うむ。正確に言うと君を含めて三人目になる。あそこにいるスフレという者も同士だからな」

ヘリオは背伸びして身体を解しているスフレの姿をジッと見る。

「……フッ。如何に同士といえど、足手纏いにならなければいいがな」

そう呟き、ヘリオは城の窓からの景色を眺める。薄暗い空は雨雲に覆われており、僅かに雨が降り始めていた。




何処とも知れない地下深くの空洞の中———そこには一人の男が佇んでいた。そこは鍛冶の設備が整う工房であった。工房に佇む男は、かつてゲウドからアクリム王国を震撼させた魔物クラドリオの討伐依頼を受けた忍の暗殺者ロドル・アテンタートであった。

「……貴様、誰だ?」

突然、気配を感じたロドルが呟く。工房内に何者かが潜入したのだ。

「ほほう、気配で察するとは流石だな」

声と共に姿を現したのはケセルであった。

「フン……暗殺を営む者には当然の事だ。凄まじい邪気を持つ輩であらば尚更な」

ロドルの返答にケセルは動じる事なく、ひたすら不敵な笑いを浮かべていた。

「クックックッ、流石は『死を呼ぶ影の男』と呼ばれるだけの事はある。噂には聞いていたが、貴様も想像以上に面白そうだな」

死を呼ぶ影の男とはならず者の間で広まっているロドルの異名であり、ロドルの存在は密かにゲウドから聞かされていたのだ。

「……何の用だ。依頼者か?」

「依頼か……期待外れで悪いが、違う用件だよ。生憎オレは貴様の手を借りる程困るような事がないものでね。以前、我が腹心のゲウドがお世話になったとの事でな。強いて言うならご挨拶がてら、ちょっとしたお喋りに来たといったところだな」

静かに足音を立てながらも不気味な表情を浮かべ、ロドルの元へ歩み寄るケセル。その大胆不敵な振る舞いにロドルは何とも言えない嫌悪感を覚え始める。

「……下らん。消えろ。貴様はどうも虫が好かん」

「クックックッ、貴様もこのオレがどういった存在なのか、ある程度は肌で感じているのではないか?」

ケセルがそっと顔を寄せる。

「人は如何に強がっていても、本能は嘘は付けぬのだからな」

至近距離で囁くように言い放つケセル。

「いい事を教えてやろうか。貴様の母親はこのオレの手中にある」

その一言にロドルは目を見開かせる。

「貴様……今何と言った?」

ロドルが背中の刀を瞬時に抜く。

「貴様の母親はこのオレの手中にあると言ったのだよ。我が計画の素材とする為にな。王国の王女でありながらも鍛冶職人の男と駆け落ちした末に貴様を産んだという愚かな女だったがな」

眉間に皺を寄せるロドルだが、更にケセルは言葉を続ける。

「哀れな事よ。貴様の父親は妻を失った悲しみと目指していた武器を生み出せないやるせなさに耐え兼ねて貴様を虐げ、そして奴隷として売り捌いた。己の武器を生み出す為という自分勝手な理由でな」

言い終わると、ケセルの首元にロドルの刀が突き付けられる。

「……それ以上喋らなくて良い」

だが、ケセルはそれでも表情を崩さない。

「クハハハ、動揺しているのか?言っておくがオレは決してつまらぬ嘘を付く事はしない」

瞬時にロドルの背後に回り込むケセル。

「貴様は……それを伝えに来ただけか?」

刀を手に振り返るロドル。

「まあ、そんなところだな。世界は間もなく我が主が生み出す真の闇に覆われる。いくら貴様でも我が主は疎か、このオレを倒す事すら出来ぬだろう。試してみるか?」

不敵な言葉に応えるかのように、ロドルは目にも止まらぬ速さで両手の刀で斬りつけていく。その攻撃は、ケセルの右腕を斬り飛ばしていた。

「ほーう、やるな。オレの腕を斬り飛ばせる程の腕を持っていたとは」

次の瞬間、ロドルの両肩から夥しい量の鮮血が迸る。ケセルの攻撃による手傷であった。両肩の傷で思わず膝を折るロドル。

「まあいい。オレにはこれからやるべき事がある。続きは後のお楽しみとして取っておく事にしよう。それまではもっと楽しませるように力を付けておく事だ。尤も……貴様も何れオレに仇名す連中に与する事になるかもしれぬがな」

傷口を抑え、睨みを利かせるロドルを前にしたケセルの姿が徐々に薄れ始める。

「オレの名はケセル。貴様ら人間どもの聞き慣れた言葉で表現するなら『悪魔』と呼ばれる存在だ。我が主となる者の力の源だと言っておこう」

姿を消す形でケセルがその場から去ると、ロドルは忌々しげに両肩の傷口の止血を始めた。そして自身の武器となる二本の刀の刀身をジッと見つめる。



どうやら、まだ鍛える必要があるな———。

持ち前の鍛冶の腕があのクソ親父の血筋によるものだと思うと胸クソ悪いが、俺に相応しい武器はこれ以外に存在しない。


ガキの頃から蒸発したお袋があのケセルと名乗る薄気味悪い野郎の手中にあるのは真かどうかは定かではないが、奴も俺の敵である事が明確となった。その為にも———。



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