氷の魔魂兵と騎士の葛藤
かつて北東の地に存在していたクリソベイア王国。そこは騎士の国と呼ばれていた王国であった。ある日、王国に一人の子が生まれる。生まれた子は騎士団長の息子であり、幼い頃から騎士としての素質が備わっていた。騎士団長の息子は、やがて父と肩を並べる程の実力を持つ騎士へと成長した。
息子の名は、ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス。
だが、ヴェルラウドには生まれつき特殊な力が備わっていた。それは赤い雷を操る能力であり、人々の中にはその力を災いを生む能力として恐れる者がいた。
王国には古くからの言い伝えがある。災いを呼ぶ邪の子———かつて世界には、生まれた子の中に災いを呼ぶ力が備わっている者が生まれる事があると言われている。その力は闇を象徴する色の炎、邪悪なる力を象徴する色の雷と様々なものであった。
ヴェルラウドが赤い雷を操る能力がある事を知ったのは、王国に住んでいる行方不明の少女を助けに行った時での事だ。少女は空飛ぶ魔物に捕まっていた。魔物の動きはかなりのもので、並みの実力では太刀打ち出来ない程の強敵だった。空からの奇襲に苦戦している最中、ヴェルラウドの中から何かが目覚めた。感じた事のない鼓動の高鳴り。自らの剣に宿る謎の力。それが赤い雷となり、雷を纏った剣の一撃によって魔物を打ち倒した。少女は救われたものの、ヴェルラウドは突然発動した自身の謎の力に戸惑いを隠せないばかりであった。その直後、王国に脅威が襲い掛かった。魔物の襲撃であった。王国に現れた魔物達は何者かの命令で動いている魔物達であり、ヴェルラウドを狙っている様子であった。迎え撃つ王国の騎士達はあえなく魔物の軍勢の前に敗れ去り、残された国王と姫を守る為に果敢にも魔物に立ち向かうヴェルラウド。だが、多勢に無勢である事は明白であった。魔物の群れに倒されたヴェルラウドに敵の凶刃が振り下ろされた時、姫が我が身を挺してその凶刃を受けた。血に塗れ、倒れる姫の姿を見たヴェルラウドは赤い雷を呼び起こし、目の前の魔物の群れを一瞬でなぎ倒す。だが、呼び起こされた力は一瞬のものであり、赤い雷が消えた時、ヴェルラウドはその場に倒れ付した。
目を覚ました時、見知らぬ集落にいた。倒れたヴェルラウドを救ったのは、父である騎士団長であった。人々によると、父は傷だらけの身体を引きずりながらもヴェルラウドを連れて魔物から逃げる事を選び、集落に辿り着いた頃には力尽き、既に息絶えていた。守るべき存在だった姫を目の前で失い、故郷と父を失い、更に父からの遺言によると、王国を襲撃した魔物達はヴェルラウドを狙っているという。魔物達が自分を狙う理由は何なのか。その答えがわからないままヴェルラウドは自分を救った父の弔いをし、当てのない旅に出た。旅の果てに流れ着いた場所———それがサレスティル王国であった。
サレスティル女王に騎士としての素質を見抜かれたヴェルラウドはサレスティル王国の騎士として生きる事を選び、女王と王女シラリネを守り続けていた。騎士道精神に溢れ、命に代えてでも守ろうとするヴェルラウドの姿に惹かれたシラリネは想いを馳せるようになっていた。
「……ラウド!ヴェルラウド!」
部屋でうたた寝をしていたヴェルラウドが目を覚ました時、シラリネの顔が視界に飛び込んだ。
「ああ、姫……夢を見ていたのか」
「夢?」
「俺の……過去の夢をな」
ヴェルラウドは自身の剣をぼんやりと眺めている。同時にレウィシアと剣を交えた時に発動した赤い雷の力について思い浮かべていた。
「姫よ。俺の事を、正直怖いと思った事はないのか?」
「え?」
「クレマローズの王女レウィシアと剣を交えた時に、あなたも見ていたはずだ。赤い雷を」
シラリネは思わず黙り込んでしまう。
「……やはり俺は、この国にいるべきではなかった。女王が心変わりしたのも、俺が呼び寄せた悪魔のせいなのかもしれん」
項垂れるヴェルラウドを見てシラリネは違うわ、と声を張り上げる。
「どうしてそう思うの?呼び寄せた悪魔って何?あなたが何者であろうと、そんな事関係ないわ。あなたは、私達をずっと守ろうとしているじゃない」
シラリネがうっすらと涙を浮かべる。
「あなたがこの国に来て間もない頃、こう言ったじゃない。命に代えてでもお守りするって。私、すごく嬉しかったんだから」
ヴェルラウドが顔を上げた瞬間、シラリネはそっとヴェルラウドの頭を抱き、唇を重ね合わせた。突然のキスに思わず目を見開かせるヴェルラウド。唇が離れた時、シラリネの吐息がヴェルラウドの顔を覆うように広がった。言葉を失うばかりのヴェルラウドを、シラリネが両手で頬を抑え、顔を近付ける。
「……お願い……行かないで」
シラリネが囁くように言う。ヴェルラウドは言葉に出来ないままであった。
城の地下牢獄に、レウィシアとクレマローズの兵士達が捕われていた。各一人ずつ牢屋に閉じ込められており、レウィシアも単身で牢屋に閉じ込められていた。
「……う……ここは……」
目を覚ました時、レウィシアの視界に飛び込んできたのは水滴の音が響き渡る暗い牢屋の中だった。思わず身の確認をすると、剣と盾は没収されていた。
(何とかここから脱出しないと……でもどうすれば……)
鉄格子の向こうに見えるのは、見張りの兵士だった。だが、兵士は居眠りしていた。
(せめて、この鉄格子を開ける事が出来たら……)
そんな事を考えていると、突然レウィシアの懐が何かもぞもぞと動くのを感じる。顔を出したのは小さな白い生き物……ソルだった。
「ソル!無事だったのね」
ソルはきゅーきゅーと鳴き声をあげると、小さな体を活かして鉄格子の隙間から牢屋を出る。まるで何かを探している様子のソルを見て、もしや脱出の手口をと察するレウィシア。数分後、ソルは一つの鍵を持ってレウィシアの元へやって来る。しめたとばかりにレウィシアは鍵を受け取り、鉄格子の錠の鍵を開けた。開錠し、牢屋から脱出したレウィシアは見張りの兵士を確認しながらもそっと歩くと、ソルは何処かへ案内するかのように先走りを始める。一体何処へと思いながら後を付けると、独房に辿り着く。ソルが持ってきた鍵で開錠して扉を開けると、レウィシアの剣と盾が保管されていた。
「やった!流石ソルね!後はみんなを助けなきゃ」
剣と盾を取り戻したレウィシアは独房から出て兵士達が捕われている牢屋へ向かう。だがその時、背後から足音が聞こえる。
「貴様、そこで何をしている!」
振り返ると、見張りの兵士二人と重装兵一人の姿があった。
「むっ、貴様はクレマローズの!?おのれ、脱獄だな!皆の者、捕えろ!」
重装兵の号令で次々と現れる兵士達。向かう先と背後にも兵士がいる挟み撃ち状態となってしまった。
「くっ、迎え撃つしかないの!?」
レウィシアが剣を構えると、ソルがレウィシアの懐に飛び込み、姿を透過させてレウィシアの中に入り込んでいく。次の瞬間、レウィシアの全身から炎のオーラが発生し、内なる炎の魔力が目覚め始めた。
「な、何だこれは!?」
思わず怯む兵士達に、レウィシアは燃え盛る盾を兵士達に向けて投げつけた。ブーメランのように旋回する盾は兵士達を次々となぎ倒していく。
「くそっ、一端引け!」
兵士達が退散すると、レウィシアはクレマローズ兵士達が捕われている牢屋を探し始める。数分後、クレマローズ兵士達の牢屋を発見し、持っていた鍵で一人ずつ救出していく。
「追手が来ないうちに早く脱出するわよ!」
レウィシアは救出したクレマローズ兵士達と共に地下牢を脱出しようとする。だがその途中、辺りが冷気に包まれ、壁が凍り付き始める。
「そう易々と逃げられると思ったか?捕われの王女よ」
現れたのは、槍を持った黒い鎧の男であった。
「誰!?」
「俺はバランガ。サレスティルの近衛兵長であり、凍てつく冷気を司る者。ここから先は進めさせん」
バランガは槍を片手で高速回転させる。その姿を見たレウィシアは戦闘態勢に入る。
「姫様!」
「下がってなさい。この男は私が相手するわ」
レウィシアの言葉に従い、一歩下がる兵士達。
「貴様の実力が如何程か、見せてもらおう」
その声が戦闘開始時の合図となり、槍を手に突撃するバランガ。レウィシアは次々と繰り出してくる槍の突きを盾で受け止め、剣で応戦した。
その頃、サレスティル王国に辿り着いたトリアス達は城門で門番の兵士二人に詰め寄っていた。
「姫様はここに来ているはずなのに、一体どういうつもりなのだ!城にいらっしゃるのではないのか!?」
兵士達は訪れたトリアス達に対して城に入れるわけにはいかんと門前払いをするばかりであった。
「どうした、何事だ?」
現れたのはヴェルラウドであった。
「ヴェルラウド様!たった今クレマローズの者が!」
ヴェルラウドはトリアス達の姿を見て一瞬考え事をするが、直ぐに持ち直して二人の兵士に視線を移す。
「女王様の元へ案内してやれ。彼らも来客だ」
そう言い残し、ヴェルラウドはその場から立ち去る。トリアス達は兵士に案内され、謁見の間に迎え入れられた。
「ほう……まだ来客がいたのか」
女王を前に跪くトリアス達。女王の傍らにはヴェルラウドが立っている。
「サレスティル女王、姫様は今どちらへ?お姿が見えないようですが」
トリアスはその場にレウィシア達がいない事に不審を感じていた。そんなトリアスを見て女王は含み笑いを始める。
「安心しろ。今会わせてやる。牢獄でな」
冷酷な表情を浮かべる女王の一言に思わず立ち上がるトリアス。
「……どういう意味だ?貴様、本当に女王なのか?」
トリアスと二人のクレマローズ兵士は剣を構える。
「クックックッ、無駄だ。いかにお前達が刃を向けようと、この私を止める事など出来ぬ。ヴェルラウドよ、こやつらの始末は任せるぞ」
「ハッ」
ヴェルラウドが剣を抜くと、周囲に緊迫とした空気が漂う。そんな謁見の間の様子を影で眺める者がいる。シラリネであった。
地下牢で行われるレウィシアとバランガの戦い。バランガの鋭い槍の一撃がレウィシアの左腕を掠める。傷口からは血が流れていた。レウィシアは着ていたマントを脱ぎ捨て、剣を構えると再び炎の魔力を高め始める。
「なるほど……どうやら全力を出さねばならんようだな」
バランガの傍らに、氷のような宝石が埋め込まれた海豹のような小さい生き物———氷の魔魂の化身が出現した。氷の魔魂の化身を見たレウィシアは驚きの表情を浮かべる。
「それは……まさかあなたも!?」
「フッ、こいつの力があれば貴様の炎も凍らせるであろう」
氷の魔魂の化身は姿を透過させ、バランガの中に入り込んでいく。バランガの身体から氷の魔力によるオーラが発生し、周囲に雹を伴った凍てつく冷気が襲い掛かる。
「くっ、この冷気は……!」
襲い来る雹を盾で防ぐレウィシアに、バランガが槍の攻撃を繰り出していく。突きの攻撃を盾で防御するものの、次に襲い掛かるのは振り上げによる攻撃だった。
「ああぁっ!」
その攻撃に転ばされてしまうレウィシア。立ち上がろうとした時、バランガは氷の魔力を高めながら槍を振り回していた。
「食らえ、百裂氷撃槍!」
無数の雹の塊と共に氷の魔力を帯びた槍による怒涛の連続突きがレウィシアを襲う。
「くっ!うぁっ……がはっ!ぐっ……!ごはあっ!!」
剣と盾で防御しようとするものの、防ぎきれず次々と攻撃を叩き込まれたレウィシアは勢いよく壁に叩き付けられ、バタリと倒れる。
「姫様ーー!!」
クレマローズの兵士達がレウィシアの元に駆け寄る。
「まだよ……」
レウィシアは身体を起こし、ぐはっと咳込んでゆっくりと立ち上がる。頭や口から血が流れ、ペッと口内に溜まっていた血混じりの唾を吐き捨てて口元を手の甲で拭い、再び剣を構えた。
「流石は諦めが悪いな、王女よ。貴様のような女はそう嫌いではない。俺にとってはやりがいのある相手だからな」
氷のオーラを身に包むバランガの周囲は冷気の風に覆われていた。
「さあ、続けましょう。例え何者であろうと、負けられないわ」
その台詞に応えるかのように、レウィシアの身体を包む炎のオーラがますます燃えていく。
「行くぞ」
レウィシアとバランガが再びぶつかり合う。炎の剣による斬撃と氷の槍による突きの戦い。槍特有のリーチの長さを活かした遠距離からの連続攻撃を主流としたバランガの攻撃から何とか隙を伺おうとするレウィシア。盾を投げてもバランガの槍による高速回転で弾かれてしまい、正面から近付こうとすれば突きの餌食となり、距離を取ると連続攻撃の的となる。バランガの槍の腕に関しては隙が無い程の実力であった。
「あああぁぁっ!!」
バランガの槍がレウィシアの右腕を貫く。激しい激痛のあまり、思わず剣を床に落としてしまう。その隙を見逃さなかったバランガは再び槍を振り回す。
「終わりだ」
百裂氷撃槍———雹の塊を伴う槍の連続突きがよろめいたレウィシアに襲い掛かる。
「ぐはっ!うっ……ああぁぁぁぁ!!」
レウィシアは身体に攻撃を受けながらも瞬時に盾を構え、剣を拾い上げ、火が付いたように真正面に突撃していく。思わぬ捨て身の反撃に一瞬攻撃の手を止めたバランガの隙を見つけ、レウィシアは炎を纏った剣の一撃を繰り出した。
翔炎斬———炎に包まれた剣による斬り上げはバランガの鎧もろとも切り裂き、その傷口からも炎が残った。
「ぐあああああ!!」
斬り上げによるダメージに加え、身体の炎の熱さに苦しむバランガ。更にレウィシアはバランガの懐に飛び込み、鋭い連続斬りを放つ。
火迅閃———その斬撃は、決定打となった。炎の斬撃はやがてバランガの全身に大火傷を生み、身体に炎を残したまま膝を折り、そのまま崩れ落ちた。
「ぐっ……まさか……玉砕覚悟で向かうとはな」
傷ついた姿のレウィシアは全身に激痛が走る中で脇腹を抑えながら、倒れたバランガの姿を見下ろしていた。レウィシアの脇腹からは血が流れている。槍に刺された傷跡であった。
「肉を切らせて骨を断つといったところね。運が悪ければ急所をやられていたわ」
バランガは自分を見下ろすレウィシアの目を見る。その目からは太陽のように輝く意思と闘士の力を感じ取っていた。
「太陽の心に敗北した、という事か……」
自身の敗因を悟ったバランガは感無量と言わんばかりの表情になる。
「姫様、大丈夫ですか!?」
クレマローズの兵士達がレウィシアに声を掛ける。
「平気よ。結構やられたけど、まだ戦えるわ」
レウィシアは傷の痛みを感じるものの、炎の魔力による焼灼止血効果が働いた事で槍で貫かれた右腕の傷口は塞がっており、脇腹の傷は既に止血状態となっていた。
「……レウィシアよ、俺の負けだ。女王を止めたければ止めるがいい。だが……貴様にそれが出来るかな……」
そう言い残し、バランガは意識を失う。レウィシアは何がどうあろうと女王を止めなくてはと思い、兵士達を連れて地下牢獄を出て謁見の間へ足を急がせた。
謁見の間では、ヴェルラウドが操る赤い雷の攻撃を受けたトリアスとクレマローズ兵士二人が倒れていた。
「うぐっ……ひ、姫様……」
トリアスは起き上がろうとするが、身体に痺れが残って動かす事が出来ず、そのままガクリと気を失ってしまった。そんなトリアスをヴェルラウドが剣を手に見下ろしている。
「出来れば止めを刺したくはないが……これも女王の命令でな。悪く思うなよ」
ヴェルラウドが剣を振り下ろそうとする。
「お待ちなさい!」
声と共に現れたのはレウィシアだった。
「ほう、貴様が現れたという事はバランガはやられたという事か。全く役に立たぬ奴よ」
女王が冷徹な態度で言い放つ。
「黙れ!今のお前は女王の姿をした悪魔である事は明白。このクレマローズ王女レウィシア・カーネイリスが、今ここで引導を渡して差し上げます!」
剣を手にレウィシアが叫ぶと、女王は高笑いを始める。
「フハハハハ、威勢だけは大したものだな。その傷ついた身体でヴェルラウドに勝てると思うのか?」
女王の言葉に応えるかのように、レウィシアは右腕と脇腹の傷跡が疼くのを感じる。
「ヴェルラウドよ。見せしめにうつけ者の王女を殺してしまえ。奴は負傷している。首を取るのも容易いであろう」
ヴェルラウドがレウィシアに剣を向けると、双方が正面から激突し、再び激しく剣を交える。負傷した身体であるにも関わらず、持ち前の闘士でヴェルラウドと互角の戦いを繰り広げるレウィシア。地を蹴り、大きく振り下ろされたレウィシアの剣を間髪で受け止めるヴェルラウド。お互いの剣がぶつかり合ったまま、レウィシアはヴェルラウドの眼前まで顔を寄せる。
「ヴェルラウド。あなたはこのまま女王に従い続ける事が本当に正しいと思っているの?」
息がかかる程の至近距離まで顔を近付けたレウィシアは鋭い眼差しを向けながら、眼前のヴェルラウドに問いかける。
「お前の知った事ではない。俺にはサレスティルの騎士として女王と姫を守る使命がある。ただそれだけの事だ」
ヴェルラウドは剣に力を込め、レウィシアを押しのけようとする。だがレウィシアは離れようとせず、疼く傷跡による苦しみの吐息を漏らしながらも言葉を続ける。
「いいえ、あなたは迷っている!あなたの目を見ているとその事がわかるわ。今の女王がおかしいと知っていて、女王に逆らえない理由があるんでしょう?それに、今あなたは私達を本気で殺そうとしていない。もしあなたが女王の命令通りに私達を殺すつもりなら、すぐにあの赤い雷の力を使って首を取ろうとするはず」
レウィシアの言葉に半ば動揺しつつも、ヴェルラウドは全力でレウィシアを押しのける。傷跡の痛みと重なり、尻餅をつくレウィシア。
「……お前に何がわかるというんだ。いい加減そのクチを黙らせてやる」
ヴェルラウドは剣先に赤い雷を発生させる。レウィシアは立ち上がり、炎の魔力を高めると同時に両手で剣を構えた。
「はああああああっ!!」
炎に包まれたレウィシアと赤い雷に覆われたヴェルラウドの力がぶつかり合う。赤い雷の一撃を受けて吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられるレウィシア。同時に炎を纏った剣の一撃を受け、倒れるヴェルラウド。
「……げほっ!ぐっ……」
レウィシアが身体を起こし、立ち上がる。痺れは感じないものの、ダメージはかなりのものだった。
「うぐっ!がはっ……」
続いてヴェルラウドが剣を手に立ち上がる。身体には剣の一撃による傷跡が刻まれ、周囲に焦げた服の痕が残されていた。お互いダメージを受けつつも、再び剣を向けた睨み合いが始まる。
「もうやめて!」
突然聞こえてきた声。現れたのはシラリネだった。
「姫!」
「ヴェルラウド、これ以上間違った方に剣を向けるのはもうやめて……」
シラリネが涙を流しながら言うと、ヴェルラウドは戸惑いの表情を見せる。
「フン、役立たずの娘がノコノコとやって来て何が出来るというのだ?」
女王が罵ると、シラリネは鋭い目を向ける。
「あなたのせいで……あなたのせいでヴェルラウドは……サレスティルは……!」
女王は薄ら笑みを浮かべ、ナイフを手に自らの右腕に突き刺す。同時にシラリネの右腕から血が噴き出し、刺し傷が現れる。シラリネは刺された傷の痛みに声にならない悲鳴をあげるばかりだった。
「こ、これは!?」
その状況を見ていたレウィシアは思わず女王とシラリネの腕の傷を見る。二人の傷口が完全に一致しているところを見てまさか、と口にした時、女王が笑い出す。
「フハハハハ、気が付いたようだな。そう、この私とシラリネは肉体のダメージを共有している状態。つまり私の身体が傷つくとシラリネの身体も傷つく事になる。その事もあってヴェルラウドを始めとする城の者どもは私の首を奪う事すらも出来ぬというわけよ」
そういう事かと理解したと同時に一体何故こんな状態に、と考えあぐねるレウィシアはヴェルラウドの方に視線を移す。ヴェルラウドは何も答えようとしない。
「だがレウィシアよ。このカラクリを理解しても貴様はヴェルラウドと戦う事に変わりはない。こやつはシラリネを守る為に戦うのだからな」
冷酷に振る舞う女王とシラリネの姿を見たヴェルラウドは戸惑うものの、剣を握り締めて再びレウィシアに挑もうとする。
「何故……女王とシラリネ王女はこのような状態に?」
「……俺にもわからん。だが、お前を倒さねば姫は……」
レウィシアはこのまま戦いを続け、ヴェルラウドを倒して女王を討ち取るべきかどうかで悩み始める。同時にヴェルラウドも心の中で迷いを募らせていた。
姫の為とはいえ、こんな戦いは俺も望んでいない。今の女王は本当の女王ではないのはわかっている。ましてや他国を侵攻する戦争など……!だが、姫の命は女王が握っている。もし俺が女王の命に背く事があらば姫はどうなるかわからない……。俺は……本当にこのままでいいのか?
「……くっ、うおおおおお!!」
ヴェルラウドは迷いを振り切るかのように、剣を手にレウィシアに斬りかかった。瞬時に剣でその斬撃を受け止めるレウィシア。
「やはり迷っているのね。力が弱まっているのを感じるわ」
「うるさい!俺は……俺は……!」
「私だって同じよ。最初は女王を討ち取ろうと考えていたけど、そうはいかなくなったから」
レウィシアに押し返され、ヴェルラウドは後方に飛び退く。剣を両手で構えると、ヴェルラウドの剣先に赤い雷が発生する。
「……許せ、レウィシア。俺は二度も守るべきものを失いたくない。その為にも、俺は……!」
ヴェルラウドの赤い雷を見てとっさに防御態勢に入るレウィシアだが、不意に傷跡が疼き、全身が激痛に襲われる。ヴェルラウドの剣が赤い雷に覆われると、これで決着を付けると言わんばかりに両手で剣を持ったまま斬りかかる態勢に入った。
「やめてええええ!!」
悲痛な叫び声をあげたシラリネがヴェルラウドの前に飛び出す。
「姫、そこを離れろ!」
「嫌よ!これ以上戦いを続けるつもりなら絶対に離れないわ!お願いだからもうやめて……」
シラリネは涙を流し、泣き崩れる。剣を覆う赤い雷は次第に消えていき、その場に立ち尽くすヴェルラウド。
「シラリネ王女……」
レウィシアはしゃがみ込み、そっとシラリネに手を差し伸べようとする。
「ええい、鬱陶しい!いつまでくだらぬ茶番を続けるつもりだ!」
女王が激昂の声をあげる。
「ヴェルラウド、シラリネの腕を斬り落とせ!」
「え!?」
「命令だ!私の腕も斬り落とされる事になるが、それでも構わぬ」
「お、お言葉ですがそこまでは……」
「フン、これくらいなど造作もない事は存じているであろう?」
女王はナイフを取り出し、左手の甲に深く突き刺した。同時にシラリネの左手の甲にも傷穴が開き、血が吹き出す。
「あああぁぁああ!!」
激痛のあまりシラリネが傷口を抑えながら叫ぶ。
「……貴様ぁ!!」
立ち上がったレウィシアは怒りの表情に満ちていた。女王は嘲笑うかのように、左手の甲の傷穴から流れる血を舌で舐め回している。
「まあいい。ヴェルラウドよ、まずはレウィシアの首を斬り落とせ。シラリネの腕はその後でいい」
女王の傍若無人さにヴェルラウドは半ば怒りを覚えつつも、レウィシアの方に視線を向ける。だが剣を持つ手は次第に力が抜けていき、剣を床に落として項垂れてしまう。
「俺は……どうすればいいんだ……俺は……」
レウィシアはヴェルラウドの様子を見て言葉を失ってしまう。
「ヴェルラウド。何を躊躇する必要がある?レウィシアを殺せ!くだらぬ情けに踊らされるな!」
女王が声を荒げる中、シラリネが突然立ち上がり、女王の方に視線を移す。
「……あなたが傷つけば私も傷つく。あなたに与えられたこの呪われた首飾りのせいでそうなってしまった。ならば……私が死んでしまえば……」
シラリネはクレマローズの兵士が使っていた剣を拾い上げ、剣先をそっと自分の左胸に近付ける。
「姫!何をするつもりだ!?」
「……ヴェルラウド、ごめんなさい。この国の為にも……これ以上あなたを苦しませない為にも……お母様……いえ、女王の姿をした悪魔と共に……!」
シラリネの行動に女王の表情が悪鬼のようなものに変化する。
「ま、まさか……貴様あああああッ!!」
シラリネは涙を溢れさせながらもヴェルラウドとレウィシアの方に顔を向け、そして再び女王の方に顔を向ける。次の瞬間、シラリネの左胸に刃が深く食い込まれる。
「……がっ……げぼっ」
刃は心臓を貫き、大量の血を吐いて倒れるシラリネ。同時に女王の左胸にも剣で貫かれた傷穴が生まれ、血を吐きながら叫び声をあげて倒れた。ヴェルラウドは瞬時に倒れたシラリネに駆け寄り、その体を抱き起こす。シラリネの体は僅かに体温が残っているものの、呼吸は既に止まっている。即死だった。
「な……なんて事……そんな……」
レウィシアは愕然とするばかりであった。
「……シラリネェェェエエエーーーーーーーーーーッ!!」
鮮血に塗れたシラリネの遺体を抱きながら、ヴェルラウドは悲嘆の声をあげていた。
「ヴェルラウド……」
レウィシアがヴェルラウドの傍まで近付こうとしたその時———
———おのれぇぇ……無能な娘如きが味な真似をををっ……!!
倒れた女王がゆっくりと起き上がると、女王の体が変化していく。髪は影のような黒い蛇に変化し、顔と四肢の部分も真っ黒に染まっていき、目は赤く光っている。その姿はもはや魔物であった。
「それが……それがお前の本当の姿なの!?」
本性を現した女王を前に、レウィシアは怒りと共に剣を構えた。
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