EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

第一章「太陽の王女」

太陽に選ばれし者

かつて地上は、冥と呼ばれる空間から生まれし邪神によって全てが冥府の闇に支配されていた。冥府の神の力で太陽が冥府の闇に食われ、光無き暗黒が支配するその世界は生ある全てのものが破壊と死で覆い尽くされ、冥神と呼ばれる邪神の手によって冥の世界へと変貌していった。だが、暗黒の中で幾つかの光が現れ、光は徐々に無限の闇を照らすようになる。数々の光は冥神に立ち向かい、戦いの中で冥神の封印に成功し、幾千年の時を経て冥府が支配していた地上は太陽の光を取り戻し、光溢れる大地が蘇った。冥神に挑み、封印した幾多の光は神に選ばれし者であり、己の力の全てを魂の結晶として封印し、地上から姿を消した。


地上には今、古の時代にて冥神に挑みし者達の力を受け継ぐ適合者が存在している。そしてその力は魔魂と呼ばれ、小さき化身に変えて世界の何処かに存在する適合者を探している———。


地上の神の一角であり、冥神に挑んだ者の一人でもある太陽の戦神と呼ばれし英雄の血を分けたカーネイリス一族によって建国された王国クレマローズ。ガウラ王とアレアス王妃、王女レウィシアとその弟の王子ネモア。英雄の血を引く者には生まれつき炎の魔力が備わっており、レウィシアとネモアの姉弟は国を守る騎士として生きるという使命を与えられていた。


「やああっ!」

城の地下に設けられた訓練所で、轟く金属音と共に飛んでいく一本の剣。レウィシアと兵士長のトリアスが剣による手合わせを行っていたのだ。王国の兵士では一番の剣の使い手といわれているトリアスと剣を交え、一瞬の隙を突いたレウィシアの剣の一撃で勝負がついたところであった。

「むう……まさかこの私ですら歯が立たぬ程の力を付けていたとは恐れ入りましたぞ」

脱帽した様子のトリアスを前にレウィシアは長い髪と共にマントを翻し、剣を鞘に納める。

「あら、本当にそうかしら?私が相手だからといって、密かに手加減していたとか言うんじゃないでしょうね?」

「いえいえ滅相も御座いません。手合わせには手加減はしないのが礼儀だと心得ております」

「ふっ、まあいいわ。今日の訓練はこれくらいにして、久しぶりに激辛料理を御馳走になろうかしら」

「姫様、まだお昼時だというのに激辛料理だなんて……」

「細かい事は気にしない!」

訓練を終え、嬉しそうな表情で訓練所を出るレウィシア。激辛料理が大好物のレウィシアは訓練と兵士を従えての魔物討伐、そして弟のネモアの稽古といった毎日を送る中、王国内に存在する激辛料理専門店で様々な激辛料理を味わうのが楽しみであった。城下町を歩いている途中、不意にすれ違った長身で頑強そうな体つきの男とぶつかってしまう。

「あ、ごめんなさい」

軽く頭を下げるレウィシアだが、男は無言でレウィシアを見つめ、そっと去っていった。

「無愛想な人ね」

去る男の背中を見つつ、レウィシアは再び足を動かし始めた。


謁見の間には、玉座に座るガウラ王とアレアス王妃、そして大臣のパジンがいる。パジンは日々急増した魔物についてガウラに報告していた。クレマローズの周辺では自然に生息している魔物が以前よりも凶暴化したり、見慣れない魔物の群れまでもが現れるようになっていたのだ。

「ふむ……つまり最近現れ始めた魔物どもは日が経つに連れて凶暴化している、という事か?」

「ええ。以前はこの地に生息していなかった見慣れない魔物の群れも現れるようになった今、何か只ならぬ事が起きようとしているのかもしれませぬ」

ガウラが表情を険しくさせる。

「パジン、直ちにトリアスに伝えよ。兵士達に王国の守りを固めるようにな」

「はっ!」

パジンは謁見の間を出る。

「魔物……何か妙な予感がしますわ」

アレアスが不安げな様子を見せる。

「まさか……魔物が急増した背後に何かが潜んでいるとでもいうのか……」

ガウラは眉を顰めるばかりであった。


その日の夜———寝間着姿に着替えたレウィシアの部屋をノックする音が聞こえてくる。ドアを開けると、ネモアが立っていた。

「ネモア。もう寝る時間よ……って、懐にいるのは何?」

ネモアの懐には、白い小動物のような生き物が潜んでいた。生き物の額には炎のような輝きを持つ宝石のような結晶が埋め込まれており、まるで何かを探っているかのように目を動かしている様子だ。

「これ……なんだかよくわからないけど、城の中庭にいたんだよ」

白い生き物は城の中庭に迷い込んでいたところをネモアが発見し、そのまま拾ってきたものだという。生き物は逃げようとせず、ずっと付いてくるばかりなのでレウィシアの元にやって来たのだ。

「見慣れない生き物だけど、見た目は可愛いし魔物ではなさそうね」

レウィシアがそっと生き物に触れると、生き物はネモアの懐から抜け出し、レウィシアの足元に縋りつく。

「あら、どうしたのかしら?いきなり私のところに来ちゃって」

レウィシアはしゃがみ込んでそっと生き物を掌に乗せようとすると、生き物はきゅーきゅーといった小さな鳴き声をあげ始める。

「姉さまのこと……好きなのかな」

ネモアは不思議そうに見つめている。

「うーん、困ったわね。この子がどんな動物なのかよくわからないし……」

戸惑いつつも、レウィシアは指で生き物の鼻先に触れる。

「姉さま……」

ネモアが声を掛けると、そっとレウィシアの手を握る。そんなネモアを見てレウィシアは思わず笑顔になり、そっとネモアの頭を撫でる。

「ネモア、明日はお姉さまと稽古だからしっかり寝なきゃダメよ」

「そうだね……でも、今日は姉さまと一緒に寝たいの」

ネモアが不安げな眼差しでレウィシアを見つめる。

「どうしたの?何かあった?」

「ううん……何だかよくわからないけど、姉さまと一緒に寝ないと落ち着かないんだ」

レウィシアはネモアの表情を見ていると、しょうがないわねと心の中で呟きつつも笑顔でネモアの頬を撫で、そっと抱きしめる。レウィシアに抱かれているネモアは優しい香りを感じながらも、表情が和やかになっていった。



翌日———。


「うおおおおおお!!」

トリアス率いるクレマローズの兵士団が魔物に挑む。連日に渡って王国の周辺に凶暴な魔物が暴れ回るようになり、厳重な警備体制と共に討伐を重ねていた。トリアスの剣によって襲い来る鋭い牙の魔物が鳴き声をあげながら倒れる。

「ひとまず片付いたようだな」

魔物の群れを撃退したトリアス達は一息付く。

「魔物達が以前にも増して凶暴化している。決して油断ならぬ状況だ。お前達は引き続き王国の守りを固めよ。私はひとまず城へ戻る」

「ハッ!」

トリアスは城へ向かって行った。城へと続く道を歩くトリアスの姿を建物の陰から見つめている者がいる。昨日レウィシアとすれ違った長身の男と小太りの男の二人組であった。

「アニキ、あの兵士長のヤローも相当の腕ですぜ」

「ああ。やはり正面から挑むのは危険でしかねぇな」

二人の男は何かを狙っているかのように城下町を警備している兵士達の目を伺いながらも、民間人であるかのように振る舞いつつ酒場へ向かって行った。



城の訓練所で、ネモアはレウィシアの稽古を受けていた。稽古の内容は騎士としての強さを身に付ける為、徹底した剣の腕や体術、防御の心得など様々なものであった。

「もっとよ!もっと打ちかかってきなさい!これが本気だなんて許さないわよ!」

レウィシアの叱咤で剣を構えるネモア。その顔は汗にまみれ、僅かに目を潤ませていた。

「やああああ!!」

ネモアが次々とレウィシアに打ちかかる。レウィシアは剣で受け止めるが、次々と繰り出されるネモアの攻撃に思わず両手で剣を構え、ネモアの持つ剣を弾き飛ばしてしまう。その勢いに尻餅をつくネモア。

「少しはやるようになったわね」

レウィシアは剣を収め、穏やかな笑顔を向けながら手を差し伸べる。ネモアはその手をそっと掴み、ゆっくりと立ち上がる。

「姉さまは本当に強いね……ぼくなんて」

「私だってたくさん稽古付けられて育ったからね。あなたも強くなってもらわなきゃ」

ネモアは少し物憂げな表情を浮かべていた。

「姉さま……」

「なあに?」

「ぼく達って、何のために強くならなきゃならないの?」

「何のためって……国を守る為よ。私達は王国や人々を守る騎士として生きる使命があるんだから。その為に強くならないと」

ネモアは服に付いた埃を払いながらもそっと剣を収める。

「姉さま……ぼく、何だか怖い」

「え、怖い?私が?」

「ううん……うまく言えないけど、何か怖いんだ」

「怖いって……どういう事?」

それ以上は言葉にできず、不安そうにしているネモアを見て戸惑うレウィシアは、そっとネモアを抱きしめる。

「……大丈夫よ。何かあったらお姉さまがついているわ」

レウィシアの胸に顔を埋めるネモアは、慣れ親しんだ姉の匂いと温もりを感じているうちに心が徐々に安らいでいった。レウィシアにとっても、最愛の弟の小さな体を抱きしめるのが一番の安らぎであった。その様子を陰でこっそりと覗いている者がいる。パジンだった。

「姫もなかなか侮れんな」

パジンは懐から茶色のフラスコを取り出し、フラスコの中に入った液体をじっと眺めていた。



夜も更け、城の人々が寝静まった頃———二人の男が城を徘徊していた。

「へっへっ、流石は大臣だ。城の奴らをうまいように寝かせるとはな」

長身の男が笑う。なんと、深夜の城内警備を任された兵士達が地面で寝そべっているのだ。

「しかしながら例のお宝はどこにあるんですかねぇ?」

「さあな。だが、この城のどこかにある事は確実らしいぜ。そいつが手に入ればたんまり金が入るからな」

二人の男はクレマローズ城に存在する宝を狙う盗賊で、パジンの手引きによって計画を進行しているところであった。警備の兵士達を眠らせたのもパジンが隠し持っていたフラスコの中の液体から発した睡眠ガスによるものだったのだ。

「ったく、宝はどこにあるんだよ」

城内を彷徨っているうちに、盗賊二人が一つの部屋を訪れる。ネモアの部屋だった。ベッドで眠るネモアの元に、パジンがいた。

「お、大臣のオッサ……」

「シーッ!静かにしろ馬鹿者。今から例のモノがある場所へ案内する」

パジンに連れられた二人は部屋を出て、城の地下へと通じる階段に向かう。男達が部屋から去ると、ネモアの傍に黒い影が現れる。黒い影は人の形になり、顔部分からは不気味な笑みを浮かべる口が現れた。


———ククク……見つけた。これに間違いあるまい……。


黒い影の口からは青紫色の霧のようなものが吐き出される。霧はネモアの体を覆うように広がり始め、徐々にネモアの体の中に入り込んでいった。



城の地下の奥には、鍵がかかった扉がある。二人の盗賊男が目的としている宝が収められている城の宝物庫であった。パジンが扉の鍵を開ける。宝物庫には多くの宝箱が置かれ、中心部には炎のように輝く石が置かれている台座が設けられていた。台座に置かれた石は、クレマローズ城の秘宝といわれる太陽の輝石であった。

「こ……これはすげえ!宝の山じゃねえか!」

「こりゃあ一攫千金も目じゃあねえぜアニキ!」

歓喜する二人。宝箱の中身には様々な武具や金が入っており、二人にとってはまさにお宝三昧であった。


———やはりここにあったか……。我が素材を見つけてくれた貴様達に感謝するぞ。


空間から黒い影が姿を現す。

「その声は……あんたか?」

黒い影から現れる口が上向きに歪み、歯を見せた。



その頃、レウィシアは突然目が覚めた。窓に広がる闇夜の景色。不意に何とも言えない胸騒ぎを感じて、寝間着姿のままそっと部屋を出るレウィシア。暗い廊下を歩いていると、警備を任された兵士が床で眠っているのを見つける。

「どうしてこんなところで……えっ!?」

周囲を見渡すと、同じように床で寝ている兵士二人の姿も発見する。思わず叩き起こそうとするレウィシアだが、兵士は目が覚めない。

「一体何が……ネモア!」

ネモアの部屋に向かうレウィシア。ベッドには何事もなかったように静かに眠っているネモアの姿。異常らしきものが見当たらない上、魘されているわけでもないので起こすのも悪いと思い、レウィシアはそっと部屋を出た。静まり返った城内を見回っているうちに、地下の方で何か音がしたのを聞き取った。音に釣られ、地下へ続く階段を下りて行くレウィシア。辿り着いた先は、城の宝物庫であった。

「大臣!?お前達は……!?」

宝物庫の中に見知らぬ男二人とパジンがいるのを見て驚くレウィシア。

「むむっ……姫さ……いや、姫!」

パジンは思わず言葉を詰まらせる。

「ほほう、どこかで見た顔だと思ったらこの国のお姫さんだったのか?昨日俺にぶつかったよな」

その言葉を聞いたレウィシアは昨日の出来事を思い浮かべる。

「あの時の……!あなたは賊だったのね!」

身構えるレウィシアだが、寝間着姿の丸腰状態で来てしまったが故に素手で応戦する以外になかった。果敢に立ち向かうレウィシアの拳を避けた長身の男は回し蹴りを繰り出す。

「ぐっ!!」

長身の男の回し蹴りがレウィシアの後頭部に決まる。

「姫よ、少し大人しくしていただきましょう」

昏倒して気を失ったレウィシアを前に呟くパジン。二人の盗賊は宝物庫の宝箱の中身と目的の品となる台座の石を手に、パジンと共にその場から去って行った。意識を失っているレウィシアの前に黒い影が出現する。


———クレマローズ王女レウィシア・カーネイリス……弟のネモア王子とは違い、大いなる炎の輝きを感じる。場合によっては素材になり得るかもしれぬな……ククク……。


不気味に笑う黒い影は蒸発するように消えていった。



夜が明ける。城内に忍び込んだ盗賊二人組に太陽の輝石を始めとする宝物庫の宝を奪われ、更にその二人組にパジンが関わっているという知らせは瞬く間に広がっていった。

「おのれ大臣め……何故に謀反を起こしたというのだ!」

怒りに震えるあまり拳を震わせるトリアス。城の兵士達は宝を盗んだ盗賊達の行方を追うべく、それぞれ動き始める。レウィシアもそれに続こうとするが、ひとまずネモアに声を掛けるべくネモアのいる部屋へ向かおうとするが、一人の侍女が慌てた様子でレウィシアの元へやって来る。

「姫様!大変です!ネモア様の様子が……!」

「どうしたの!?」

「ネモア様が……原因不明の高熱で激しく苦しんでおられるのです!」

「何ですって!?」

レウィシアはすぐさまネモアの部屋へ駆けつけた。部屋に入ると、ベッドで激しく魘されているネモアの姿があった。ベッドの傍には王国の医師がいる。

「ネモア!」

レウィシアがネモアの顔を覗き込む。顔色は血色が失せており、大量の汗を掻いて呼吸を荒くしていた。

「一体何が……?ネモアは……ネモアは大丈夫なの!?」

掴みかかるように医師に問い詰めるレウィシア。

「残念ながら……原因が解明されるまではまだ何とも言えません。発熱の原因がわからないままでは……」

ネモアの発熱の原因は医師ですら解明出来ない症状によるものであるという。体温は50℃をも越えており、かなり危険な状態であった。

「……ねえ……さ……ま……」

息も絶え絶えでネモアが声を出し始める。

「ネモア!喋っちゃダメよ!」

レウィシアはネモアの手を握る。ネモアの手から伝わる高熱による体温。レウィシアはネモアの回復を祈りながらも両手でネモアの手を握りしめた。その時、不意に外から轟音が響き渡る。思わず窓の外を見るレウィシアは愕然とする。レウィシアが見たものは、逃げ惑う人々と魔物と戦っている兵士の姿であった。



「くっ、これは一体どういう事だ!」

城下町には大勢の魔物が入り込んでいた。凶暴な魔物達が次々と城下町に攻め込む中、トリアス率いる兵士達は総動員で応戦する。人々の安否に気を配りながらも、剣を手に魔物を撃退していく。だが、魔物はまだ襲ってくる。鋭い牙を持つ魔獣が襲い掛かろうとしたその時、飛んできた一本の兵士の剣が魔獣の身体に突き刺さる。剣を投げたのは、レウィシアであった。

「姫様!」

「危なかったわね。何故町の中に魔物が?」

「我々にも解りかねます。とにかく、王国を守らねば!」

「ええ、油断するんじゃないわよ」

身体に剣が突き刺さったまま襲い来る魔獣。レウィシアは腰の剣を抜き、魔獣に斬りかかる。魔獣の爪の攻撃を盾で防ぎ、次々と剣で攻撃を加えていくレウィシア。牙がレウィシアの肩を捉えようとした時、トリアスが背後から剣を魔獣の身体に突き刺していく。魔獣が怯んだ隙にレウィシアが剣を振り下ろし、魔獣の身体を深々と切り裂いた。この後次々と襲ってくる魔物の群れ。レウィシアはトリアスと共に魔物を打ち倒していく。全ての魔物が倒されたと思われたその時、三人の男が姿を現す。パジンと盗賊二人組であった。

「大臣!」

「流石ですなトリアス兵士長。それに姫。あなた様もこれ程までに力を付けていたとは」

「貴様、どういうつもりだ!この魔物どもを放ったのはまさか貴様の仕業だというのか!?」

パジンは口元を歪め、薄ら笑みを浮かべている。

「はっはっはっ、その通り。ワシはある者との契約によってこの国を支配できるチャンスを手に入れた。今ここにいるこやつらもワシの良き協力者だ。今からワシは貴様らを始末してこの国を頂く。悪いが貴様らにはここで消えてもらうよ」

「許さない……私利私欲の為に謀反を働くなんて!」

レウィシアが構えると、二人の盗賊が立ちはだかる。

「へっ、姫さんよ。聞いたところ、あんた相当腕が立つそうだな。俺の名はガルドフ。ただの盗賊だと思ったら痛い目に遭うぜ」

「俺はムアル。あるお方に頼まれてな。あんたと戦うようによ」

二人の盗賊———ガルドフとムアルがそれぞれ二本の短剣を取り出す。

「トリアス、ここは私に任せて。あなたは城の守りを!」

「え!?ですが……」

「今ネモアが病気で苦しんでいるのよ!だから城の中にまで攻め込ませないよう、守りを固めるのよ!」

「なんと、ネモア王子が!?解りました。姫様、どうかご無事で!」

トリアスが城へ向かって行く。

「馬鹿めが。いずれにせよ我々によって始末される運命に変わりない。ガルドフ、ムアル!やってしまえ!」

ガルドフとムアルが同時に襲い掛かる。レウィシアは二人の同時攻撃を避け、高く飛び上がる。ムアルがレウィシアに向けて短剣を投げつける。短剣はレウィシアのマントを掠め、頬に傷を刻む。背後からガルドフの攻撃が迫るものの、レウィシアは機敏な動きで回避し、蹴りの一撃をガルドフの鳩尾に叩き込む。飛び掛かるムアルの短剣を剣で弾き飛ばし、即座に峰打ちを食らわせる。

「へっへっ、やるな」

ガルドフが立ち上がると、ニヤリと笑う。

「だが姫さんよ、あんたは剣で直接斬りつけようとしねぇよな?俺達みたいな悪党相手でも人間だから斬る事は出来ないってわけか?」

レウィシアは無言で頬の傷から流れる血を軽く拭い、ガルドフを見据える。

「クックックッ、そんなあんたに敬意を表して、いいものを見せてやるぜ。とっておきのいいものをな」

「アニキ、あれをやるんですかい?」

「おうよ。丁度いい相手だ」

ムアルが懐から一つの石を取り出し、ガルドフに投げ渡す。石は茶色の輝きを放つ宝石のような形をしている。

「へっへっ、驚くなよ。これからが本番だぜ」

ガルドフが石を頭上に放り投げると、石は光を放ち、まるで吸い込まれるようにガルドフの身体に入っていく。すると、ガルドフの全身からオーラが発生し、土と岩石の塊がガルドフの身体を覆い始めた。

「こ、これは……!?」

レウィシアが見たものは、全身が土と岩石に覆われた姿のガルドフだった。

「ほ、ほほう……なるほど、それがお前の本気の姿か!」

戦いを見物していたパジンが驚きの声をあげる。

「さあ、戦いはこれからだぜ」

ガルドフの周囲に無数の拳大の岩石が浮き上がる。レウィシアが守り態勢に入った瞬間、岩石が一斉に襲い掛かる。弾丸のように飛んでくる無数の岩石を剣や盾でガードするものの、うまく身動きが取れないまま足に岩石が当たり、一瞬バランスを崩してガードが解けた瞬間、レウィシアの身体に次々と岩石が叩き込まれていく。

「あああああっ!!」

岩石の猛攻を受けたレウィシアは倒され、立ち上がろうとした時、腹に柱の形状の岩石が叩き込まれる。

「げほぁっ……!!」

衝撃でこみ上がった胃液を吐き出すレウィシア。腹を抑えて咳込んでいるところに容赦なく飛んでくる巨大な岩石を避ける事が出来ずそのまま直撃すると、血を吹きながら顎を仰け反らせ、数メートルに渡って地を引きずる形で吹っ飛ばされた。

「ぐっ……がはっ!はぁっ……」

レウィシアは地面に転がった剣を手に体を起こす。口から流れている血を手で拭い、空中に浮かび上がる無数の岩石に囲まれたガルドフに視線を向けた。

「どうだ、流石の姫さんでもこれには手も足も出ないようだな?」

ガルドフが軽くホイッスルを吹くと、空中に浮かぶ岩石が激しく回転する形で動き回る。

「あなたの……その力は一体何なの?何故そのような力を……」

レウィシアが問う。

「クックックッ、こいつはな……ちょっと前に黒い何かから頂いた古の魔導師の力なんだよ。『魔魂』と呼ばれるものらしいんだがな」



魔魂———それは、神に選ばれた冥神に挑みし者達が己の力を結晶へと変えたもの。荒くれ者が住む街で育ち、ならず者の盗賊として生活していたガルドフは、魔魂の一つとなる地の魔魂の適合者でもあった。

数ヵ月前、街を飛び出して各地で盗みを働いた末にある王国で捕えられ、地下牢獄の中に佇んでいるガルドフの元に謎の黒い影が現れた。黒い影は語り掛ける。


———どうやらお前に間違いないようだ。お前はこいつの適合者。我が手で少し作り替えたものだが、お前ならば使いこなせるだろう。この力を。


黒い影の前に現れたのは、額に宝石のような結晶が埋め込まれた赤い目の土竜のような姿をした小さな生き物。だが、生き物は徐々に萎んでいくように姿が小さくなり、結晶体となって残る。


———これはかつて冥神に挑んだ古の魔導師の力が封印された『魔魂』と呼ばれるもの。この牢獄を出る事を望むならば、お前にこの力をくれてやろう。我が計画に協力するという条件付きだがな。


牢から出る術がなかったガルドフは黒い影の言うがままに魔魂を受け取り、地の魔力を呼び起こす事に成功し、牢から脱出した。黒い影の計画とは、素材となるものを見つけてくるというものであった。ガルドフは同じ街で共に生きてきたならず者であり、子分でもあるムアルと共に、黒い影が必要としている素材を求めて世界を流離い、己の私利私欲のままに国を支配しようと目論んでいるパジンを巧みに利用しつつ、素材の一つとなるクレマローズの太陽の輝石を狙ったのだ。



「何故なの……何故その力を正しい事に使わないの!?」

「正しい事?バカが。俺にとっては正しい事なんだよ。あの時魔魂を受け取らなかったら俺は確実に牢で朽ちていた。あの黒いヤローが何者なのかは俺にもよくわからねぇが、この力さえあれば思う存分好きな事が出来るってわけよ」

ガルドフの周囲を取り囲む岩石の動きが止まる。

「さーて、そろそろ終わりにしてやろうか?」

無数の岩石が螺旋を描くように回転しながらもレウィシアに向かって行く。

「がはああっ!!」

岩石の攻撃を受け、鎧を砕かれたレウィシアは壁に叩き付けられ、バタリと倒れ伏す。

(まだ……倒れるわけにはいかない。負けるわけには……いかないのよ!)

立ち上がろうとするレウィシアだが、顔を上げると無数の岩石に囲まれたガルドフの姿。このまま立ち上がったとしても岩石の餌食になるのが見えている。一体どうすれば———そう思った時、何かがレウィシアの元にやって来る。現れたのは、ネモアによって拾われた小さな白い生き物だった。白い生き物はレウィシアの姿をじっと見つめると、きゅーきゅーと鳴き声をあげる。その瞬間、レウィシアの頭に語り掛けるような声が聞こえてきた。



我が力を受け継ぎし者よ……今こそ己の力を目覚めさせる時。レウィシア・カーネイリスよ。そなたは魔魂に封印せし我が力の適合者であり、そして太陽に選ばれし者。太陽の目覚めとなりて立ち上がれ———!



白い生き物の姿が透けていき、吸い込まれるようにレウィシアの身体に入り込んでいくと、レウィシアは全身が熱くなるのを感じた。

(何、この感覚……身体が熱い……力が……力が沸き上がっていく……!)

レウィシアの全身から炎のように揺らめくオーラが発生する。全身に漲る力の感覚。剣を手にゆっくりと立ち上がり、構えを取るレウィシア。

「な、何だこれはぁ!?」

驚きの表情になるガルドフ。レウィシアは鋭い目を向け、ガルドフに斬りかかる。剣の一撃は炎を纏った斬撃となり、岩石に覆われたガルドフの右腕を斬りつける。

「ぐおおおおお!!」

ガルドフの叫び声。斬りつけられた右腕は燃えていた。更にレウィシアが懐に飛び込み、炎を纏った剣による連続攻撃を繰り出す。

「うぐおおおああああ!!!こ、こんな……はずがあああああ!!!」

全身が炎に包まれたガルドフは火傷にもがき苦しみ、身体の炎を消し止めるとガクリと膝をついた。

「ア、アニキィ!!」

ムアルが駆け寄ろうとする。

「来るんじゃねえ!おい姫。その力、今わかったぞ。俺が使ってるものと同じ魔魂だな?」

レウィシアは悟りきった表情で剣を構えている。ゆっくりと立ち上がったガルドフは周囲に無数の岩石を浮かばせた。

「負けない。私は絶対に負けない」

剣を手にレウィシアが突撃する。周囲の岩石を放つガルドフ。だがレウィシアは飛んでくる岩石を剣で斬り、盾を構える。すると盾が炎に包まれ、振りかぶって投げつけた。盾は炎を纏った円盤となって旋回し、ガルドフに直撃する。

「はああああッ!火迅閃———!!」

炎に包まれたレウィシアの剣先からの鋭い一撃が連続で決まり、ガルドフは火達磨になりながら叫び声をあげ、倒れた。

「ア、アニキが……アニキが負けちまった……!?」

勝敗が決まったと悟ったムアルが呆然となる。

「うぐぐ……ち、ちくしょう……」

倒れたガルドフの前にレウィシアが見下ろすように立ちはだかる。ガルドフは身体を動かそうとするが、決定打を受けた事によってもはや動く力すら残されていなかった。

「……へっ、どうやらこの勝負は俺の負けのようだな。トドメを刺すならさっさとやりな」

レウィシアはそれに応えるかのように剣を高く掲げると、そっと鞘に収めた。

「いかにあなたが悪党でも、トドメは刺さないわ。無慈悲に人の命を奪う事はしない」

レウィシアの身体を包んでいた炎のオーラが消えていく。

「く……クックックッ、とんだ甘ちゃんだな。俺は生きてる限り、決して反省はしねぇぜ。それでもトドメを刺さないってわけか?」

レウィシアは無言で倒れたガルドフの姿を見据えていた。

「姫様ーー!!」

声と共にやって来たのはトリアスと数人の兵士だった。

「トリアス!」

「姫様、その手傷は……大丈夫ですか!?」

「ええ。城の方は大丈夫なの?」

「はい、姫様の仰る通り城にも魔物が攻め込んで来ましたが、我々の手で全て退けました」

トリアスは部下の兵士達と共に、城にも攻め込んできた魔物を打ち倒したばかりであった。

「ところで大臣は……」

陰で戦いを傍観していたパジンの姿を確認するトリアス。

「お、おのれ……ムアル!あ、後は任せたぞ!」

逃げようとするパジンだが、トリアスは即座に足元の石を投げつけ、パジンの後頭部に命中させる。あっけなく気を失ったパジンを連行していく兵士達。

「こ、こうなったら刺し違えてでもこの俺が……!」

ムアルが性懲りもなく短剣を手にレウィシア達に挑もうとする。だがその時、周囲に砂煙と共に強風が発生する。何事かと思ったその時、空中から黒い球体が出現する。

「な、何あれ……?」

球体の中心部から巨大な口が浮かび上がり、二枚の長い舌が飛び出しては倒れたガルドフとムアルを捕える。

「ひぃああああ!?な、何だこりゃああああああ!?ア、アニキィィーーーー!!!」

捕えられた二人はそのまま黒い球体の口に飲み込まれていった。続けて球体から二つの目玉が浮かび上がる。


———レウィシア・カーネリアス……やはり炎の魔魂の適合者だったか。ククク……地の魔魂を得たガルドフを倒すとはますます面白い。この太陽の輝石と合わせ、クレマローズ王家の者ももしかすると……クックックッ……。


黒い球体は口元を上向きに歪めると、蒸発するように消えていった。

「い、今のは一体……?」

トリアスは周囲を確認するが、街中に魔物の気配はなく、既に邪気は消えていた。

「姫様……!」

「あの二人を捕えた黒い球体……とてつもなく禍々しい邪気を感じたわ。魔物かどうかわからないけど、ただの魔物じゃないような恐ろしく邪悪な……そんな感じがしたの」

レウィシアは突然現れた黒い球体から得も言われぬ恐怖を感じ取り、ただ立ち尽くしていた。

「はっ!それよりネモアは!?ネモアは無事なの!?」

ふとネモアの様子が気にかかり、胸騒ぎを覚えたレウィシアは城へ向かって行った。



禍々しい邪気に覆われた空間———そこは無限に広がる印象を受ける亜空間と呼ばれるような空間だった。黒い球体に飲み込まれたガルドフとムアルは亜空間に放り出されていた。

「無様なものよな」

二人の前に一人の男が姿を現す。それは道化師を思わせる姿で、小柄な体躯を持つ不気味な男であった。

「誰だお前!?」

「貴様達の協力者だよ」

道化師の男は左手から一つの石を出現させる。その石は、太陽の輝石であった。

「あ、あんたが……あの黒い影だというのか?」

「そうだ。正確にはオレの分身ともいうがな。そしてここはオレの世界となる場所だ」

ムアルは目の前にいる道化師の男によって禍々しい邪気だけが広がる空間に閉じ込められたという事実を前に、ただ呆然とするばかりだった。傍らで倒れているガルドフは既に意識を失っている。

「俺達をこんなところに連れ込んだのもあんたってわけか?一体何をしようってんだ!?」

道化師はそっとムアルに向けて掌を差し出す。

「……お前はもう必要ない。無用者はここで消えてもらおう」

道化師の手からは禍々しい闇のオーラが燃え上がり、次の瞬間、ムアルの頭部に無数の黒い槍が襲い掛かる。

「ぎゃああああああ!!!」

黒い槍に突き刺されたその時、闇の力による爆発を起こし、ムアルの肉体は跡形もなく消し飛ばされてしまった。

「ガルドフ……この男は地の魔魂の適合者……場合によっては素材として利用出来るかもしれぬ。ひとまず保存しておくか」

道化師の手から一つの玉が出現する。玉から闇の瘴気が発生すると、ガルドフの身体が徐々に玉に吸い込まれていった。道化師は掌にある玉を舌でペロリと舐め、歪んだ笑みを浮かべていた。



レウィシアがネモアの部屋に来た頃、ネモアはベッドの上で静かに眠っていた。だがその顔は血色が失せており、傍らにいる医師は暗い表情をしていた。レウィシアはそっとネモアの額に触れる。額からは体温が感じられず、冷え切っているような感触だった。

「ネモア……ネモア!」

思わず呼び掛けるレウィシアだが、ネモアはその声に応えようとしない。そこで医師が重々しい様子で口を開く。

「……王女様。誠に申し上げにくいのですが……どうか落ち着いて聞いて下さい。王子様は……ネモア王子様は……もう……」

医師の言葉を聞いたレウィシアは愕然とし、その場に立ち尽くす。ネモアの命は病によって尽きていたのだ。

「……嘘よ……こんな……事……いやあああああああああああ!!」

膝をつき、頭を抱えながら悲痛な叫び声をあげるレウィシア。

「ネモア!ネモア!ネモアあああああああ!!いやあああああああああああああ!!」

冷たくなっていた最愛の弟を前に泣き叫ぶレウィシア。嗚咽と共に止まらない涙が幼い顔を濡らしていった。集まっていく城の人々。謎の病によって亡くなった幼い王子の姿をずっと見届ける城の人々。王子の死による悲しみは王国中に広がっていった。


クレマローズ王国の教会にて行われたネモアの葬儀———王国の人々が参列し、神父を始めとする教会の者達による弔いの儀式が行われる。ネモアの遺体が収められた棺の前に、一人の少年がやって来る。少年は聖職者であり、手には聖職者の紋章が浮かび上がる玉が握られていた。

「神よ……死した王子の魂を清らかなる光の加護と共に天への導きを……」

少年が念じると、祈りを捧げてそっと去って行く。葬儀の後、棺は城の中庭に広がる花畑に土葬され、そこに墓標となる石碑が建てられた。



十年前、レウィシアの弟となるネモアが生まれた。生まれたばかりの新しい命であり、自分の弟である赤子をその胸に抱いた時、レウィシアは今までにない感情を抱くようになった。元々年下の子供の相手をするのが好きだった事もあり、自分に弟が出来た事は何よりも嬉しかったと同時に、神から授かった守るべき新しい命であり、共に生きる新しい命であるという事を感じていた。そして思う。この子は私と共に生きる命。だから、この子は私がずっと守ってあげたい。ネモアと名付けられた弟を、誰よりも愛したい、と。先祖代々騎士として王国を守る王家の使命で、物心ついた頃から鍛えられていたレウィシアと同様、ネモアも姉であるレウィシアの厳しい稽古によって騎士として鍛えられていた。だが、レウィシアは時々母親のように接する面もあった。城の中庭で遊んだり、絵本を読んであげたり。時には厳しく、時には優しい姉を、ネモアは誰よりも慕っていた。



数日後———レウィシアはネモアの墓である石碑の前にいた。

「ネモア……あの時にプレゼントとして貰ったこれ、凄く嬉しかったよ」

レウィシアの手に握られているのは、シロツメクサで作られた花冠だった。一年前のレウィシアの誕生日に、ネモアが城の中庭に咲いていたシロツメクサを摘んで、花冠を作ってレウィシアにプレゼントしたものであった。

「もっと抱きしめてあげたかったのに……どうして……私と共に生きられなかったの……」

花冠を石碑に供えると、レウィシアの目から涙が溢れる。そこに、トリアスがやって来る。

「姫様、王子様のお参り中のところ誠に申し訳ありませんが、国王陛下がお呼びです」

トリアスが伝えると、レウィシアは振り返らず後で行くわと返事した。トリアスは石碑に黙祷を捧げ、そっとその場を去る。レウィシアは涙を指で拭い、黙祷を捧げると、マントと髪を翻して歩き始めた。



「して、大臣が関わっていた黒い影とやらの仕業だという事か?」

謁見の間では、一人の兵士がガウラ王に報告しているところであった。トリアスを始めとする数人の兵士が城の地下牢に投獄されたパジンから洗い浚い取り調べた結果、王国を我が物にしたいという私利私欲に酔いしれていたところを突如現れた謎の黒い影に唆されて魔物を使役する力を与えられ、王家を亡き者にして王国を支配しようとした事、城の秘宝である太陽の輝石を黒い影に献上した事、ネモアを襲った病には黒い影が関係している可能性があるという事を聞かされていたのだ。そこにレウィシアがやって来る。

「レウィシアよ。トリアスから聞いたところ、お前も黒い影に遭遇したようだな」

「はいお父様。私と交戦したならず者の男達に魔魂と呼ばれる力を与えた存在であり、恐ろしく邪悪な力を放っていたものでした」

「魔魂……だと?」

「それに……」

言い終わらないうちに、白い生き物がレウィシアの懐から顔を出し始める。

「えっ!?いつの間に……?」

「むっ、それは何だ?」

白い生き物はきゅーきゅーと鳴き声をあげ、飛び出した。

「この子は……ネモアによって拾われた生き物です。でも、ただの生き物ではないようです」

レウィシアはガルドフとの戦いの最中に起きた出来事を全て話すと、ガウラ王はじっと白い生き物の姿を見つめる。

「そいつは……魔魂の化身か」

「魔魂の……化身?」

「この地上には今、古の魔導師の力である魔魂の適合者たる者が存在している。魔魂は小さき化身に姿を変えて適合者を求めていると伝えられているのだ。我々クレマローズ王家の一族には英雄の血筋故、生まれつき炎の魔力が備わっている。レウィシア、お前は紛れもなく炎の魔魂の適合者に選ばれたのだ」

「魔魂の適合者……」

レウィシアは自分の中に眠る大きな力の存在と、古の力に選ばれた存在だという運命の重さに何とも言えない不安を感じていた。そこに一人の兵士が慌てた様子でやって来る。

「王様!大変です!北の地で得体の知れない黒い影を見たという者がいたそうです!」

「何だと!?兵士達よ、今すぐ北の地へ向かえ!何があるかわからぬ以上、決して油断するな!」

「はっ!」

トリアス率いる兵士達は北の地へ向かうべく謁見の間から出る。

「ならば私も!」

「いや、お前は行かなくていい。レウィシアよ」

「え!?」

「お前は……暫くネモアの傍にいてやれ」

温かい眼差しを向けたガウラ王の言葉に、レウィシアは思わず心を動かされた。



北の地に現れた黒い影の内部———無限に広がる亜空間では、道化師と槍を手にした一人の戦士が対峙していた。不敵に笑う道化師に挑む戦士。だが、道化師は戦士の攻撃を難なく避け、闇の魔力が凝縮された光弾を放つ。光弾の位置が戦士の近くに達すると、大爆発を起こした。

「ぐああああああ!!」

爆発に吹き飛ばされ、鎧を砕かれた戦士はバタリと倒れる。

「無駄な事よ。どう足掻いても貴様はこのオレに勝てまい」

道化師は残忍な笑みを浮かべ、戦士の頭部を足蹴にする。

「だが……貴様からは感じる。素材の匂いを」

道化師の手からは額に氷を思わせる宝石が埋め込まれた小さな海豹のような生き物が出現する。氷の魔魂の化身であった。

「こいつを貴様にくれてやろう。貴様には強い氷の魔力が秘められている。大切に使ってくれよ、戦士バランガ」

バランガと呼ばれた戦士は、氷の魔魂の適合者であった。氷の魔魂の化身がバランガの中に入り込むと、バランガの身体から凍てつくオーラが発生した。

「ククク……フハハハハ!また新たなる素材が出来てしまった。貴様も我が計画に協力してくれる事を期待しているよ」

オーラを放ちつつも蹲ったまま動かないバランガを見下ろしながら、道化師は高笑いしていた。

「おっと。騒がしいザコどものお出ましか?まあいい、直々に相手してやるか」

道化師は空を切るように腕を振ると、空間が切り裂かれ、外の世界の景色が映る出口が開かれた。



その日の夜———レウィシアは自室で炎の魔魂の化身となる白い生き物と佇んでいた。

「……ねえ、あなたって名前はないの?」

レウィシアが問いかけると、生き物はきゅーきゅーと鳴くだけだった。

「名前がないと何だか不便だから……ソルって名付けようかしら?今日からあなたの名前はソルよ!」

ソル、と名付けられた生き物は嬉しそうに鳴き始めた。

「あら、もしかして気に入ってくれた?ふふ、よかった」

レウィシアは指でそっとソルの体毛に触れ始めた。

深夜となり、ふと目が覚めたレウィシアは静まり返った城の中を歩き、ネモアの墓が立つ中庭へ向かった。

「ネモア……」

ネモアの墓の前に立つと、そよ風が吹き、長い髪が揺れる。レウィシアは供えられた思い出の花冠をじっと眺めていた。


……私、もっと強くなる。ネモアの分まで精一杯生きて、全てのものを守る為にも、強くなってみせる。たとえどんな敵が目の前に立ちはだかっても、絶対に負けない。誰よりも、強くなってみせる。


様々な想いと決意を固めたレウィシアはうっすらと涙を浮かべ、揺れる長い髪を靡かせながらその場を去った。



クレマローズの兵士達を打ち倒し、瀕死の重傷を負い、撤退を試みたトリアスと数人の兵士を嘲笑いながら再び亜空間に戻った道化師は手に持つ太陽の輝石を見つめ、ペロリと舌なめずりをする。


———計画にはまだまだ素材がいる。器となるもの、封印を解くカギとなるもの、そして、力となるもの……。全ての素材が揃った時、我がエクリプス計画は開始される。太陽を冥府の闇で喰らい、全てを破壊と死で覆い尽くすエクリプス・モースの再来はそう遠くはないかもしれぬ。器となるものは……クックックッ……まだまだ育てる必要がありそうだな。


太陽の輝石は炎の輝きを失い、徐々に黒光りする闇の炎の色に染まっていた。それはまるで日食を象徴しているかのようだった。



二年後———


「いい?気を引き締めていくわよ」

「ハッ!」

トリアスを含む数人の兵士達を指揮し、城門を出るレウィシア。それぞれが馬に乗り、かの地へ旅立って行く。世界には今、大いなる陰謀を企てる巨大な闇が潜んでいる。そして世界の何処かで、巨大な闇が蠢いている。地上の太陽と異界の闇の戦いが今、始まろうとしている———。

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