第4話 一輪の花

「ありがとうございましたー!」


 俺たちは演奏を終え、ほぼ感覚は残っていなかった。自分が生きているのかどうかさえ分からないような状況で、脳みそはからっぽになっているのに頭がパンクしそうだった。

 俺たちはスタッフさんに促されて控え室に戻った。


「おつかれさん。ほら、スタッフさんの用意してくれたタオル、このイベントの参加賞だって。他にもいろいろもらってるから、あとで親御さんに持って帰ってもら……空?」


「海音くん……私は…………ちゃんと咲けたかな」


 彼女は涙を流しながら、震えた声で下を向いていた。


「うん、咲いてたよ。真っ白な花。俺はそれにたかっている虫みたいだったけど、それでもその一輪の花はきっとみんなの目にもきれいに映っていたと思うよ」


「ほんとに……?」


 彼女は無理やりぬぐって前を向いた。その顔は達成感やら怯えやら様々な感情でぐちゃぐちゃだった。


「ほんとだっ……」


「そうそうほんとにね。まさか私たちの約束を破ってこんなもの作っていたとはね」


 後ろの扉が開いた。


「由美ちゃん……」


「すごいよ本当に。尊敬しちゃった」


 花田由美は目を赤くして言った。


「ほら、こいつも泣いてるし」


 ほらよっ、とその後ろにいる人影を引っ張り出してきた。


「倉田くん……」


「すごかったよ。こんな言葉しか出ないけど、僕の心にも刺さった。こんなに泣いたのは久しぶりじゃないかな」


 まだほほを濡らしながら倉田旭は拍手をした。


「二人とも……ありがとう」


 空の顔は笑顔になっていた。


「さ、表彰式だ。胸張っていくぞ!」


「おおー!」


 空のほかの二人がこぶしを突き上げた。


「って、お前らは関係ないだろ。さっさと観客席にすっこんでろ!」


 そう言って、四人で笑った。


***


「では、本日のメモリアル賞は……」


 ドラムロールがなる。賞はグランプリのほかに全出演者に対して何らかの賞が贈られる。


「矢島空さん、と喜多海音さん!」


 俺たちはメモリアル賞――最も記憶に残るで賞――だった。前に出て賞状と花束を受け取り、客席に向かって一礼する。そして戻ろうとしたところを、新たな賞状を手にした市長が呼び止めた。


「そして、栄えあるグランプリは……」


 ドラムロールは鳴らない。代わりに割れんばかりの拍手が鳴る。隣を見ると、彼女は驚きの顔でこちらを見ていた。そしてすぐに俺に抱き着いてきた。俺はそれをさらに抱き寄せる。小説の新人賞なんかより、二人で取ったこの賞の方がうれしかった。その感謝と喜びと感動が、俺を熱くさせた。


「おめでとう。本当に私は感動したよ。しばらく引っ張りだこだろうから、また落ち着いたときに聞かせておくれ」


 俺たちは二人で花束を受けとった。珍しい黄色のバラなどが色とりどりにそこにあった。


「それではこれで本イベントは終了となります。みなさんお気を付けてお帰り下さい!」



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