第12話釣りをやってみました

「あらお客様、もうお帰りですか?」


 荷物をまとめた俺は、カウンターにいた女将に帰る旨を伝えた。

 食堂の騒ぎはすぐに収まったようだが、朝飯も食べたし宿でゴロゴロするのも勿体無い。

 折角の雪国を十分に堪能したいからな。

 というわけでチェックアウトである。


「えぇ、お世話になりました。また機会があれば利用させていただきます」

「是非ともよろしくお願いします。ではまたのお越しを」


 深々と頭を下げ、俺を見送る女将。

 いい宿だったな。また来よう。

 俺は馬舎へ行き、ヘルメスに跨った。


 道を走っているとそこかしこで雪かきをしている。

 みんな屋根に登り、雪を運んでいる馬車に雪を入れている。

 こりゃ大変そうだな。

 毎日やる根性はとてもない。

 雪国の人は全身鍛えられそうだな。


「にゃあユキタカ、これからどこへ向かってるにゃ?」

「ふふふ、実は行きたいところがあるんだよ」


 クロにそう返して俺は川上に向けてヘルメスを走らせる。

 川を上って行くにつれ、木々が増え建物が少なくなってきた。


「……ここかな?」


 目当ての場所に辿り着いた俺は、ヘルメスを停める。

 看板には釣り人と魚の絵が描かれていた。


「お魚にゃ!」


 クロはそれを見て、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねる。


「釣り堀だ」


 そう、ここは釣り堀。

 先日宿を選んでいる途中に看板を見つけ、後で絶対行こうと思っていたのだ。

 ちなみに釣り堀とは、掘の中に魚に放していけすを作り、そこで客から金を取って好きなように釣ってもらうというものだ。

 店にもよるが釣った魚は買い取れたり、すぐに堀へ戻したりと様々である。


 こんなところに来ておいてなんだが、別に俺は釣りが好きってわけじゃない。

 道具を集めて釣り場を探して……っていうのは面倒だし、魚の習性に詳しいわけでもない。

 見よう見まねでやった事はあるが、全く釣れず全然面白くなかったからな。

 だが釣り堀のように完全にお膳立てしてくれているのなら話は別だ。

 釣り糸を垂らすだけでさくっと釣れるので、結構楽しいのである。

 元居た世界では暇な時は釣り堀で遊んでいたものだ。


「こんにちは」


 小屋の中に入ると、カウンターには店主らしきおじさんが座っていた。


「釣りをしたいのですが」

「お客さんかい? 道具は貸すから適当に釣ってくんな。魚は持ち帰り自由、値段は銀貨十二枚だ」


 金貨一枚が銀貨百枚くらいの価値である。

 宿一泊の一割以下と考えれば、そこまで高くもないだろう。


「わかりました」


 そう言って金を支払う。


「毎度。釣竿にこの餌を付けてればそのうち食い付くと思うぜ」

「ありがとうございます。……それでえーと、釣り場はどこですか?」


 辺りを見渡すが、魚の放された堀が見当たらない。

 大抵、釣り堀っていうと小屋の中にプールがあってそこに魚が放されてるもんだが。


「どこ見てんだニイちゃん。こっちだよ」


 店主はそう言うと、カウンターの向こうの扉を指差した。

 促されるまま扉を開けると、目の前には一面の氷が広がっていた。


「凍った池……?」

「あぁ、こいつで氷に穴を開けてそこから釣り糸を垂らすんだ。他の客がやってるみたいにな。穴に気をつけろよ」


 見れば他の客もチラホラおり、皆氷の上で釣りをしている。

 おおっ! これはあのワカサギ釣りってやつじゃないか!?

 テレビでたまに見るやつだ。

 一度やってみたかったんだよな。


「ほれ、こいつで穴を開けるんだ」

「ありがとうございます」

「開け終わったら返しに来な。じゃあごゆっくり」


 店主は寒そうに身体を震わせると、小屋の中に帰っていった。

 へぇ、こんなドリルで開けるんだな。

 渡されたのはでっかいコルクの栓抜きのようなドリルだった。

 これを突き刺して回せばいいのか。面白そうだ。

 俺は早速、適当に氷上を歩き、目星をつけた場所に穴を開けていく。

 ドリルを突き刺し、くるくると回すと氷の破片が舞い、氷に穴が開いていく。


「穴が開いたにゃ」

「ここへ糸を垂らせばいいんだな。……針に餌をつけて、と。ほいっ」


 ぽちゃんと音がして、針が水面に落ちる。

 釣りは時々餌を動かして、動いている獲物に見せるのが重要だと釣り漫画で描いてあった。

 同じようにやってみる。こう、くいくいっと。


「……」

「……」

「…………」


 だが、釣れずである。

 こういった本格的な釣り堀はやったことがないからな。

 いまいち勝手がつかめない。


「……くぁぁ、まだかにゃ?」


 中々釣れないので退屈したのか、クロは大あくびをしている。

 うーん、多分ポイントが違うんだろうな。

 この池は相当広いし、他の人たちは釣れてるっぽい。


「ちょっと場所を変えよう」

「それがいいにゃ。この下からは魚のニオイが全くしないしにゃ」

「ニオイがわかるのか?」

「にゃ」

「なら魚の沢山いる場所を教えてくれ」

「わかったにゃ」


 クロは俺の膝からぴょんと飛び降りると、雪の上を歩き始める。


「ふにゃっ! つ、つべたいにゃ!」

「ほら、抱っこしてやるから」

「にゃああ……」


 クロは再び俺の腕に戻ってきた。

 寒がりな上に素足だからなぁ。

 仕方ない、抱っこしたまま探すとするか。


「こっちにゃ」


 クロは時折鼻をクンクンさせながら、俺を歩かせる。

 うろつき回る事しばし、俺の腕を肉球でたしたしと叩き立ち止まらせる。


「ここにゃ。美味しそうなニオイがプンプンするにゃん」

「わかった」


 俺は再度、ドリルで氷の中に穴を開けると、そこは釣り糸を垂らした。

 するとすぐさまピクンとした手応えを感じる。

 うおっ! もう来た!?

 俺は慌てて釣竿を上げる。

 瞬間、水面がぴちゃんと跳ねる。

 一瞬見えたのは、光り輝く小魚だった。


「くそっ、バレたか!」


 飲み込む前に上げてしまったようである。

 もう少し待つべきだったな。


「まだまだ下にはいっぱい魚がいるにゃ」

「おう、もう一回だ」


 餌を取り付けもう一度、釣り糸を垂らす。

 あっ、また来たぞ。

 今度はバレないよう、すぐには引き上げずに待つ。

 精神を集中させ待っていると、強い引きが来た。

 きたっ! 今度こそ食いついたな!


「おりゃっ!」


 俺はぐいと釣竿を持ち上げた。

 針が上がると共に水面が跳ねる。

 針にはピチピチと跳ねる魚が食いついていた。


「おおっ! 釣れたぞ!」

「にゃっ! やったにゃあ!」


 宙に釣り上げられた魚は、太陽の光に反射しキラキラと輝いていた。

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