164話 エレナの憂鬱④「おかげで自分、滾ってきました!」

「まったく、あいつら……」


「酷いお話ですね。アイナ様、元気出してください」


「ありがとうラルティ。にしても、つまりエレナは例の骸骨剣士やお姫様の身内ってことなのね」



横目でエレナを見れば、この場で入れ替わりになるブルーリオン騎士団の顔見知りと談笑していた。

アイナは鼻白んだような表情を見せつつ、フンと息を吐く。


新入りで実質後輩と下に見ていれば、相当なコネクション持ちらしく、どうにも気に食わない。

まだ知らないことがあるのではと、胸中で副長を問い詰めようと腹黒い算段を立てていた。



「すみません、話し込んでしまいました。警戒任務に移りましょう」


「もういいんですの?」


「はい、別れは既に済ませていましたので」


「そう……ねぇエレナ、貴女って」



色々と聞こうと思ったその時、ラルティが突如割って入る。



「アイナ様、エレナさん」


「なんですの、ラルティ」


「魔獣の気配です」


「なんですって」


「あれ、自分にはまだ何も……」



エレナがポカンとした顔をする。



「ラルティがそう言うならそうなんです。エレナ、団長に報告を!」


「は、はい!」



慌てて本陣たる屋根のみの休憩所の軒を潜り報告を入れていると、アイナとラルティが次いで入ってくる。

そしてオルゴーが「なにッ」と表情を険しくした時、広場中心でカンカンと警鐘が鳴る。



「敵襲! グランド・リザード中型種と小型種、数は不明!」


「オルゴー!」


「はい、陛下」



オルゴーが本陣から声を張り上げる。



「総員、防御陣営を取れ! ブルーリオン騎士団とベルクカーラ騎士団はクロードを中心に連携を。アイナとエレナは本陣近くで陛下の警護を、ラルティは迎撃だ」



ラルティが魔獣の気配の濃い、森の切れ目に向かい風のように駆ける。



「団長、自分も!」


「エレナ、お主は連携の演習もまだであろう!」


「っ! ……了解です」


「お前は切り札だ。期待している」


「陛下……」



そのやりとりを聞いたアイナがどこか不満げな表情をしているところ、広場の一角で怒号が上がる。



「小型種ッ! 突進止めろ!」


「魔術は中型種が来るまで待て。焦って撃つなよ!」


「グランド・リザードは硬いぞ!」


「剣が弾かれる!?」


「当たり前だ、とにかく叩け!」



広場には、ブルーリオンの騎士が一個小隊、ルテラートに同行していた騎士が二個小隊、そしてクロードを筆頭としたベルクカーラ騎士団が二個小隊弱と、五十名近くが広場に散って構えている。


対するグランド・リザードたちは、厚い焦げ茶色の表皮を持つ尻尾の短い四足の大きな蜥蜴で、速さはないがパワーと硬さを武器に騎士団員らとぶつかっていた。



だが、エリートらの集う騎士団。

押し寄せる小型種のグランド・リザードを見事押しとどめ、既に何匹かを仕留めていた。



「はっ!」



中でも目立つのは、軽やかに舞い剣閃を煌めかせる茶色いミドルヘアの少女。

一撃でとはいかずとも斬撃と刺突を繰り出し、既に二匹仕留めている。


他にもキンブリーやトルエンも見事な立ち回りを見せ、クロード副長も次々と指示を飛ばしながら、味方をフォローしていた。



「ラルティさんも、他の皆さんも凄い……」


「ふふふ、近衛隊の実力、こんなものじゃなくってよ」



エレナの一言に得意になり、笑みを浮べるアイナ。


エレナは前線に立てないことを歯がゆく思いつつ、戦場の熱を受けて剣を握る手を開いたり閉じたりしている。



小型種に斬撃を刻んでいたラルティが大きく跳躍し、後方に着地する。


すると彼女が元いた場所を、拳よりも大きいゴツゴツとした岩石が通り抜けた。



「中型種複数!」



先鋒と思えた小型種の勢いが弱まったところで、体長が小型種の二倍以上はありそうな中型種が、咆哮とともに口元から岩石を放ちつつ広場にその身を現す。



「ぐあっ、ただの石ころのくせに、なんて威力だ」


「大丈夫かっ! 小型種もちょろちょろと鬱陶しい」


「中型種、誰か押さえて!」



一時的に混乱を見せる戦場。しかしクロード副長が声を張り上げる。



「怪我人は下がらせろ! 治療役は急ぎ対処を。小型種は適度に押しとどめ、中型種を一匹ずつ仕留めるぞ!」


「おう!」


「デカブツがなんぼのもんだ!」


「喉元か関節を狙え!」



怪我人を出しつつも、戦いは拮抗。

そんな最中ラルティが気合一閃、表皮の隙間を縫ってその剣を中型種の脇に深々と刺しこむ。



「心臓、これで!」



痛みに暴れる中型種。

小柄なラルティは思わず剣はそのままに振り飛ばされる。



「大丈夫か」



少女を受け止めたのは、灰色短髪の偉丈夫キンブリー。



「あ、ありがとうございます」


「いや。しかしさすがだ」



剣を差し込まれた中型種は、その動きを鈍らせやがて地に伏せ動かなくなる。


その間にもトルエンは氷結魔術を放ち、中型種と巻き込む形で小型種数匹の動きを鈍らせ、勢いづいた味方が中型種に刃を見舞う。



本陣で成り行きを見守っていたエレナが、なんとかなりそうだと息をついたその時、近くにいたアイナが焦ったような声を上げる。



「まさか! 団長、森の方角で重量級の歩行音と倒木。大きさは、おそらく中型種より上です」



アイナは戦況をただ見守っていただけでなく、風魔術による集音と視力強化により、伏兵がいないか索敵を行っていた。



「なにぃっ! クロード、大型種に警戒!!」



オルゴーが、その小柄な老人の身からは考えられない、耳を塞ぎたくなるような大声を出す。

それを聞き受けたらしいクロードは、仲間に隊列を整え警戒するよう指示を出した。


そんな折、中型種と戦闘中だったラルティが少し手間取り、突出した形になる。

すると森の方向から、無数の飛礫が嵐となってその小柄な身を襲った。



「きゃーーーっ!」


「ラルティ!!」



叫び声が上がり、吹き飛ばされた少女が宙を舞う。

アイナが駆け出そうとするが、自分の任務のこともあり躊躇っているところ、先んじてエレナが駆け出す。

そして引きずられるようにアイナも駆け出す。



「エレナ、アイナ! まったく、指示をほっぽり出しよって」


「オルゴー、構わぬ。三人をここまで下がらせろ」



エレナとアイナがラルティの傍で膝をつく。

鎧は傷つき凹み、一部破れた服の下は赤く腫れ、頭部からは出血もみられる。


遅れてキンブリーも駆け寄り、残る小型種や中型種へと剣を向け警戒する。



「ッ! 私の治療魔術では。誰か!」



アイナが叫んだその時、木々をなぎ倒して威容が現れる。


中型種の三倍、大人二人分もあろうかという体高に、錆びた鉄を思わせる分厚い表皮、そして背中には柱状節理ちゅうじょうせつりを思わせる突起がいくつも生えた、いかめしい顔つきのリザード。



「大型種……本当に出やがった」



クロード副長が吐き捨てるように漏らせば、グランド・リザードの大型種はゴオッと息を吸い、口元からエーテルの燐光を漏らす。



「まずい、ブレス来るぞ。総員身を守れ!」



直後、咆哮とともにその口から、無数の礫を孕んだブレスが放たれる。


騎士たちは地面に突っ伏し、あるいは飛び越えて躱すが、何人かは直撃は避けつつも岩石の嵐をその身に受ける。



「キャッ!」



その身に迫ったそのブレスに対し、気を失ったラルティを抱え治療を続けるアイナが悲鳴を上げる。


だが、嵐は耳をつんざく金属音によって阻まれた。



「大丈夫ですか?」


「エレナ、守ってくれたの? その傷!」



視線を上げれば、エレナが鞘に収まった剣を盾に、仁王立ちしていた。

巨剣で飛礫を防いでくれたようだが、全てをとはいかず、鎧のいくつかは弾け飛び露出した手足から流血していた。



「あはは……この程度、かすり傷です」


「いやだって、それ」


「おかげで自分、滾ってきました!」



エレナは頬の傷から流れた血を親指で拭う。

そしてその美貌に、獣のような好戦的な笑みを浮かべた。


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