第15話 -2 野営地




 騒がしい声で目が覚めた。パッと目を開き、体を起こす。周りを確認すると火を囲み、野営地のような場所の片隅にいる。明らかに人が多い。クロウくんの取り巻きの、他のチームも加わっているようだった。


 試験中に気を失うなんて絶望的だ。一体どれくらいの時間を無駄にしたのだろう。


 見回したらすぐ近くにチームメイトのヒューマンの剣士が、違うチームの人と騒ぎながらふざけあっていた。慌てて駆け寄ると私に気がついた。


「あんた、やっと起きたんだな。酒飲む?」


「い、いえ。どうなってるんですか? 私ずいぶん長いこと気を失っていたみたいで」


「もう夜だしな、試験もあと半日ってとこだろうな。俺たち仲間内で集まって交代で狩りに出てるんだ」


 後ろから抱きつかれた。回された腕の刺青でソウジくんだとすぐ気がついた。


「怪鳥ステュムパリデスを狩りてーんだよ」


「ソージ、やっぱ見つかんねーよ。ここらへん不味いノロマ鳥かゴブリンしかいねーし、どうせみんな持ち込んだ素材提出するんだろ? 諦めてうまい肉でも狩って宴会にしようぜ」


 ジタバタと暴れるが拘束は解けない。後ろから私の頭に顎を乗せ、カクカクと振動させてくる。なんて力をしてるんだろう。スラッとしたエルフのクチナワさんと違って筋肉質で濃い肌の色をしている。


「うーーんそれもそうだなぁ。ちょろいノロマ鳥ばっか食って飽きてきたし。ほれ芽衣の為にゴブリンも狩りまくっておいたぜ」


 背後に立たれたまま腕がお腹に周り、持ち上げられてよいしょよいしょと移動する。体が固まった。今彼はなんと言った?暗がりにこんもりとした山が出来ている。嫌な汗がドッと噴き出す。大小様々の個体は緑色の不気味な顔をして醜怪な塊になっている。ゴブリンで出来た死骸の山だった。


「お前、素材何も持ち込んでないんだろ? ゴブリンだったらこれくらいの数で合格できんだろ……ってまた気絶したんか?」


 脳が処理できず体がくにゃりと力が抜け、一瞬魂が飛んで行ったように気絶してしまった。すぐに正気を取り戻して後悔した。何度でも気絶できそうだがパニックと嫌悪感が一気に襲ってきて叫び声も出ない。あの鳥肌が全身を覆う。逃げ出したいという気持ちが生存本能のようなものに火をつけた。


 指に力が入り、肉を切り裂く感触がした。その瞬間拘束が緩んだので転がりながらその場から脱出した。人の足にぶつかりその影に隠れた。今にもアレが起き上がって背中を取られまいかとパニックは続いていて、呼吸が不規則で苦しい。私はゴブリンとソウジくんに怯え切っていた。横からソウジくんを確認するとまだその場にいて、こちらを向き私を見ようと体を傾けていた。


「んはは興奮しそう。なぁ、それがお前の身体的特徴ってやつ?」


 足を大きく広げてしゃがむソウジくん。腕に長い切り傷ができていて、滴る血を舐めると傷が消えた。猫でも呼ぶようにチチチと舌を鳴らし指を伸ばす。警戒心マックスの私は彼に攻撃態勢で威嚇する。


「ヒャハハ、ほんと猫みてぇ。かわいーなぁこっち来いよ、もうしねぇからよ」


「言ったよな、ソウジ」


 頭上からさらに警戒心の上がる静かな声がする。しがみついていた足の持ち主はクロウくんだった。掴んでいた手を見てハッとした。自分の指先から鋭く尖った黒い爪が生えている。さっきまではなんてことのない人間の爪だったのに、今は血に濡れ黒光りした凶器のような禍々しいものになってしまっている。まるでオセロットくんが戦う時に使うような……亜人の爪。


「怒んなってクロウー、こいつが提出する素材見せてたんだって。亜人の爪でザックリ引っかかれちまったけどな」


「ごめ! ごめんねソウジくん怪我させちゃって、つい暴れて……でもっ私その素材はもらえない、なにもしてないのにチームの分け前はもらえないよ。自分で集めるから気にしないで!」


 早くこの場を離れたかった。出っぱなしの爪の確認もしたかったし、何よりゴブリンの山がある。なんであんなに気持ち悪く感じるんだろう、刷り込まれたような嫌悪感が拭えない。実地訓練の森でスキルがゴキブリと出たからだろうか。


 確認したい事もある。夜の森は怖いが試験中に気絶していたせいで大幅な遅れもとっている、早く素材を採取しなければ不合格は間違いない。私は野営地から離れ、暗闇の森へ逃げるように駆けた。

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