第5話 -6 帰りの馬車




「それって、毒を持ったスライムじゃ……」


「ブルードラゴンは毒を分解できるのさ、溜め込んで武器にもするから安心しな。ほら、お前の好物だ」


 放り投げるとドラゴンはバクッと口を大きく開け、スライムを丸呑みした。


「牙がないからね、肉は毒で食えないし素材としての価値は低いが懐いたらいい相棒になる。いいもん見せてもらったよ、じゃあね」


 ドワーフの女性は手を振り去って行った。見物人も特にドラゴンの安否は気にしていないようで散りじりに。


 ブルードラゴンは目をパチクリして私を見上げ、もっと欲しいとばかりに頭をすりつけてきた。どうやら元気になったようだ。


「すごいな芽衣は……本当にありがとう」


「ううん、案内してくれたお礼だよ……この子、どうする?」


「芽衣の所では面倒見れない? こいつ君のこと信用してるみたいだ」


「うん……でも私、お世話になってる身だから勝手には連れて帰れないの」


「僕も勝手だけど、家に連れては帰れないんだ。ごめん」


「私が屋敷の主人に話をつけてやる。芽衣が買ったんだ、自分で面倒をみろ」


 クチナワさんが話に入ってきた。頼りになる人だ。今日一日で劇的に印象が変わった。


 お礼をいうと恐る恐るドラゴンに触れてみた。滑らかな肌触りで撫でると気持ち良さそうに目を細める。抱きかかえても嫌がらず大人しく胸に収まってくれた。


「私、ウィンクルの街でお世話になってるの。良かったらこの子にも会いに来て。一番大きなお屋敷だから」


「必ずいくよ! 芽衣、ありがとなー!」


 先を行くクチナワさんを追いかけ、ゴンドラに乗り込んで振り返っても、オセロットくんはずっと手を振ってくれていた。


 エルフの街を出る頃にはもうとっぷり暗くなっていてクチナワさんは森を抜けても考え事をしてるようで、窓を向いたままずっと無言だった。ブルードラゴンに杖の熱波を当てていたが感情が暑いに変化したので、ライトを消したらクチナワさんはこちらに顔を向けた。


「……芽衣、ドラゴンの気持ちがわかったのか? あの時なぜ温めようと思った?」


「い、いえ! そういうわけでは……蛇のような変温動物に見えたので! たまたまです」


「そうか。ドラゴンは種族も多く、扱いがそれぞれ違うから少し思ってな。馬鹿げたことを言った……あと、君にとって重大なことがわかった」


「何ですか?」


「君の種族はヒューマンだ。魔導師の素質がある」


「え? でもこの髪の色は違うって……」


「その杖に使った魔石にはエレメントを入れていないものを購入し、エビネに渡した。つまり器だけだ。エビネの店で芽衣が魔石に触れた時、強く光り輝いたのは魔石が魔力に反応し吸収した時のものだった。たいした質じゃないランクの魔石に多種類のエレメントを入れることは、ヒューマンにもなかなか出来ん能力だ。魔導師のやり方を勉強させて、念のため調べてみるかと軽い気持ちで思っていたがまさか人間だとは……」


 クチナワさんは眉間にシワを寄せ頭が痛たそうな顔をする。


 あまりピンと来なかった。元々人間だったし、むしろ亜人のような特殊な身体能力にワクワクしていたので少々残念だ。腕の中で大人しく眠るドラゴンを撫で続ける。クチナワさんもこめかみを押さえたままドラゴンに目を向ける。


「初めてで疲弊していない体を見る限り、量も膨大だ。魔石を食べる魔物にしてみれば芽衣の側は居心地がいいのかもしれん。そしてその髪の色はヒューマンには例がない。黒は魔力の多さを表していて昔から人間は黒い髪の色に異常なほど誇りを持っている。だから芽衣の存在は異端と思われ蔑まれるかもしれない」


「そんな、私は静かに暮らしたいです……」


「亜人として生きろ。鳥人族は病気や怪我などで背中の翼や尾羽を切り落とす者がいる。人間と大差ない姿だ。私もこの事は誰にも喋らない。ウィンクル家の主人にも亜人だったと報告する」


 嫌な胸騒ぎがした。身体的な特質もないのに、ケイロンさんやオセロットくんのような身のこなしができるだろうか。迫害され、モンスターが跋扈する森で生活なんて考えたくない。文明社会からの追放は怖い。もしバレたら、この世界では人体実験なんかもあるのだろうか?想像してしまい身震いがした。


 重い沈黙の車内、クチナワさんも考え込んでいる。


 私がこの世界に降り立ってからのことを、もし全て話したら周りの人たちはどう思うだろう……きっとみんな優しいから信じてくれるのだろう。でもその後はどうなる?半信半疑の人もいるだろうし、女神様の御業だと祭り上げられるかもしれない。要らぬ争いの火種になったり、この美しい世界を変える出来事になってしまったら……私はきっと後悔する。


 そして何も出来ないのだろう。専門知識も政治の事も、大人に立ち向かえる知恵も度量もない。私は自分の弱さを自分で受け止めなければ。弱音を言って、人に委ねてはいけないんだ。


 考えるうちに馬車は砂利道を過ぎ、見慣れた街に吸い込まれて行った。温かい街の光が狂気に変わらないことを強く願った……。

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