第5話 -2 エルフの街名物


 クチナワさんは追いつく前にまた違う店に入って行った。キノコのマークの突き出し看板だ。急いで後を追い、店内に入るとエルフのウェイターにかしづかれた。高級そうな店だ。


 川沿いの眺めのいいテラス席に案内され席につく。足を組み、風で髪をなびかせるクチナワさんは平気な顔をしている。涼しげで、水面のテラス席に座る姿は思わずため息が漏れそうな程優美な佇まいだ。


「クチナワさん、さっきのお店のお金……」


「気にするな、昨日の詫びだ」


「でも……魔石って高いんですよね」


「たいしたものじゃない。あとこれで目ぼしいものがあれば買うといい」


 ジャラっと先ほどと同じ小袋を出された。中身を覗くと金のコインがたくさん入っている。お金のようだ。


「貰えません!お金なんて」


「貰いたくないなら貸しだ。必要なものを買い、早く屋敷を出ろ」


「でも外で働くには種族がわからないとダメだと」


「アカデミーに入れ。最初は皆、冒険者からのスタートだ。勉強もでき、クエストで金も稼げるギルドだと思えばいい。本来は研究機関兼、教会の総本山だ。冒険者も立派な職種だが、得意分野を活かす専門職へとジョブチェンジをするためにもある。アカデミーにいる間は住む町も決められていない」


「そうなんですか!? それは、知りませんでした……」


「クエストによっては危険は伴う。だからこの金で装備品を整えろ」


「でも…………いえ、わかりました。ありがとうございます、ありがたくお借りします」


 迷ったが、ありがたくお借りすることにした。十七歳にして借金ができてしまった、相手は毒を盛るクチナワさん。だが優しいとこも見えてきた。屋敷の主人はエルフかどうか調べてくれとしか言わなかったはずなのに、ここまで面倒を見てくれる。絶対、大事に使おう。


 料理が運ばれてきて話は中断された。ラグゥサはキノコが名産らしく、エルフの街では水キノコというプルプルとしたキノコの料理が多く出た。野菜スープに入った茶透明な水キノコを噛めばコンソメスープが溢れ出て、二種類の味を楽しんだ。エルフ料理は見た目も華やかで、味付けはとても繊細だった。


 水面を超えて来る風は優しく、しばしの穏やかな時間を過ごしていた。


「この後は教会に行く。道中買い物をしてもかまわん」


「教会へ?」


「あぁ、本来の目的を果たしにな」


 そういうとクチナワさんは脈絡もなく突然店を出て歩き出した。わたしも慌てて小走りで後を追う。


 人ごみをスルスルと器用にすり抜けるクチナワさんは、まるで忍者か蛇のようだ。ただでさえ私より背の高いエルフばかりの街。後を追うのは容易ではない。クチナワさんが小道を曲がったとこで人にぶつかり、荷物を満載した馬車に阻まれ見失ってしまった。


「クチナワさん!」


 呼んでみたが応答はなかった。入り組んだ路地のようで名前を呼びながら坂や階段の狭い道を登り、ついに家に囲まれた小さな広場で行き止まりになった。


 人の気配のない家の屋上から街の景色が見れないかと、外階段を登ってみた。ずいぶん登って来てしまっていたようで、街を見下ろすと先程の水路の広場が眼下にあった。


「はぁはぁ、どうしよう」


 完璧に迷子だ。そろそろ誰かに道を尋ねようとキョロキョロ辺りを見回すと、大きな木の下で緑の蔦に覆われた塀の上で人が寝そべっている。人がいた事に喜びを感じ、急いでそちらに行った。


 塀の下からその人物を見上げると、その人は黒い斑紋のある尻尾をだらりと垂らし不規則に揺らしている。声をかけていいものか躊躇するが、他に人通りはない。


「あ、あの道を訪ねたいんですが……」


 反対を向いていた顔がこちらを向く。ピンとした黒い三角の獣耳、丸みのある潤んだ目をした私と変わらないくらいの少年だ。寝転がったままで眠たそうに私を見下ろす。


「お休みのとこ申し訳ないんですが、教会まで行きたくて。道を教えていただけませんか?」


「………ふぁあ」


 大きくアクビをされた。尻尾がユラユラと揺れ動くが、それ以外は動く気配がない。


「あの……あ、やっぱり大丈夫です。すみませんでした」


 なんか変な人っぽい……別の人を探そうと去ろうとしたら彼はゴロンと寝返りをうって、うつ伏せに姿勢を変えた。


「ふ〜ん、教会に行きたいの?」


 不思議な魅力のある笑顔を見せてくれた。山吹色の髪はサラサラで両側の頬に丸くカールし、女の子のような大きな目はどことなく眠たそう。ヒョウ柄のような黒い斑紋のある尻尾、猫族の亜人だろうか?優雅に尻尾を左右に揺らす。


「そうなんです! ご存知ですか?」


「敬虔な信者なのかい?」


「え……いえ、そういうわけでは。知人がそこで働いてるようなんです」


「ふ〜ん……」


 突然興味がなくなったのか、顔を背けられてしまった。どうしたらいいのかわからないが周りを見回しても他に人通りもない。仕方ないが、また彷徨ってなんとか人のいるところを探そうと一礼して背を向けた。


「いいよ、ちょうど暇だったし」


 塀から音もなく飛び降りた亜人の彼は真っ白なシャツに黒のチョッキを着て半ズボン。どことなく品があり優雅に歩く。


「あ、ありがとうございます!」


「敬語はいいよ、僕ら歳も近いようだし。君遠くからきたの? 名前は? 僕はオセロット」


「私は芽衣、本当にありがとう。私この街初めてで……」


「そうなんだ、どうりで変わった発音だと思った。街を案内してあげるよ、ついて来て」


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