第四部
40 放っておけないほど
24日の昼、彼女と透子さんは28日の夜までかかる県南読み聞かせ巡りの準備で荷物の準備をしていた。着替えは4泊分、それにキャンプ道具一式、移動中につまめる軽食や緊急用の使い捨ての簡易トイレなども準備した。彼女のバッグのなかには書店で購入したプレゼントもこっそりと入っている。週間天気予報によると28日の夜は快晴で、花火大会は問題なく開催される予定だ。
「やっぱり夏だし肌着は多めに持って行ったほうがいいですよね」
「いちおうルート上にあるコインランドリーは把握済みだけど、なにかの拍子にたどり着けないこともあるだろうからね。一事が万事と思って準備しておいて」
明日からの読み聞かせは自治体や他団体との案件は一件しかなく、公園や広場でゲリラ的に行なうものが大半だ。もちろんSNSや役場の掲示板にチラシを貼ってもらって場所と時刻は事前告知してあるものの、どれくらい人が集まるかは未知数だ。呼びかけたところで一人も集まらないかもしれないし、反対に大聴衆に囲まれるかもしれない。いってみれば透子さんは毎年その緊張感を持ち続けてやってきたのだ。あらためて頭の下がる思いだった。
昼までにあらかた積み込みが終わった透子さんは父親に頼まれていた車の整備とワーゲンバスの点検をするという。
そこで彼女はいったん自室に戻りスマホで通知を確認すると、宮内さんからメッセージが届いていることに気づいた。あれからSNSの投稿を読んでどうしても透子さんと一度話がしたい、どうにかして透子さんに会えないかという相談の内容だった。通知によるとそこまで時間は経っていない。彼女は宮内さんに電話をすることにした。
『はい、宮内です』
「もしもし、古海です。さっきのメッセージのことで電話しました」
『ああ、突然すみませんでした。お電話できる状況ですか』
「遠野さんは車の整備してるのでしばらく大丈夫だと思います」
よかった、と宮内さんが安堵の声を漏らした宮内さんは、また通話料のことを気にかけ電話をかけ直してくれた。
『メッセージでお送りしたとおり、どうしても一度会って彼女と話がしたいんです。どうにか古海さんのほうで会う算段をつけていただけないかと思いまして』
「その気持ちはわかります。でも正直、わたしがこうして宮内さんと話をしてること自体けっこう綱渡りしてると思うんです。会うのはすごく難しいと思います」
居場所のわからない人と遠方の地で偶然再会するなんて、フィクションのなかでは日常茶飯事でも人生のなかではそうそうないことだ。しかも、ほとんど陸の孤島みたいな東北の片田舎なんて観光にしても仕事にしても訪れる理由がいまいち見当たらない。ましてや図書館の副館長という立場ならなおさらだ。偶然を装うにしてもそれなりの理由がなければつじつまが合わなくなる。
明日からの県南読み聞かせツアーは基本的に素泊まりや車中泊の合わせ技で格安に収められるようにしてある。だから旅行をしているていの宮内さんと宿でばったり、というのもシチュエーションとして難しかった。考えられるとしたら花火大会の会場で偶然はち合わせるという以外にはなかった。
宮内さんにそのことを告げると、『花火大会ですか。でも遠方の花火大会にひとりで行くのもちょっと……』ともっともなことをいう。もはや八方塞がりか、と思ったときに、彼女の頭にある考えが浮かんだ。
「あの、いっそのこと理由なしに現れるってのもよかったりしませんか」
『どういうことですか』
「いろいろ理由つけると芝居がかったりしてよけい怪しまれると思うんです。だから宮内さんは五年間探し続けてようやく見つけ出したって感じで現れてくれれば、流れとしては不自然なところがないので怪しまれないかなと。それに遠野さんだってSNSをやってて、顔出しも本名も名乗ってないけど絶対に素性がバレないとは考えてないと思います。読み聞かせつながりで話を聞くためにわざわざ遠いところから来たって感じでもいいと思いますし」
『たしかに読み聞かせのSNSアカウントを見つけて一縷の望みをかけたふうによそおえば、僕が遠方までやってくる理由としてはじゅうぶんだと思います』
そうと決まればあとは宮内さんが現れるタイミングだ。彼女はスマホのスケジュールアプリでこの四日間の日程を読み上げはじめた。出会うタイミングとして有効なのは読み聞かせ会をやっている時間帯だろうか。この点に関してはSNSでも告知しているので宮内さんがそれを見てやってきたふうをよそおえばよい。なるべくなら四日間の行程のうちの早い段階がいいが、SNSを見て急いで会いに来たという感じで現れれば透子さんも対応せざるを得なくなるだろう。とにかく犯罪者の逃亡生活のような生き方は、彼女だって続けてほしくなかった。その足がかりとして透子さんは透子さん自身の過去と対話をしなくてはならなかった。
読み聞かせで回る場所は田沢湖、角館武家屋敷、新潮社記念文学館、横手公園、ふるさと村、小安峡、最後に大曲だが、高速道路に乗る前にブルーメッセに寄って花を見たい、花壇のある広場もあってそこで少し読み聞かせをするのもよいとそれとなく提案すると、透子さんは快諾してくれた。書店で購入した絵本のほかにプレゼントのためこっそりと花の種を買っておきたいと思っていたのだ。だから出会うタイミングとして最も早いのはそこでの読み聞かせになるが、仙台から新幹線が停まる駅という点で考えると田沢湖や角館など県南に入ってからのほうが都合がよい。
宮内さんと入念に話を進めて、姿を現すのは横手公園ということになった。位置的にわかりやすく日程的にも二日目の昼と好条件がととのっている。じっくりと向かい合って話し合うほどの時間はないけれど、ベンチに横並びに座って語り合うくらいの時間はある。
透子さんは驚いて逃げるかもしれないが、そこは彼女がうまく説得して引き止めるという段取りだった。そこできちんと引き止めて話をしてもらわなければ透子さんはまた跡形もなく消えてしまうかもしれない。宮内さんのみならず、今度は自身の前からも。それだけは絶対に回避しなければならない。
その大役を任され、彼女は暑いのに体が冷えていることに気づいた。透子さんが消えてしまうかもしれない恐れに肝を冷やしてしまったのかもしれない。
夏が終われば離ればなれになることはわかっていたのに離れたくない気持ちと、透子さんが過去から目を背けることになるのは同時に彼女たちにも背中を向けることになるということが、このときの彼女にとっては理解しがたく同時に神秘的で、たった一ヶ月たらずの期間で透子さんを好きになり心の底から心配している事実に、運命的なものを感じていた。
透子さんは彼女にとってまず初めに気になる人で、その次に憧れの人で、そして最後に、放っておけないほど好きになってしまった人だったのだ。
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