第 四 章 8



 久真が一気にいった。1コーナーの突っ込みで、岩代さんのみならず悠真のインまで奪おうとする。


 観客がどよめく。このヘヴィーウェットであの突っ込み。こっちの肝が凍り付く――が、悠真はしっかりとインを締めていた。久真は鼻先を塞がれ、前輪をつんのめりさせながらバイクを引き――岩代さんが小競り合いを尻目にアウトからまくる。


 それに驚いたのか、悠真は立てようとしていたバイクを再び倒し込んだ――その時だった。


 リアタイヤ後輪が大きくスライドスリップして、バイクが真横に向く。悠真はカウンター逆操舵をあて、必死に体勢を立て直そうとするも、それが仇になる。


 タイヤはアスファルトに引っかかり、バイクが一気に起き上がって、その勢いのまま悠真を前方に放り投げてしまう。


 観客が一斉に叫び声を上げる。実況が転倒を叫ぶ。


 怖気が背筋を貫いた。悠真はレコード最速ラインの上に取り残されて――


かれるな!!」


 あたしは絶叫して、悠真はアスファルトに手をつき腰を浮かせた瞬間――


「きゃああああああぁ!!」舞ちゃんの悲鳴。


 悠真の体がボーリングのピンのように弾けた。悠真を轢いたレーサーはバイクごと前転して路面に叩きつけられる。即座にレース中断を告げる赤旗が振られ、マーシャルが悠真を取り囲み、姿が見えなくなってしまう。


「…………悠……ちゃ……」


 怯えて声も出せない舞ちゃんの肩に、あたしは手をまわした。


 レースのクラッシュ転倒は、二通りある。


 ひとつはただのクラッシュ。陸上選手がトラックで転倒するのと差して変わりない。


 もうひとつは、心がざわっとするクラッシュだ。理屈じゃない。目撃したその瞬間、本能的でわかる。重傷、さもなくば命に懸かるとわかってしまう、胸が潰されるような不安に襲われるクラッシュ。


 今のクラッシュ、明らかに後者だ。


 レース業界にいると慣れてしまい、気に留めなくなってしまうレースのリスク。それを目の当たりにして、レースの現実をあらためて思い知らされる。


 担架が運び込まれるとマーシャルがばらけて、悠真の姿が覗えるようになる。


 悠真が、なにかを掴もうするように宙に手を伸ばした。


 意識がある。生きてる。あたしは胸をなで下ろす。いや、リスクがあるとは言えミニバイクだ。絶対スピードは低い。落ち着け。落ち着けあたし。



          * * *





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