鎮魂の詩(うた)

シュート

第1話 飛行機雲のように

セピア色だった思い出が色を取戻し

風化した言葉に潤いが戻る

そんな幸せな時間は一瞬で終わりをつげた

 

あまりに理不尽な力によって奪われた、あなたの命

涙さえ出ない悔しさ

握りしめたハンケチに爪の跡がつく

写真に向かって、伝えられなかった思いを

そっと口に出してみる

 

行き場を失ったあなたの魂

道に迷ったら、奥さんに内緒で私のところへ来て

そっとドアを開けてね

でも、大丈夫よ

私は一人だから

 

いつもと同じように

平然と流れる川の水

来年も今年と同じように、きれいな花を咲かせる桜の木

自然の雄大な力の前で

小さな私はうろたえている

 

第一章 飛行機雲のように

 歩道沿いに植えられた街路樹が青々と陽を反映させている。顔をあげると、超高層ビルが灰色の切り絵のように空を占めている。

 そんな中を、谷崎優作は同僚の山根太一と昼食後のコーヒーを飲むために馴染みの喫茶店に向かっている。この時、優作の頭の中にはなぜか未来への漠然とした不安が一瞬過った。喫茶店に入り、いつものようにコーヒーの注文を終えたところで、山根が言った。

「実はこの間面白いことがあってさあ」

 先ほどの不安に思考が向かいそうになった優作を、山根が中断させた。

「ん? 何?」

「フェイスブックで偶然高校時代に付き合ってた娘を見つけたんだよ」

「ほぉー、それで?」

「メッセージのやり取りをした後、リアルで会ったよ」

「そんなことあるんだ」

「あるんだよ。で、また付き合い始めた」

「へぇー、驚いたなあ」

「そうだろ。だからさあ、谷崎も会いたい人がいたら探してみたら」

「う~ん、そうだな」

「俺の場合は偶然彼女のフェイスブックを見つけたんだけど、その気になれば簡単に検索できるみたいだし」

「ふ~ん」

 山根は親切にも検索の仕方まで教えてくれた。だが、その時の谷崎優作はそれほどの関心を持たなかった。なので、その後はすっかり忘れていた。

 優作が山根との会話を思い出したのは、それからだいぶ経ってからだ。かつての同級生が今どこで何をしているのかを追うというテレビ番組を偶然目にしたことだった。

 自分が同じようにかつての同級生に会えるとしたら、会いたいのは一人しかいない。中学生時代の同級生の吉村かおりだ。そうだ、あの時山根が言っていた方法をとれば、自分もかおりと会えるかもしれないのだ。そう思ってしまったら、なんとしても会いたくなった。もちろん、前提として、かおりがフェイスブックをしていたらの話ではあったが。

 ダメ元でもやる価値がある。そう思って検索してみると、なんとヒットしたのである。

 吉村かおりは今は田辺かおりとなっていたが、写真を見てすぐに本人とわかった。もちろん、年月が彼女の顔を大人の女性に変えていたけれど、当時のかおりの面影がその奥に見ることができた。当時の青春時代特有の甘酸っぱい感情や切ない思いが、昨日のことのように頭に浮かんできた。

『会いたい』と思う。

 しかし、そんな思いに浸るのは男のほうだけで、女である彼女にとっては、すでに振り返りたくない過去のひとつになっているかも知れないのだ。そうは思ったが、ここは思い切って友達申請をしてみた。断られたら、その時は潔く諦めればいいと。しかし、案に反してかおりは友達申請を受けてくれた。そこで、優作はかおりにメッセージを送った。

「田辺かおり様。突然のメッセージ失礼します。私、中学時代に同級生だった谷崎優作です。覚えていらっしゃいますか。偶然、吉村さん(ごめんなさい、旧姓で呼ばせてもらいます)を発見してしまい、あまりの懐かしさにメッセージを送らせていただきました。もしよろしければ一度ご連絡いただけませんか」

 断られてもいいように、ごくありきたりの文面にした。だが、かおりから思いの外色よい返事が届いたのである。

「連絡ありがとう。優作君、懐かしいね。こんなところで再会できるとは思わなかったよ。お互い、フェイスブックに掲載されてる写真を見ると、あの当時とは結構変わっちゃった(見た目がね)感じだけど、積もる話もあるから一度会わない?」

 かおりの方から『会わない』と誘われたことに、少し動揺した。『会いたい』けれど、既婚者である優作にとって、かおりと二人きりで会うということには後ろめたさを感じてしまう。でも、彼女にとってはきっとそんなことどうでもいいのだろう。当時から彼女は、いい意味でへんな道徳観は持ち合わせていなかった。彼女は夫がいようとも、会いたい人には会う。それが吉村かおりという女性だ。だから、こちらも余計な感情を捨てて、ただ会おう。どうせ自分の気持ちなど一発で見抜かれるのだから。

日曜日の午後2時。待ち合わせ場所は新宿駅西口の地下街にある喫茶店。かつて二人で映画を観に行った帰りに寄った店だ。昭和レトロの雰囲気が残った店で、二人とも気に入っていた。優作は今でも時々利用している。

 今時の喫茶店にしては重いドアを開け、店内に入る。気持ちが急いていたせいか、待ち合わせ時間より20分早く店に着いた。とりあえず、ぐるりと店内を見渡して見るが、かおりらしき女性の姿は見当たらない。見間違うことはないだろうとは思ったが、万が一のために、当日着てくる服についてお互いに連絡しあっていた。

 入口が見える席に座る。コーヒーを注文してかおりの到着を待つ。『いらっしゃいませ』という店員の声がする度に入口に目を遣るが、その人がかおりでないとわかるとひどく落胆する。そんなことを繰り返していたが、かおりはまるで計ったように時間ぴったりに現れた。どんな服装で来るかを事前に聞いていたからわかったということではなく、そこに現れたのはまさしく吉村かおり以外の誰でもなかった。

「お待たせ」

微笑みながら優作を見つめるその瞳は、中学時代と変わらずキラキラと光っていた。

「おう」

 懐かしさが、そんな言葉になっていた。

「おうって、何よ」

 優作の正面に座りながらかおりが、納得いかないという顔を見せる。

「ごめん、なんか中学の時の気分になっちゃって」

「まあ、いいわ。でも、お互い結構変わったわよね」

「あれからもう20年経ってるからね」

「あの優作がすっかり大人になってるのって不思議」

「大人って言うか、もうおじさんだよ」

「そうよね。私もおばさんって言われる年だし」

「いや、かおりは相変わらずきれいだよ。というか、よりきれいになって、しかも大人の色気があるよね」

「口がうまくなったのね」

「そんなことはない。本心だよ。あの頃言えなかったとしたら、照れ臭かったからさ」

「そうよね。あの頃の優作ったら、ものすごく純粋だったものね。でも嬉しい。いつだって女はきれいと言われただけで、たとえそれがお世辞だとわかってもホルモンが出ちゃうの」

「だからお世辞なんかじゃないって」

「ありがとう。で、なんで私にメッセージくれたの?」

「会社の同僚が高校時代に付き合っていた娘と再会できたという話を聞いて、俺にもどうしても会いたい人がいると思ってさ」

「どうしても会いたい人が私だったの?」

「もちろん、そうだよ。他には誰もいないさ。でも、本当に再会できるなんて思わなかった」

「それは私も同じ」

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