第355話―サイレントアタック―

呼び鈴が鳴って向かうと私服姿の比翼が立っていた。


「比翼!?」


「でへへ、こんにちは、おにいちゃん!遊びに来たよ。元気にしていた」


そう弾ける明るさで比翼は挨拶をする。冬雅に別離を告げられてからというものの心には深い傷で

刻まれたように苦しかったのが、比翼の無邪気で好気に触れて、いくらか和らぐのが実感する。


「あ、ああ。元気にしていた、久しぶりだね。こんにちは…それで生活の方はどうだい?後は――」


「ストップ、ストップ!落ち着いて。ほら深呼吸をしよう。さん、はい」


「すぅー、はぁー…」


素直に従い深呼吸をして激しく回っていた思考は今や整理していく。

正直、比翼の身を案じなかった日はなかった。人間関係や周囲に

どう思われているかを、マイナス思考が尽きずボジティブ思考は想像に出来なかった。

だからなのだろう。比翼の優しさと笑顔は一切の翳りがなく輝いていた。


「ゆっくりと語り合うのは中に入ってからで良くない?おにいちゃん」


こんな寒風が吹き荒む場所で話すよりも暖房が効いている室内の方がいいに決まっている。

玄関で靴の先をドアの方向へ向けて揃えるのを後ろから見て成長したんだなぁと感慨深くなる自分がいた。

居間に入って真っ先に比翼はソファーで勢いよくダイブする。こういう所は変わらないんだなと呆れる。


「お菓子とミカンどっち食べたい?」


「じゃあお菓子で」


女の子がほぼ毎日と訪れるため常にお菓子は多種多彩と備えている。

比翼の好物はこれかなと直感で選び炬燵こたつの上に置くとキッチンに向かい、二人分のコーヒーを運ぶ。


「この至れり尽くせり感が最高」


「満足してくれてなりよりだよ比翼」


比翼はソファーを降りて炬燵の中に入っていく。俺は比翼から視点で左の位置に座る。ブルーレイのリモコンをスライドするように比翼の前に移動させる。


「今日は比翼の願望を応えるよ。比翼が好きそうな番組を片っ端から撮っておいた」


「おぉー、さすが。で、おにいちゃん的にオススメは?」


「そうだな…本もアニメも領域展開している呪術廻戦か進撃の巨人がオススメかな。後は――」


その他には、ご注文はうさぎですか?BLOOMブルームなどを続けようとしたが比翼は手を広げて前に突き出す。掌を見せるだけではなく比翼は喋る。


「今さっき気づいたけど、

ゆっくりと語り合うような事を言って観賞会になっている!」


「言われれば…そうだね」


しばらく沈黙が続き破るのは笑声だった。俺は何が面白く、こうして笑っているのが詰まる所よく分かっていない。

けど分かる事は温かい雰囲気だからこそ一緒に笑いが生まれたこと。

比翼とアニメを一気観していると呼び鈴が部屋に届く。時刻を手元に置いていたスマホで確認すると

14︰29と小さく表示されている。


「どっちのおねえちゃんかな」


比翼からすると皆が年上だからおねえちゃんに当て嵌まるのか。

炬燵の誘惑に屈しそうになりながらも抜け出して玄関に早足で向かう。

比翼も出て俺の後ろから歩く。

ドアノブを回して来訪者は花恋だった。


「こんにちは東洋お兄ちゃん。帰り道でドーナツ屋で買ってきたので今から一緒に……」


ハイテンションだった花恋が俺の後ろに立つ比翼に気づいて停滞した。


「あー、また悪い特異体質で知り合ったんだ、おにいちゃん」


仕方ない人だと背中に刺されるような視線を感じる。批難めいたものであり呆れが割合的に。


「な、な、なっ!!」


花恋は驚愕して唸るような声を出す。


「東洋お兄ちゃんは私が学校に行っている間に新しい女の子を部屋に入れたのですかああぁぁぁ!!」


活火山が噴火するように怒る花恋。


「そうなるよね。分かっていたよ。納得しないだろうけど聞いてほしい。

妹のようなポジションというか家族に近いと言いますか」


「東洋お兄ちゃんが何を言いたいのか分からないよ!」


俺も発言してから同意見だった。怒りを鎮めるため俺と比翼は奔走することになった。

やっと収まると花恋は「東洋お兄ちゃんだから」と一言で片付けられた。洗面所で入念に手洗いをしてから炬燵に入って気持ち良さそうにする花恋。


「長い付き合いに、どうせなるのだし自己紹介タイムに。

コホン、えぇー、私は広岡花恋。花を恋すると書いて花恋なのに読み方[かな]」


炬燵の上に右の頬を当てて横になる比翼は小さく頷く。けど、前はテレビなので第三者的にある俺は聞いていないのではないかと思う。

比翼は姿勢を正し始める。背筋を真っ直ぐに花恋の顔を見る。


「ふーん花恋か。名前の苦労する新規感が湧きますね。わたしは箙瀬比翼えびらせひよと言うのよろしくね」


比翼が手を伸ばして拍手を求める。花恋は小さく笑い伸ばされた手を反対の手で応えるのだった。

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