第28話  干物

 明けて翌日の昼、礼一と洋はズックの鞄を背に山を下りる。こいつはシロッコが用意したもので、苦玉の巾着と剣が入っている。最低限という言葉が相応しい中身だが礼一達は歓声を上げた。何しろ真面な武器を手にするのは久し振り。それがたとえ脇差程度の長さしかない剣であっても、棍棒に比べれば百人力の頼もしさだ。自然、足取りも軽くなる。

「あまり浮かれないでくれ。怖くて仕方ない。ん、それにそんな使い方じゃ駄目だ。頭上の木にぶつかる」

 上機嫌に刃物で遊ぶ二人にシロッコが苦言を呈す。彼の言う通り、山中で馬鹿正直に剣を振るえば、そこかしこに刃先が引っ掛かる。ましてや剣自体の扱いに慣れていない二人である。見ていてハラハラすること間違いなしだ。

「自分だけが怪我をするならまだしも、最悪仲間に被害が及ぶ。考えて使ってくれ。ん、これ以上酷くなるなら取り上げるぞ」

 忠告されて猶はしゃぎ続ける二人にシロッコが最後通牒を突き付ける。

「っ、すいません。ごめんなさい。大人しくしますから」

 手に入れたばかりの武器を没収されては堪らない。礼一達は急ぎ刀身を鞘に納める。

「それでこの後の予定はどうするんですか?」

「ん、街で必要なものを揃える。服や魔道具、食料なんかだな。君たちも苦玉だけでは限界だろうし、欲しいものがあったら言ってくれ」

 話題を逸らそうと口にした質問にシロッコが答える。一応食事に気を回していてくれたことに礼一はホッとする。臭い肉と苦玉だらけの日々は避けられた。これは本日より始まる野宿生活の暮らし向きを左右する大きな一歩である。どこかの船長の月面着陸時に残した言葉が蘇る。彼もきっとこんな気分だったに違いない。礼一の胸は感慨深い思いで一杯になる。

 勿論こんなことを某国国民が聞けば、大変に憤慨してハンバーガーを投げ付けてくるだろう。人類の偉大な飛躍を卑小な一歩で汚すなと。いやはや価値観というのは十人十色である。

 とまぁそんな戯け話はさておき、シロッコ率いる三人組はちょっとした行軍を終え、繁華街の人波に飛び込む。今回は獣人のなりそのままで歩いているせいか、物珍し気な視線を多数感じる。しかし意外にも喧嘩を売られたり、いちゃもんを付けられたりといったことはない。

「やっぱり軍服を着ているからですかね。有難いもんで誰にも絡まれない」

「ん、こんな衆人環視の元で軍人に難癖を付ける馬鹿はいない。第一忙しくてそれどころではないだろう」

 服一つでここまで変わることに感心する礼一であったが、そもそもこんな過密状態の人混みで足並みを乱そうものなら逆に皆から袋叩きにされる。嫌いなだけの獣人よりも稼ぎの邪魔をする阿呆の方が邪魔という訳だ。現金なものである。

「ん〝ん〝、面倒な場所だ。荷物は掏られないように注意してくれ。手癖の悪い奴がいた。まったく。そろそろ目的地だからそろそろ道の端に寄ろう」

 シロッコが脇から手を伸ばした男を殴りつけ、雑踏から抜け出すべく足を進める。礼一達も言われるまでもなく鞄を身体の前で抱え込み、前を往くその姿を見失わないよう首を伸ばす。群衆が押し合いへし合いする様はまるで腸の蠕動運動。三人は人糞が肛門から出で来たるが如くニュルリと集団から抜け出した。

「はぁ、苦しい。おっかねえ」

 人の熱気、それに酸素不足で死にかけた。

「お客さん、店の前で這いつくばらないでくれ。困る」

 無愛想な声が頭越しに響く。苦労して出てきたのが見えなかった訳ではあるまいに酷い言いざまである。

「血も涙もないな。親の顔が見てみたいもん.....。っと、これはどうも」

 罵声を浴びせた顔に見覚えがありすぎて礼一は固まる。あれだ、管理官のところで追い返されていた商人だ。

「誰だ?親なんかとっくに縁が切れている。品物を買わないならどいてくれ」

 どうやらこちらの顔は覚えられていなかったらしい。余計なことを言ったからか男の仏頂面が更に険しくなる。

「待て、客だ。中を覗かせてもらう」

 このままでは不味いと思ったのかシロッコが割って入り、いそいそと店内に乗り込んでいく。あれだけ偉そうに言うからどんなものかと思ったら店内は大分空いている。

 干物屋と呼んで良いのだろうか。店の棚にはズラリと肉や魚の干したのが並べられている。

「ん、君達も口にするものだから自分の目で見て選んでくれ」

 シロッコが商品を物色しながら、店の入り口で立ちんぼになっている礼一達に声を掛ける。そうだよな、携帯するとなるとこういうものになるよな。御馳走とは言わないまでもそれなりの料理を期待していた礼一は少々落胆する。しかしまぁ出来るなら少しでも美味しいものを食べたいと品物の吟味を始める。

「こいつなんか良さそうですけどどうですか?」

 白身の干し魚が目に留まった。身も崩れたりせずに綺麗に仕上がっている。これなら味も良いに違いない。そう思っていたが、シロッコには鮸膠も無く首を振られる。そいつは論外だと言わんばかりだ。何か選ぶ基準でもあるのだろうか。

「そいつは塩抜きしないと食べられない。旅の食料にはこっちの方が使い勝手がいい。調理せずにそのまま齧れる」

 店の主人が横からそれとなく教えてくれる。成る程な。あくまで栄養補給を目的とするなら余計な手間は省けるだけ省きたいものだ。しかし礼一が聞きたいのはそういうことでは無い。

「味は保証する。そんじょそこらの物とは違う。材料はなるたけ新鮮な内に加工して、煙で匂いまで付けてある。臭みがないのは勿論、旨味もしっかりある」

 そうとくれば買わない手はない。主人の言葉に礼一の心は決まる。それにしてもこの主人、売り物のこととなると急に生き生きしだしたな。さっきのぶっきらぼうな様子が嘘のようだ。

「ん、こっちは大体決まった。君達はどうだ?」

 そうこうしている内にシロッコが買う物を決めたらしい。礼一と洋も其々目星を付けていた品を手に彼の元に向かう。会計はシロッコ持ちで干し肉、干し魚をいくつか買って金額もそれなりになったようだ、多分。

 礼一達には金銭の価値が分からないし、自由に出来るお金もないのでそこら辺は投げっぱなしだ。シロッコが取り出した貨幣の多さで値段を予想するしかない。早いところこういった基本的な知識を埋めるようにしなくては。後でシロッコに質問しようと頭の中でメモを取りつつ礼一は店を出る。

「はぁー、行くか」

 憂鬱に息を吐くシロッコに連れられ、ごった返す人群れに舞い戻る。普段伸び伸び暮らしているせいかこういう場所は大層息が詰まる。



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