妖魔の巣食う森
「睡眠が要らないからって、すぐに探索に向かわされるなんてねえ」
「いいだろ、どうせ近いんだから」
ミデレーリアから少し離れた場所に、ダークブラウンの樹木で埋め尽くされ、光は葉により遮られる陰鬱な森がある。
妖魔の森。
いかにも、妖の類いが現れそうな雰囲気ではある。
そして、フララとチエは、直接そこへ向かわされていた。
しかし、ここも探そうと提案したのはフララである。言い出しっぺが責任を負わされたのだ。
「確かにこんな場所、人は寄り付かないだろうな。わざわざここを通らなくとも、鉄道があるし」
地面には、苔らしきものも見える。ジメジメしているし、彼らにとってはちょうど良い環境だろう。
「魔女の住処と言われてもいるくらいだからね」
「魔女?」
「ああ。この森は、エルファーリン、アンジェル、ミステカに囲まれているだろう?だから、魔女が住んでいるという言い伝えだけが残っているのさ」
妖精の村エルファーリン。
神託の郷アンジェル。
そして、魔女信仰の本山ともいうべき、魔女の村ミステカ。
三つの地域の伝承の中には、同一存在であろう魔女が登場し、妖魔の森で暮らしているという。
魔女は最初、恐れられていた。しかし、魔女は人々に恩恵をもたらした。金属の鋳造法や、薬の作り方などの知識を。
また、妖魔の森に迷い込んだ者たちは、魔女と出会い、無事に帰ることが出来たと言う。
それらの記録が、やけに生々しく語り継がれていた。
昔の人々にとって、魔女は尊敬の対象だった。しかし、今はどうだろう。科学技術の発展は目覚ましく、魔女の恩恵が当時どれほど有難かったものかなどと考える人はいない。となるとやはり、魔女というのは、人を捕って喰う恐ろしいイメージを抱かれ得る。
「なるほどな。そんな話があるのか」
フララの説明を興味深そうに聞く。
長く語り継がれれば、周りの環境も変化する。その本質の変化など、よくある事だ。
「とにかく、不気味な場所ってことだね」
「そんな不気味な森に何の用?」
前方からの声だった。
道の橋の草むらから、一人の少女が飛び出てくる。
薄黄色の髪と赤い目。見た目の歳は十代前半あたりか。
「妖魔の類いかね?」
「間違っちゃいない」
少女は、右の手のひらを上に向け、横にまっすぐ伸ばした。すると、背後にナイフが浮かび上がる。
「だから、帰りな。ここは人間の来るところじゃない」
「悪いね、生憎こちらも妖魔の類いで」
フララは、いつもの服ほど広くはない袖口を自分の口に添えながらニヤリと笑い、言った。
「居なくなったお姫様の安否を調べに来ただけさ。それさえ済めばすぐに帰るよ」
その言い方は、まるで。
「居なくなったお姫様ねえ。何かの比喩?」
「いいや、比喩じゃない。その依頼が正式に来たんだよ、Elementsまでね」
「Elements。なるほどね」
まるで⋯⋯。
「そんなの見つかるわけないじゃん。どっかで平和に暮らしてるみたいでしたーって報告しときゃいいのに。どうせわかんないよ」
「ああ、そうだね。確かにそれでもいいかもね」
とても遠回しな会話。
なるほど、確かに言い出しっぺはフララだった。
最初から、知っていたのか。ティリスがどこにいるのかを。
フララなら有り得ない話ではないのがまた恐ろしい。
しかし、あの少女は一体誰なのだろう。妖魔の類だというが。
まさかあれが本人?いや、違う気がする。ティリスが表に顔を出すことこそ少なかったものの、金髪ではなかったはず。もっと寒色系の⋯⋯。
いいや、はっきりと思い出せない。
「もういいでしょ、探したって見つからないよ。とっとと帰りな」
「そうだねぇ。見つからないなら、探しても無駄なだけ。早く帰って早く報告しちゃおうか」
「そうだな」
いつも軽く言っているが、預言とは何なのだろう。
神が授ける言葉というのはわかるが、一体どの神だろう。この世界には神が多すぎる。固有の神は存在しないとしたら、わざわざこの世界の住民に預言をするのは何故か。ただの気まぐれで済んでしまうかもしれない事だが。
そんなチエの思考も、とある場所にまでは至らなかった。そう、自分たちがここへ来ることとなった原因は。
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