第32話 塩を取り返せ

 三日後、工房に風を入れに行くとダイモンテが待っていた。

 ダイモンテが真剣な顔で尋ねる。


「塩の運搬先から連絡が来た。予定通りに塩を運んでいいのか、との話だ」

「今は危険だろう。あからさまに屋敷が見張られている。どこか郊外の場所を指定してくれ。俺が集団転移の魔法を使う。塩が五十袋なら一緒に工房まで飛べる」


 ダイモンテは感心した

「何だと? そこまで大規模な集団転移が使えるのか。人間にしてはやるな」


「任せておけ。塩は必ず工房に運んでくる」

 ダイモンテは地図を見せて村外れにある丘を指定した。


 フィビリオは屋敷の門に鍵を掛けると、外出する。

 外は曇り空だった。


(何か、嫌な空だな。運ぶ品が塩だし、さっさと決着を付けるか)

 道を歩く。誰かが尾行してくるが、まるわかりだった。


 村の中を適当に歩き、雷鳴閃で高速移動して、軽く振り切った。

 ダイモンテが指定した場所で待つ。三台の荷馬車がやって来る。


 荷馬車の御者が厳しい表情で尋ねる。

「ダイモンテさんから連絡があった。フィビリオとはあんたか」


「そうだ。塩はここで受け取る」

 御者は戸惑った。


「塩を運ぶ荷馬車はないし、積み下ろしする人間がいないようだ。本当にここに塩を置いて帰って、いいのか?」

「いいから、いいから、雨が降る前に置いていってくれ」


 三台目の荷馬車から人足が下りてくる。人足は一台目と二台目の荷馬車から塩の入った五十袋を草の上に置いていく。作業に関わる人間は、違法な塩を運んでいるとの認識があるのか、作業は素早かった。


 塩を降ろし終えると、荷馬車はすぐに立ち去った。

 フィビリオも集団転移で、塩ごと工場内に飛んだ。


「よし、ダイモンテ、塩を持ってきたぜ」

「纏めたほうが塩を運びやすい。こっちの六十袋の近くに積もう」


 ダイモンテと一緒に塩の袋を移動させていると、雨が降ってきた。

「雲行きが怪しいと思ったら、降ってきやがったな。もう、少し遅れていたら、塩がいたむところだった」


 塩を積み終えると、ダイモンテが急にうずくまる。

「おい、どうした? 具合が悪いのか?」


 ダイモンテの表情は苦しそうだった。

「悪魔の力を封じる悪魔払いの魔道具が迫っている。おそらく、塩専売局の連中がここにやって来るぞ」


「ダイモンテは燻製装置の中に隠れろ。塩は一旦、塩専売局に渡す。だが、きっと俺が持って戻って帰ってくる」


「すまないが、頼む」

 よろよろするダイモンテに肩を貸して、燻製装置の中に隠す。


 工房のドアを激しく叩く音がする。

 扉を開けると、ラスムスを先頭に、三十人からなる役人がいた。


 ラスムスが冷酷な顔で告げる。

「悪いが今一度、工房を調べさせてもらうよ、フィビリオくん。今度は土嚢じゃなく塩を出してもらおうか」


「どうやら年貢の納め時だな。塩はこっちだ」

 フィビリオは塩の袋の前にラスムスを案内する。


 下の役人が袋を調べて、ラスムスに報告する。

「百十袋、全て塩です」


「よし、全て押収だ。フィビリオには縄を掛けろ」

「俺の扱いは雑でいい。だが、塩は丁寧に扱ってくれ。雨で濡れたら価値が下がる」


 ラスムスが厳しい顔で言い放つ。

「塩の心配より、自分の心配をしろ。これだけの塩を隠していれば死罪は免れないぞ」


「あんたも俺の心配より、塩の心配をしたほうがいいぜ」

 フィビリオは手首を縛られ、腰に縄を付けられて連行された。


 ラスムスは塩が発見できたのに満足したのか、ダイモンテの捜索を行わなかった。

 フィビリオは鉄格子が嵌まった石造りの牢屋に一人で入れられた。


 牢屋に他の人間はいなくて、フィビリオが一人だった。

 フィビリオは雨が止むのを待つ。夜になると雨が止んだので、牢番に尋ねる。


「俺の持ってきた塩はきちんと保管してあるんだろうな? 濡れたら溶けちまう」

 牢番は面倒臭そうに答える。


「塩は証拠物だからな。倉庫にきちんと保管してあるよ。塩の心配より。明日の取り調べの心配をしろよ」


「そうか。それで、その塩を保管してある倉庫はどこにあるんだ」

 牢番はけんもほろろに突き放す。


「そんなの教える必要はないね」

「魔術・ピュプノシス」


 牢番の目がとろんとなる。牢番は催眠術に掛かった。

「はい、倉庫の場所は――」


 牢番は倉庫の場所を親切に教えてくれた。

「魔術・マジック・セイバー」


 フィビリオは光る剣を出して握る。壁に向き直った。

「剣技・斬岩剣」


 フィビリオは光る魔法の剣で何なく牢の壁を丸く切断した。

 そのまま夜の闇を駆けて、倉庫に辿り着く。


 剣で錠前を斬って、扉を開けた。倉庫の中には押収された塩があった。

 集団転移で塩の袋ごとクラウスの工房へ飛ぶ。


 工房内に入ると、燻煙装置からダイモンテが出てくる。

「押収された塩を回収してきた。この塩を持って飛べるか?」


 ダイモンテは具合の悪い顔をしたが、請け合った。

「まだ、少しくらくらする。だが、クラウスが待っている。集団転移で飛んでみせるとも」


「そうか。頼むぜ、ダイモンテ」

 ダイモンテが集団転移を唱えると塩ごと消えた。


 フィビリオも工房に鍵を掛けると、走って村から離れた。

 二日後、森で野宿をしていると、武神がやって来る。


 武神は微笑んでいたわる。

「ご苦労様。きちんと塩はザフィード王国に運ばれたわ。クラウスさんはザフィード王国で、やり直すそうよ」


「そいつは良かった、なら、スタンプを押してくれ」

 フィビリオが魔法でスタンプ・カードと取り出す。

 武神が気の良い顔で二個スタンプを押してくれた。

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