第7話 邪龍の棲む山
ミランの街から、邪龍山と呼ばれる二千mの山が見える。山には邪龍ヘイズフォッグが棲んでいた。山の中には邪龍の宝物庫と呼ばれる場所があり、そこにフィビリオと武神はいた。
邪龍の宝物庫は直径二百m、高さ百mもの円柱状の広い空間である。空間の底にお宝が無造作に敷き詰められている。財宝は、かつてこの地を治めていた王国のものだった。
宝が放つ魔法の明かりが空間の底を照らしていた。
(こうして見ると圧巻だな、金貨にしていくらぶんくらいの価値があるんだ。数千万枚、いや下手したら一億枚は行くな)
宝物庫の番人であるヘイズフォッグは全長が二十mの龍である。ヘイズフォッグは龍として大きくはない。だが、全身を覆う黒い鱗は並大抵の魔法を弾き、武器も通さない。
(これが、ヘイズフォッグねえ。レベルにして五十かな)
邪龍山の存在を知った時にフィビリオはレベル六十を超えていた。
出現するモンスターのレベルは六十を越えはいないと思った。なので、レベルリングの対象から外していた。ヘイズフォッグとは初めて会う。
ヘイズフォッグが縮んで人間の形態を取る。ヘイズフォッグは簡単に説明をする。
「トイレは向こう。綺麗な水はそこ。煮炊きはあっち。ゴミはあそこに捨てて」
武神が確認する。
「ゴミの分別はどうするの? 燃える物と燃えない物? それとも価値で判断?」
「価値で判断して。ゴミ捨て場の先には、トロルの住処があるわ。トロルらが分別してくれるので、燃える、燃えないの、分別は不要よ」
フィビリオは正直な感想を告げる。
「トイレや綺麗な水が使えるのは嬉しいな。生活の質が大きく違う。温かい飯が食えるのも嬉しい」
ヘイズフォッグは軽い調子で頼む。
「それじゃあ、一週間。ここの守りを頼むわね」
武神が胸を張って請け負う。
「大丈夫、ここは任せなさい」
(任せなさいって。実際に守るのは俺なんだけどな)
重要な内容なので、訊いておく。
「倒した冒険者はどうする? やはり、殺すのか?」
経験値にならない殺生はしたくない。
だが、ここはヘイズフォッグの住処なのでヘイズフォッグのルールに従う気だった。
ヘイズフォッグは、さばさばした顔で告げる。
「敗者をどう処置するかは、その時の勝者が決めること。フィビリオさんが殺したければ殺してください。生かしたければ生かしてください」
(選択権が俺にあるのか。なら、殺さずに装備だけ剥ぎ取って外に捨てればいいか)
フィビリオは気になったので確認しておく。
「休暇中は自由だが、念のために訊いておく。バカンスって初めてか?」
(また、戻りたくないと駄々を
ヘイズフォッグは明るい顔で教えてくれた。
「私の場合はバカンスじゃないわ。子育ての一環よ。子供が七日後に巣立ちの日を迎えるの。それまで一緒にいてあげるわ。今まで一緒に過ごす時間は短かったからね」
(子龍が無事に巣立ったなら、戻ってくるだろう。今回は心配なしだな)
「あと、冒険者がここに辿り着くのって、どれくらいの頻度なんだ?」
ヘイズフォッグは、さっぱりした顔で簡単に語る。
「一週間に一組か二組、ってところね」
(なるほど、拘束時間が長いだけの仕事って触れ込みは、本当らしいな)
「そうか。それなら、問題ない。ここを任せて、親子水入らずの時間を楽しんできてくれ」
ヘイズフォッグが秘密の扉から出ていく。
武神が何もない空間から武具を取り出す。
次いで食料、水、鍋、テントなど、生活に必要な品を取り出す。
「必要な物は、ここに置いておくわ、じゃ、あとはよろしく」
(頼む方は気楽なもんだな。肩の一つも叩いて、じゃあとはよろしく、か)
完全な丸投げだと思う。だが、報酬を貰う立場なので文句は言わない。
下請けとはこういうものだ。
武具を装備して一息つくと、人がやって来る気配がした。
(間が悪いことに、もう一組目がやって来たのか)
「歩法・闇歩き」
音と光を消して闇と同化する、独特の歩き方。
闇の中で観察する。侵入者は五人。冒険者だった。
武神ならまだしも、この薄暗い中でフィビリオを発見するのは無理だった。
(ふむ、レベルにして二十五が六人か)
冒険者は用心しながら宝の山に近づく。けれども、誰も三m横にいるフィビリオには気づかない。
「魔術・ダークネス・ソード」
ダークネス・ソードは刀身の切れ味を零にする。その代わりに、肉体に与えるダメージを、精神に与えるダメージに変換する。
フィビリオほどの使い手が使えば、刀身で軽く撫でただけでも、常人なら気を失う。
後ろから近づいて、軽く後衛二人を背後から斬る。
どさり、と後衛の二人が倒れる。異変を察知して、前衛の三人が振り返る。
正面の男を斬って、右と左の男も即座に斬る。
三人は同時に倒れた。
(よし、これでうまく行けば。あとは誰も来ないな)
フィビリオは財布以外の五人の装備を剥ぎ取ると、転移魔法で街の近くに飛ばした。
(命があっただけでも、感謝してもらわないとな)
黙って暗がりで時間を潰すと、天井が明るくなった。
見上げれば、天井が透明になって月明かりが入ってきていた。
(月明かりに照らされると、月明かりを取り入れる素材でできているのか。なかなか風情がある)
武神が持ってきた食材を確認すると、生肉と牛乳があった。
(保存の利かない食材があるな。こいつから処分したほうがいいな)
シチューを作っていると、人がやって来る気配がする。
(本日二組目のお客だな。まあ、こういう日も、あるだろう)
シチューを弱火に掛けながら、入口に向かう。五人の冒険者がやって来た。
(今度はレベル三十か。若い火龍辺なら勝てるが、ヘイズフォッグに挑むには力不足だな)
歩法・闇歩きと魔術・ダークネス・ソードを組み合わせて、先ほどと同じように挑む。
結果は同じく気付かれることなく、五人を倒した。
五人の装備を剥ぎ取って、転移魔法で街まで飛ばす。
シチューを食べて、寝ようとする。また、人の気配を感じた。
冒険者を確認すると、今度はレベル二十にも満たないのが六人だった。
再び、歩法・闇歩きと魔術・ダークネス・ソードを合わせて気絶させる。
冒険者の装備品を剥ぎ取りながら考える。
(おかしい。ヘイズフォッグの話では、一週間に二組も来ればよいほうだと話していた。今日はこれで、もう三組目だ。話と違う。何か邪龍山で異常が起きているのか?)
六人の内、一人の男を縛り上げる。目隠しをした状態で気絶から回復させておく。
「起きろ。お前に聞きたい情報がある。正直に話せば、殺しはしない」
男は怯えた顔で訊き返す。
「何だ、お前は? お前が邪龍か?」
「どうだっていい。質問に答えろ。嘘を
「それは――」と男が言い淀むので、剣を鞘から抜く音を、わざと聞かせる。
男の顔色が変わった。
「抜け穴だ。アリーナの抜け穴を使って、ここまで来たんだ」
(抜け穴だと? そんなものが存在するとは厄介だな。でも、最近まで知られていない状況は妙だ)
「もっと詳しく話せ」
「ミランの街に掘削魔術の使い手のアリーナがやって来たんだ。アリーナは安全に進める抜け道を掘って、情報料を取って抜け道を教えているんだ」
「そうか、ご苦労だったな」
ダークネス・ソードで男を斬って気絶させる。
(抜け道を掘る魔導士か、ちと厄介だな)
気絶させた六人を転移魔法で街の外に送る。
冒険者がやって来た足跡を追う。邪龍の宝物庫から歩いて十五分の所に、不自然な傾斜を持つ円形のトンネルが空いていた。トンネルは二百mに亘って続いていた。
(邪龍山の詳しい地図を持つ高レベル魔術師の仕業か。これを放置しておくと、ヘイズフォッグは大忙しになるな。俺も、のんびりできない)
穴を塞ぐだけなら魔術・閉塞でも塞げる。だが、閉塞で塞いだ穴は魔術・トンネルで再掘削が可能なので、「魔術・キャッスル・ウオール」で石壁を出して穴を塞いだ。
(応急の処置として、これでいい、だが、相手は頭のよい人間だ。きっとまた、別の穴を掘ってくる。これは何か、根本的な対策が必要だな)
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