第五話 ミルキーウェイの死闘

 やはり、この戦いは避けられないのだろうか。

 月並みだが、僕はそんなことを考えた。

 呑気にうまい棒とんかつソース味を齧っている店主に尋常じゃない苛立ちを覚えつつも、僕は戦場の雰囲気を噛み締める。

 舞う砂埃、お日様の香り、そして子供の笑い声。駄目だ、噛めば噛むほど優しい味がする。ミルキーなママの味がする。

 それもそのはず、ここは駄菓子屋からそう遠くない公園なのだ。公園の内と外を区切るフェンスの向こう側には小さく我が家が覗いている。

 はっきり言おう。ここは戦場ではない、故郷ふるさとだ。

 なんというか、もう少しこの真剣な雰囲気に浸らせてくれてもいいんじゃないかと思う。何せこれは一世一代とまではいかなくとも、僕の中でそこそこ重要な戦いなのだ。廃工場とか、提案すればよかっただろうか。

 対峙する僕達を少し離れた場所から見守るのは、まるで楽しみにしていたテレビ番組を観るような表情の店主と、無表情の糖子。糖子は今も例の段ボールキャップを被っている。気に入ったらしい。

 さて、勝負を受けたは良いが、果たして僕が勝てる相手なのだろうか。生憎と身体能力には自信がない。

 砂倉朔すなくらさく。彼に恨みはないが、挑んでくるのならこちらも応戦する他ない。

 僕達は互いに銃を構える。僕の手に握られているのはツネユキイーグル二号。朔の手にはSAKUマグナム。なお、どちらも製法は全く同じである。

 何故製法が同じかといえば、決闘を申し込まれ、ルール決めをしたのが一昨日。内容が決まると、今度は昨日一日掛けてお互い自宅にてゴム鉄砲を制作したのだが――


 その日の夕暮れ時のこと。自分のゴム鉄砲が完成し、得意になって眺めていた時だ。

 携帯電話が鳴った。出てみると昨日聞いたばかりの男子中学生の声がした。

 なんでも朔は僕の物と違うより強い銃を作ろうとしたようだが、見事に失敗したとのことだった。そんなしょうもない理由で不戦勝しても仕方がないので、急遽僕が同じ銃をもう一丁用意することにしたのだ。解せぬ。

 僕はその時再び作業に取り掛かりながら、なんの気なしに一つ訊ねた。

「因みにだけど、お前は一体何を作ろうとしたんだ?」

「…………六連装回転式ガトリングガン」

 通話を切った。着拒した。


「お前はもう少し頭の良い子だと思ってたよ」

「き、昨日は……お世話に、なりました……」

 僕の作業量を倍にしてくれた張本人は、心底不服そうにそんなことを言う。

「……いやまあ、大丈夫なんだけどな。『銃を相手に作らせてはいけない』なんてルールは決めてないし」

「そ、そうだね。……本当にい――」

「――いいから‼ いいから早く進めるぞ」

 ああ、もうグダグダかよ。宿敵同士のやり取りがこんなものでいいのか。

 この後僕達は一人の少女を懸けて銃で撃ちあう訳だが、話した感じ朔の敵愾心が薄れている感が否めない。そして僕はこの会話がちょっと恥ずかしい。どうしてくれる。

 僕は気を取り直し、正確なルールを確認する。

「お互い、弾は十発ずつ。一発でも相手に当てられれば勝利。目に砂を掛けるなど、実際にダメージを与える行為は禁止。参加者以外への攻撃及び接触も厳禁。以上のルールを破った場合、即座に敗北とする。これで間違いないな?」

 ふと思ったのだが、たった十発しかないというのに、朔はガトリングガンを作ってどうするつもりだったのだろう。

「うん、大丈夫だ」

 大丈夫じゃねぇ、全然。

 相変わらず緊張感が湧かないが、そんなもの決闘が始まってしまえばどうとでもなる。

 僕達は互いに睨み合い、ゆっくりと初弾を装填する。

 素人が作ったゴム鉄砲に連射などという小洒落た機能は付いていないため、一発外したなら、次弾は装填し直さなければ撃てない。

 十発なんて言ったが、勝負は一瞬で決するだろう。

 店主の合図で試合開始だ。

「On your marks…set…」

「………………ん?」

 いくら待ってもなんの音もしない。そもそも何故陸上式。

 これはもう始まったということでいいのか。確認も込めて店主の方を見ると、指パッチンに苦戦していた。

 ツッコむのも面倒なので、僕は黙って待つことにした。

 そのまま二、三分ほどが過ぎ、朔の表情からも呆れが滲み始めた。そんな時だった。

「…………はい、スタート。スタートでーす」

『これは酷い‼』

 痺れを切らした糖子が勝手に合図を出すのと同時に、それぞれ二つの弾丸と嘆きの声が放たれる。

 弾はすぐに輪ゴムと判別できるほど減速し、僕達は互いに余裕を持って初弾を回避した。

 ……思ったより飛ばない。

 僕はすぐにその場を離れ、半球にいくつも穴が開いた形の遊具(呼称不明)に駆け込み、次弾を装填する。

 炎天下でガンマンごっこというのも中々辛いものがある。向こうがどうかは知らないが、僕は万年帰宅部でスタミナはお察し。早めに決着を付けなければ不味い。

 遊具の穴から覗き見ると、朔もまた姿を暗ましていた。集中が乱れていたとはいえ銃撃戦で相手見失うとかアホか僕は。

 いや、落ち着け。落ち着いて、相手の位置を予測しよう。この公園で身を隠せそうな場所といったら、僕が隠れているこの遊具くらいのものだ。恐らく彼は僕がここから出たところを狙うだろう。そこで一発躱せれば勝機はある。

 しかしまあ、殆ど無策のようなものだ。それでもやるしかない。

 意を決し遊具の中から飛び出すと、案の定横から撃ってくる朔。僕はそれを半ば転ぶようにしてなんとか回避する。

 当たった感触はない。

「よし」

「くっ」

 幸い向こうから見ても当たってはいなかったようで、こちらから目を離さず距離を取ろうとする朔に対し、僕は悠々と狙いを定める。

 そして引き金を引く。輪ゴムが発射される。が、朔は咄嗟に身を捻ってそれを躱す。

 互いに一定の距離を取っているため、互いの攻撃は外れに外れ、弾薬、即ち輪ゴムだけが減っていった。

 発射された輪ゴムは地面の砂と地味に色が似ていて若干見えづらい。それ故に、恐らく傍から見ている糖子や店主の目には、男二人が砂に塗れながら、玩具の銃片手に転げ回っているようにしか映らないだろう。……なんだこの図、気持ち悪っ。

 やがて、残る弾丸はお互い一発のみとなった。これを外した場合には、砂に紛れ込んだ輪ゴムを必死に探すという、最早おぞましいほどのグダグダ展開が予想される。

 ――次で決める。確実に当てる。朔の目にもまた、同じように強い意志が宿っていた。


『うおおおおおぉぉぉぉ‼』


 僕達は互いに銃を構え、雄叫びを上げなら相手の方へ走る。

 先に撃ったのは朔だった。距離は三メートルほど。そんな距離で撃たれたなら、輪ゴムといえど僕がそれを躱すには直感しか頼れるものがない。

 勝負はサッカーにおけるPK戦の様相を呈していた。

 僕が咄嗟に右へずれようとしたその時――

 ――少しぎこちない足音が聞こえた。子供の笑い声がした。

 僕に狙いを付けた朔の横から、小学校低学年くらいだろう、前を見ていない子供が近づいてくる。

 僕がそれを見ているうちに、輪ゴムが僕の胸を弱々しく叩くのが分かった。僕はそれに構わず、朔に呼びかける。

「朔、そこどけ!」

「え?」

 僕は、呆けた顔をしている朔を子供にぶつからない方向へ引き寄せた。

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