鉄人拳帝ガントレットセブン -機械仕掛けの友情-
オリーブドラブ
鉄人拳帝ガントレットセブン -機械仕掛けの友情-
頭上に轟く衝撃音によって、雨のように砂利が降り注いでくる。その中に混じる石飛礫から、鈍色の
すでに戦傷によって死に瀕している彼には、無意味に近しいと知りながら。それでも彼は、かけがえのない戦友を見捨てることは出来なかったのだ。
「もういい、フェリクス。お前だけでも、さっさと逃げろ。ここも、いつ戦闘の余波で崩れるか……」
「嫌だ……! 君にはまだ、返せていない借りが山程あるんだ!」
その戦友に促されてもなお、
――
電気信号により駆動する強靭な人工筋肉と、小型プルトニウムによる無尽蔵の動力を持つ、アメリカ海軍が完成させた白兵戦用強化外骨格だ。
使用時の被曝により、次々と装着者達が使い捨てられていくことから――開発者である
このスーツを着せられた兵士達は
(待っていてくれ、ジークッ……!)
それでも現地で戦い続ける兵士達にとっては、お互いがかけがえのない仲間なのだ。決して、使い捨てなどではない。
人体実験場を兼ねているこの敵基地なら、何らかの医療機器もあるはず。徴兵されるまでは医師だった彼は、その直感に従い周囲を漁る。
――地上の制圧を別働隊に託し、仲間達と共に地下施設まで進入してから、約10分。
迎撃してきた敵兵達を倒すことは出来たが、被弾した同胞からは絶えず血が流れ続けていた。頭部装甲も破壊されており、内側からは青い瞳とブロンドの髪が覗いている。
携行していた止血剤もすでに使い切り、他の仲間達も散った今、同胞を救うにはこの場で救済手段を調達するしかない。一縷の望みに賭けて、兵士は施設内を探り続ける。
(作戦前の情報によれば、奴らは人間を使った兵器の実験を繰り返していた。ならばあるはずだ、ジークを救う手段が――!?)
その一心で、彼は敵が遺した書類や機械を掻き分け、友を救う手立てを探し続けた。――そして、ついに辿り着いた。
辿り着いた、のだが。
「……これは……」
その
「……構わんぞ、俺は」
「いや……いや! 許されないぞ、これだけは絶対に!」
友を救える千載一遇の好機を前にしていながら、兵士はその手段を選べずにいる。「
だが同胞は、いかにも
「ジーク……これを実行するということは、人間じゃなくなるってことなんだぞ!」
「またお医者様ならではのお説教か? ……俺はな、フェリクス。命ってモノに貴賎はないと思っている」
「ジーク……!」
「限りある命だから美しいというのなら、俺の命など醜くてもいい。元より俺達は、
「……」
すでに同胞は、生身への執着を捨てている。彼の中ではすでに、人間としての尊厳よりも勝利への渇望が勝っていたのだ。
一片の曇りもなく、そう言い切る彼の瞳に打ちのめされた兵士は――敗残兵のような面持ちで、必要となる機材を運び始める。あくまで患者の心に寄り添うのが医師の在り方であると、少なくとも頭では理解していた。
――故に彼は、動かざるを得なかったのである。すでに手遅れだというなら、新しい体に取り替えればいい。そんな心なき「闇」へと、踏み込むために。
それが、そう望む友のためであるならば。
「ジーク、僕は……」
「迷うな、フェリクス。善であろうと、悪であろうと。俺達の中には何一つ、偽りなどないはずだ」
医師として許されないことを、友にさせようとしていると知りながら。同胞は彼の心理的負担を和らげるために、これから始まる彼の「所業」を肯定し続ける。
体を機械に取り替えるという、非人道の極致も。友を救いたいという、善良な想いも。全て真実なのだから、「闇」もろとも受け入れてしまえ――と。
(そうだ……フェリクス。お前は、それでいい)
そして悲痛に顔を歪め、脳摘出の手術を始める友を見上げながら。
命を救いたいという彼の願いと、戦争に勝ちたいという己の願いの、両方が叶う瞬間を前にして――同胞は、嗤っていた。
◇
かつてマルセイユの郊外で暮らす町医者だった、26歳のフェリクス・ロアンは、軍に徴兵され兵士となったが――争いを嫌う優しさ故に、新兵の頃から落ちこぼれと蔑まれていた。
そんな彼を励ましていたのはいつも、類稀な戦闘力と好戦的な性格で有名な同期――ベルリン出身の19歳、ジークフリート・ベーレンドルフだったのである。歳も国籍も性格も全く違う彼らは、それでも親友として意気投合し、共に戦い続けていた。
その友情は――侵略者との戦争が終わるまで、永遠だと彼らは信じていた。
「よし……後は起動スイッチを、機体側から入力すれば完成する。いいかジーク、今から伝えるパスコードを音声として入力してくれ」
「分かった……始めるぞ、フェリクス」
そして今まさに、それは現実のものとなって
「
「――
不死の体という、科学が生んだ闇によって――。
◇
「うわあぁぁッ! なんなんだアイツはッ!」
「総員退避、退避ィッ!」
フェリクスの手術を経て、不死身の鉄人となったジークは――その黒い鋼鉄の
ヒトの
「ククク……これだ、この力だ。やはりお前は素晴らしいぞ、フェリクス。お前と2人で、この突入作戦に志願した甲斐があったというものだ……!」
人ではなくなった哀しみを容易く塗り潰す、圧倒的な力が呼ぶ歓びに――好戦的な同胞は、険しい陽射しの中で打ち震えている。その全身を固める漆黒の装甲は陽の光を照り返し、妖しい輝きを放っていた。
「クソッ! たかが歩兵1人に、いいようにやられてたまるかァッ!」
だが、全ての敵軍がその力に慄いたわけではない。重戦車を駆り、黒く輝く改造兵士を轢き潰さんと迫る敵軍の戦車長は、怒りに満ちた眼差しでジークを射抜いていた。
「……それでいい。逃げる兵ほど、つまらん『的』はないからな」
その猛進を前に――仮面の下で薄ら笑いを浮かべる彼は、砂利を散らして高く跳び上がる。さしもの彼でも、重戦車を受け止めるほどのパワーはないのだ。
彼はそのまま、重戦車の頭上を飛び越し、背後に着地する。砲口さえ向けられていなければ、戦車などただ鈍重な鉄の塊でしかない――と、言わんばかりに。
「甘いわァッ!」
「……!」
だが、戦車長はそれを見越していた。砲身の背面には、死角に潜む対戦車兵を掃討するための機関銃が備えられていたのである。その銃口はすでに、背後に回ったジークを完全に捉えていた。
刹那。火を噴く銃口から矢継ぎ早に飛び出す弾丸が、容赦なく彼を襲い――その身を翻し回避に徹する彼の足元で、幾度となく砂が舞い上がる。
それらが生む、砂埃を掻き分けて――ジークが体勢を立て直した時には。重戦車の砲口が、決して回避できないほどの近距離で彼を捕捉していた。
「残念だったなァアッ!」
「……」
いかに強化外骨格で全身を固めている……とは言え、所詮はヒトの体躯に収まるような薄い装甲でしかない。重戦車の砲弾を真っ向から浴びれば、生身の人間とは大差ない結末を迎える。
ジーク自身もそれを理解していた。その上で彼は――嗤いながら。
「……そうだな、実に残念だ」
避けようともせず。棒立ちのまま、おもむろに大型拳銃を構えると――引き金を、引いていた。
次の瞬間、火を噴く銃口から飛び出した迫撃弾が。主人の意を汲むように空を裂き、駆け抜けていく。
「撃ッ――!?」
その先端が、ジークを狙う重戦車の砲口に消えたのと。戦車長が、砲撃を指示したのは。
「お前達の死に様を、間近で看取れんのだからな」
ほぼ、同時であった。
それが。
発射直前に「着弾」し、重戦車の内部で暴発した砲弾によって――内側から焼き尽くされて逝く、戦車長達に捧げられた「哀悼の意」であった。
猛火に巻かれ、隙間から滲み出る断末魔と。それすらも消し飛ばす、誘爆による四散。
その衝撃に舞う、破片の数々が。ホルスターに銃を納め、踵を返したジークの周囲に散乱し――改造兵士としての彼の初陣に、鈍色の華を添えていた。
そして。そんな彼の勇姿を、遠巻きに眺めるしかない兵士は――人の道を外れた哀しみを、友の喜ぶ姿で埋めざるを得なかった。
――
海軍が開発したGZに対抗するために、侵略者達が研究していた脳移植式人造人間第1号。専用の防護服を下に着込んでいるとはいえ、プルトニウムの影響により少なからず寿命が縮むGZの弱点を克服するべく、脳以外の全てを機械で固めている。
まさに人を人とも思わぬ、悪魔の兵器だが――多くの猛将を輩出してきた、軍の名門であるベーレンドルフ家に生まれたジークという男にとっては、まさしく「福音」であった。
「そうだ……そうだよ、きっとこれが正しかったんだ。僕はきっと、あんな風になってもらうために……!」
やがてフェリクスの瞳は徐々に、暗澹とした闇の色を湛えていく。
敬愛する親友が肯定してくれた自分を、受け入れるために。この力で仲間達を守ることが、この力を増やしていくことが、自分の存在意義だったのだと信じるために。
そして同胞の放つ迫撃弾の嵐が、逃げ出していく侵略者達の背を、蜂の巣に変えて。その光景を目撃した兵士が、歓喜の笑みを浮かべる瞬間。
「そうだ……そのためなら、きっと何もいらない。僕自身の、命さえも! そうだよな、ジーク!」
「この力を得られるのなら、俺如きの死など安い。……いつかお前が滅ぶとしたら、その時は俺も一緒だ。フェリクス!」
今から遥か昔、遠い灼熱の戦場で。彼らの友情は、冷たい機械に閉じ込められ――永遠のものとなった。
◇
その後、戦闘の余波により地下施設は崩壊。内部にあった研究資料や機材は破壊され、ジークは世界でただ独りの
それから間もなく、侵略者との戦争は終わりを告げたが――フェリクスはその後も、独学で研究を続けていた。ジークと同じ力を世に送り出し、再び兵士達にあの日のような「歓び」を齎すために。
その研究の副産物として開発された兵器群が、軍に多大な貢献を果たしていたことで――いつしか彼は、「プロフェッサー・ロアン」と呼ばれるようになったのだが。
彼自身はそんな称号になど、興味はなく。ジークに続く第2の改造兵士を生み出すことに、フェリクスは邁進し続けていた。より強力な兵器を生み出すことに、固執し続けていたのだ。
やがて、数十年後。研究の末に数多の
かつて
新たなボディと迫撃弾を手に入れ、「後期型」に生まれ変わった
飛行能力を持ち、上空からの掃討戦に特化した
巨大な砲台を搭載し、上陸戦に秀でた
全身に仕込んだ化学兵器による、屋内戦を得手とする
両腕の機関砲による強襲を目的とした、
銃器を内蔵した刀剣による、白兵戦を得意とする
彼らという「後期型」の存在が、ディスポロイドという兵器の恐ろしさを、世に知らしめたのである。
「
――そして。
「
最強の硬度を誇るボディを持ち、至近距離での格闘戦を本領とする7人目の男――
紅河博士の血を引く彼が、鋼鉄の拳士として生まれ変わった時。
ディスポロイドの中で唯一、フェリクスに反旗を翻した彼が、孤独な闘争の海へと漕ぎ出した時。
新たな戦争の、幕が上がったのだ。
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