第324話 注意散漫
「最初……川岸に近い民家が、突然、サーガに襲われたんだ」
キリトが情報を共有する。
「だからよ、初めは川を渡って来たのかと思ったけど、上陸地点が見当たら無ぇ。2日目以降は川岸に見張りを立てたんだが、いつの間にか街の中にサーガが現れやがった。1体の時も有れば、2~3体同時ってのもあって……ま、何体かは街の『外』に出たみたいだな」
「大群行の残党が、そんなに何体もこの街に入ってりゃ、いくらなんでもすぐに見つかってるはずだ」
ゼファーが続きを語る。
「街中を調べたが、サーガの影も見当たら無ぇ。川から渡っても来れ無ぇんだから、もう居ねぇだろうと思っても、性懲りも無くまた現れやがる。で、被害や目撃の情報を辿って行くと、倉庫地区が怪しいと分かって来たんだ」
「で? 調べたのかよ? 倉庫は全部」
スレヤーからの問いに、ゼファーは頷く。
「普通の倉庫は全部な。ただ、どっかの誰かさんが所有してる倉庫は『制限魔法』が施されててなぁ……」
ゼファーの視線がスヒリトに向けられた。
「……ウチの……父の倉庫か……」
「そう……お前ぇの親父さんの倉庫だよ。御丁寧に建物全体には『防御魔法』、出入り口には『立入り制限』までかけられててなぁ」
「立入り制限って?」
エシャーが会話に加わる。キリトが優しく答えた。
「外から中に入れる人間が制限されてるんだよ。特定の人物や、所有者の家族とかだけに……」
「あ、それなら知ってる! おじいちゃんの家もそうだった!……あ、じゃあ……」
状況を理解したエシャーがスヒリトに視線を向ける。その横でキリトが口を開く。
「調べたくても調べられなかったんだよ。扉からだけでなく、壁も壊せ無ぇときたからな。で、とりあえず倉庫の西と北の扉前に見張りを置いてたら……やっぱりオズマーンの倉庫から出て来やがった、というワケだ」
「知らん! 知ら無ぇよ! 父の仕事の内容は!」
スヒリトは慌てて疑惑の視線を両手で防ぐ。
「分ぁかってるってよ!」
ゼファーとキリトに睨まれるスヒリトの首に、スレヤーが腕を絡めた。
「グェ……」
「そんな倉庫に、親父さんがサーガを何体も閉じ込めてたなんて俺ぁ思って無ぇよ……」
「グ……離せっ!」
思わぬ弁護の言葉に反応し、スヒリトは急いでスレヤーの腕を引き離す。
「何だ? 違うのか?」
ゼファーもスレヤーの言葉に関心を示し、キリトも続ける。
「てっきり、オズマーンが新しい商売か何かでサーガを集めてんじゃ無いかって……違うのかよ?」
「分かった!」
突然、エシャーが嬉しそうな声を上げ、スレヤーに顔を向ける。
「その倉庫からあのトロル型が出て来たってことは……」
「そういうこったろ?」
スレヤーはエシャーに向かい片目を閉じて「ニッ!」と笑う。
「「アッキーが居る場所とつながってる!」」
2人同時に声を発すると、エシャーの顔にも見る見る笑みが広がる。
「おい、スレイ!」
はしゃぐ2人の姿に、スヒリトが
「お前ら、注意散漫だぞ! さっきから様子がおかしいし……何か企んでやがんのかよ?」
「ん? ああ……」
同じく怪訝な表情のゼファーとキリトの視線にも気付き、スレヤーは落ち着いた声で応じる。
「なぁに、面白くも無ぇ『サーガの残党探し』のお仕事が、もしかすると俺たちの『人探し』の答えになるかもって匂いがして来てな……」
スレヤーは足を止め、視線を目の前の建物に向けた。長い経年を感じさせるレンガ造りの大きな倉庫が、何棟か立ち並んでいる。その中でひと際大きく、古い倉庫の前には、見張りの男たちが数人かたまっていた。
「とにかく……」
スレヤーは視線を戻し、スヒリトに語りかける。
「まさかお前ぇさんが、その人探しの『鍵』になるとはな……さ、行こうか? オズマーン商会の御曹司さんよぉ!」
「は?……って……おい! ちょ……おい!」
スヒリトの頭をガシッとつかみ、強引に引き立てて行くスレヤーと、スキップをしながら付いて行くエシャーの後ろ姿を、ゼファーとキリトは唖然と見送った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シャルロの家を後にした篤樹とピュートは、「東の森」を目指して湖岸北側周回路を移動していた。
「カガワ……焦るな。盾の効力外に出たら、ヤツラに見つかる。ゆっくり歩け」
エルフの守りの小楯を握る左手を頭上に掲げ、ピュートは右手で篤樹の左肩をつかんだ。
「あ、うん……」
言われるがまま、篤樹は歩く速度を落とす。
シャルロの家の前で倒した2体の中型以外、まだ篤樹たちの存在に気付いているサーガはいない。ピュートの提案で、盾が持つ法力増幅効果を使い、直径2メートル弱の偏光魔法を発現させ、その「傘」に隠れながら移動して来たおかげだ。
村を見下ろす周囲の森の中にあと何体のサーガが残っているのかも分からない以上、無用な戦いは避けるべき……ピュートの意見に篤樹も心から賛同し、まるで「相合傘」のような格好での移動を続ける。
ふと目を向けた右手に広がる湖は「あの日」見た美しさの欠片も感じられない。習字で使っていた「洗筆用ペットボトル」の真っ黒な水を篤樹は思い出していた。
あ……橋も……壊されてたんだ……
周回路の半ほどまで来た篤樹の目に、臨会の橋がハッキリ確認出来る。遠目では分からなかったが、橋脚が何ヶ所も折れ、桟橋の大半部分はかろうじて分散されずに湖面に浮いているだけになっていた。
視線を道端左側の傾斜に移すと、腰かけ程度の石が目につく。
シャルロさん……
ガザルからの攻撃によって一時死の淵に落ちたシャルロを、篤樹の心肺蘇生術とエシャーの「電気ショック」でつかみ戻したことを思い出す。篤樹はそのまま視線を、北側斜面の上に向けた。
みんなは……無事に逃げられたのかな……
湖神様からの指示を受け、村人は皆、北の森へ避難して行った。シャルロたちは世界のどこかの「結びの広場」に無事脱出出来たのだろうか? 篤樹は改めて皆の無事を願う。
「適用範囲から出るな。俺の手が届く範囲を歩け」
再びピュートからの注意を受け、篤樹は慌てて歩調を合わせる。
「悪ぃ……ちょっと考え事してた……」
「カガワはホントに集中力が弱いな。……分散思考能力自体は良い。だが、全ての思考に同時集中出来ないのなら、最も必要な1つの思考だけに集中すべきだ」
ハイ、ハイ……篤樹は心の中で返事をする。両親からも先生たちからも言われて来たことだ。1つの事に没頭している時の集中力は高いが、一瞬でも他のモノに目が行くとすぐ注意散漫になってしまう「悪い癖」……自分でもいい加減に理解している。姉の真似で取り入れた、音楽を聴きながらの「ながら学習」は自分に向いていないことも分かって来た。だから最近の家庭学習時間には、音楽では無く「試験会場の音」というBGMをヘッドフォンで流してるくらいだ。
受験生なのに……
ふと頭に浮かんだ思いに意識が向く。
どうなるんだろう……高校受験……。3年の前期定期試験も6月って言ってたけど……通知表の評価が下がっちゃうかなぁ……。ってか、今さらだよな……大体……「向こう」にはもう帰れ無いだろうし……
「カガワッ!」
ピュートの声が耳に届くとほぼ同時に、篤樹は自分の目の前に現れた黒い影を認識する。直後、左脇腹に「熱い痛み」を感じた。
えっ?……何?
応じる言葉が口から発せられない。ピュートと共に歩き進む動作は自然に出来ていた。目は開いていたし、周囲の景色も視界に入っていた。しかし、注意散漫になっていた篤樹は、自分が「盾の傘」から出てしまっていた事に気付いていなかった。
「グシャララァ……」
目の前の影は、篤樹の首下ほどの身長だ。驚き視線を下げた篤樹は、それが「ゴブリン型サーガ」だと気付くのに少しの時間を要した。
グゥワガンッ!
視線を合わせていたゴブリン型サーガの顔が、頭から「ベチャッ」と潰れるのを、篤樹はスローモーションのように見ていた。サーガの頭を潰したのは、エルフの守りの小楯……それを握るピュートの目が、大きく見開き篤樹を見つめる。
あ……れ……?
頭部を叩き潰されたサーガの上に、篤樹は崩れ落ちるように膝をつく。ピュートは右半身で篤樹を支え抱きかかえる。盾を再び頭上に掲げ偏光魔法を継続しながら、ピュートは篤樹の状態を瞬時に診た。
「カガワ! おい、カガワ? 聞こえるか?!」
左脇腹に感じる「熱い痛み」に、篤樹はゆっくりと右手を近付ける。……が、同時に下げた視線が、手で触れるより先に「痛みの原因」を脳に伝える。
この……棒……槍? あれ? ゴブリン型に……突かれた……の?
「カガワ! カガワッ!」
遠ざかって行くピュートの声を意識の端に聞きながら、篤樹は身体の力が抜けて行くのを感じていた。目の前が真っ白な光に閉ざされる寸前、篤樹はレイラの言葉を思い出していた。
『チョロチョロとすばしっこいサーガは、考える前に倒すのが鉄則よ……』
……すみません……レイラ……さん……
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