第298話 ミスラの情報

『20数年前、愚かなエグラシス人が我らの地にやって来た……』


 ミスラは篤樹から促され、ゼブルンに語り始めた。


「20数年前……という事は……」


「ボルガイルの特別チームですな」


 ゼブルンの呟きにオスリムが答える。


「不老不死と死者の再生研究の材料として、ガザルの強力な生命体組織を得ようとしたようです。笑える話ですよ……永遠の死の存在であるサーガの親玉から『生命』を分けてもらおうなんてなぁね……」


 オスリムは掴んでいる情報をゼブルンに伝え、ヴェディスに目を向けた。


「……大賢者ユーゴと初代エグデン王の遺志を果たすため、この国は建てられ、歩んで来たのだ」


 ヴェディス自身、もはや「言い訳に過ぎない」と自覚しつつも、従来通りの魔法院評議会見解を述べる。しかし、一度決壊した「正義の建前」には、もはや何の力も宿っていなかった。


「ふん! 短命で愚かな人間種が、不老不死や死者の再生など手にしたところで英知を極める事など出来ん! 無益で無駄な時間を延ばすだけだ!」


 ウラージは間髪を入れずにヴェディスの言葉を一蹴する。ミスラは話を続けても良いのか、困惑顔で篤樹に目を向けた。


「なんか……みんな勝手に感想を言ってるだけみたいですから……どうぞ」


『そうか? アタシの話を聞かないでベラベラしゃべり出したからさ……ま、とにかく、そのエグラシス人達が禁制地に入りやがったんだ』


 ユフの民が言う「禁制地」は、ユフ大陸南部に在るという。エグラシス大陸北部と海峡を隔てた対岸の地、その森林地帯の中に「魔点」と呼ばれる場所があり、ガザルは300年前、大法老タクヤによりその地に封じられた。


 しかし20数年前、侵入したボルガイルたちにより封印術の一部が壊された。それが引き金となり、ガザル本体の活動が再開し、ユフの地でもサーガの群行が頻発し始めた。


 ユフの民……特にミスラが属するカミュキ族は、禁制地を守る役目を創世7神から受けていた。エグラシス大陸でユーゴによる魔法術が発見される以前から、カミュキ族はある程度の魔法術を発現する力を持っていたことに篤樹は驚きつつ、彼女の説明を翻訳し続ける。


「組成を理解し、構成をイメージし、発現させる方法を……創世7神から直接聞き、伝えられて来たということか……」


 ビデルとヴェディスは興味深そうに話に聞き入っていた。


『だからアタシたちはタクヤに封じられたガザルが完全に復活するのを、何とか阻止しようとしてたんだ』


 ミスラは、自分の言葉を唯一理解出来る篤樹に顔を向け話を続ける。


『でも、抑えようの無い力でヤツは復活を進めて行く。村の長たちは先人方の知恵を求めて、創世7神の宮を開現させたんだ』


「え? すみません……その『カイゲン』って……」


 ミスラの説明の言葉が理解出来ず、篤樹は訊き返す。


『ああ……創世7神の宮は、禁制地の西側に造られてたんだけどな、もう何千年も前に全体を岩山で覆い隠したんだ。7神の「力」を外に出さずに「地内」に留めるためにって指示をされていたらしい。だけど、そうも言ってられない状況になっちまったからな……長たちは宮を覆っていた岩山を取り除いたんだ』


 何千年も隠されていた創世7神の神殿が……


 篤樹はミスラの説明で、その「開現」された神殿こそが亮や香織が言っていた「新たに発見された創世7神の神殿」なのだろうと考えた。


 ……ってことは……亮と高木さんは……ユフ大陸に行ったことがあったのかも……


「アツキくん、訳してもらえるかな?」


 考え込んで黙った篤樹に向かい、ゼブルンが優しく促しの声を掛けた。慌てて篤樹は翻訳に気持ちを向け直す。


『長たちは宮の中で創世7神より助言を賜って来た。ガザルの復活を抑えることは不可能であること……そればかりでなく黒魔龍の力も急激に増大していて、数年内には姿を現し、再び全地に災厄を招くだろう、と。終わりの時に備えよとの使命を授けられたんだ』


「まったく……ボルガイルのヤツめ……こんなミスを犯しおって……」


 ヴェディスが悪態をついたのをビデルが聞き逃さず、促すように軽く肘打ちする。気付いたヴェディスは、ビデルの視線の先に立つピュートに目を向けた。


「あっ……いや……まあ、ボルガイルからは何も聞いてなかったから……」


「俺に言い訳をする必要は無い。『父』との関係は解消されたんだからな」


 ボルガイルの「死」について、ピュートはすでにビデルから知らされていた。ヴェディスの言葉に、ピュートは感情のこもらない声で応じる。


「カガワ……」


 ピュートはその返答の流れのまま、篤樹に声をかける。


「その女に聞いてくれ。創世7神は禁制地の魔点とやらに黒魔龍を封じていたのか? タクヤがガザルを封じる太古の昔から」


「え? あ……いや……黒魔龍は……」


 篤樹は思わず「自分が知っている情報」でピュートに答えそうになった。しかし、視界の端にレイラの鋭い視線を感じて言葉を切る。レイラは右手の人差し指を唇に当て「秘密」を指示した。


「なんだ?」


 ピュートが篤樹の視線に気付き、レイラへ顔を向ける。すでにレイラの指は下がっていた。


「……カガワ……続きを話せ」


 レイラと篤樹の動きに何かを感じ取ったピュートが、口調を強めて促す。しかし篤樹はピュートから視線をそらすと、ミスラに質問内容を伝えた。


『アタシたちも、ずっとそう思っていた。黒魔龍を封じている地が魔点なんだと……』


 ピュートが再び口を開く前に、ミスラが答え始める。


『だが、長たちが宮の中で聞いた話はそうでは無かった。魔点を抑えることで、この世界全体の 悪気あくきを抑えていたんだ。黒魔龍だけでなく、もっと巨大で、広範囲に広がる悪気をね。確かにそのおかげで、どこかに封じられている黒魔龍の力もある程度抑え込む効果はあったらしい。黒魔龍はユフの地ではなく、このエグラシスの地に封じられていることがやがて分かった』


 柴田加奈は……この大陸のどこかに封じられてるってことか?


 篤樹は通訳をしながら考えを巡らす。エルグレドが過去にグラディーの地で対峙した黒魔龍は、柴田加奈が創り出す思念体だった。エルグレドとレイラはミッツバンの情報から、本体である柴田加奈は今もグラディー山脈の地底深く……黒水晶の中で生きていることを突き止めていたが、まだ篤樹にその情報は伝えられていない。


『5年くらい前から、アタシたちの仲間がひそかにこの地へ渡り、黒魔龍の封印地を探し始めた……』


 ミスラの言葉が続き、篤樹は慌てて通訳を始める。


「言語も文化も違うユフの民が渡って来たのなら、私の耳にも入るはずだがな?」


 ビデルが質問とも取れる声の大きさで自論を述べたため、篤樹はミスラにそれを伝えた。


『エグラシス人と接触する必要は無い。アタシたちは地脈の流気を探るだけだ。それに、この地の民は国造りとやらにばかり気を向けている馬鹿共しかいない。そんな馬鹿共の持つ情報など、何の役にも立たない』


 篤樹はとりあえず、当たり障りの無い「意訳」に変え、ミスラの答えを皆に伝える。すぐに、ウラージが片眉を上げて反応した。


「地脈の流気? ふん! 異様な人間種だな。妖精種……我らエルフ族の真似事か?」


 ミスラが篤樹に視線を向けた。とりあえず、言葉のトゲを除いて通訳を続けるしかない。


『ああ?! エルフの乾燥クソジジイが偉そうな口をきいてんじゃ無ぇよ! そもそもエルフに地脈の流気を教えたのは創世7神だろうが! アタシらのご先祖さまと一緒に教えてもらっておきながら、何を寝ぼけたこと言ってんだこのジジイは!』


 ミスラはウラージを小馬鹿にするように言い放つと、そのまま話を続けた。


『まあ、いいや。アホは放っておこう! とにかくだ、黒魔龍が復活しちまったら世界が大変なことになっちまう。ヤツを地に抑え続けるためには、少しでも近くに寄って封魔の術を発する必要が有ったんだ。地脈の流気から黒魔龍の動きを探り出し、復活が間近だと分かった。そんで、封魔の術を施すためにアタシを含む15人が準備を進めていたんだ。そしたらよ、例の大群行が始まっちまったんだ。黒魔龍の前にガザルの封印が完全に解けちまったんだな。で、その混乱の中でアタシらはこっちに渡って来たんだ』


 15人? あれ? 遺体で見つかったのが12人で……ミスラさん合わせて13人のユフの民が渡って来たんじゃ……


 ミスラの言葉をつなぎながら、篤樹は自分の知っている情報との差異が気になった。当然のように「13人のユフの民」という情報を持っていたビデルたちも不審に感じたようだ。


「ユフから渡って来たのは、総勢で何人だったのですか?」


 一同の疑問を代表するようにゼブルンが尋ねた。ミスラは篤樹からの通訳を聞くと、呆れたように答える。


『なんだよ、話を聞いてなかったのか? 15人だって言っただろ?』


「あの、そうなんですけど……」


 慌てて篤樹が事情を説明する。


「ミシュバの町の近くで、えっと……遺体で見つかったユフの人の数が12人だったって分かって……それにミスラさんを足して13人なのかと……。それに、目撃情報も13人だったって聞いてたから……」


『ん? だから、先にこっちに渡って来てた仲間がいるって言ったろ? その2人を合わせて15人だよ。分かったか?』


 合点がいった篤樹がその内容を告げると、皆が納得したようにうなずいた。直後にレイラが口を開く。


「では、残りのお2人はどちらにおいでなのかしら?」


『あ? 戻ったよ。アタシたちの村に。客人を連れて』


「客人?」


 すぐに篤樹が訊き返す。


『ああ。3週間くらい前だったか……黒魔龍の流気を探ってて、エグラシスの中央山脈近くでデカい気を捉えたんだ。封魔術を発するために急いで移動したんだが、今にも黒魔龍が復活しそうな岩山の真上で、たまたまどっかの部族たちが争いをやっててな。一方のリーダーっぽい中年の男女を見つけて、すぐに避難するように声をかけたんだけど、話が通じなくってな。でもよ、アタシの兄貴がその2人と顔見知りだったみたいで……なんか、こっちに渡って来てすぐに助けられたとか言ってたな』


 3週間くらい前……中央山脈近くの岩山……中年の男女?!


 篤樹は途中から通訳を忘れ、ミスラの話に相槌を打ちながら聞き入っていた。


『とにかく、ゆっくり状況を伝えるヒマも無かったからな。兄貴と仲間が2人を強引に避難させて、他の連中もアタシらが可能な限り避難させたんだ。かなり危ないタイミングだったけどさ……。直後に黒魔龍の悪気が急に高まって、山の中腹くらいから上を全部吹き飛ばしやがったんだ。で、まだ具現化前だったヤツに向かって、アタシらは四方から封魔法を発して、一応、地に押し戻したんだ』


「それで! その2人は?! ねえ、ミスラさん!」


 驚きと期待が、篤樹の形相を強張らせる。鬼気迫る篤樹の問い掛けにミスラは目を見開き、答えた。


『え? あ……だからさ……兄貴ともう1人の仲間が助けてさ……で、そん時に変な光が4人を包んだんだよ。そうしたら兄貴が「この2人を連れてすぐに戻らねばならん」って急に言い出して……とにかく兄貴が言う事だからな。2人も何か了解してるみたいでさ……そこで別れたから、今頃はもうユフに戻ってるんじゃないかなぁ?』


 間違いない!


 篤樹は引きつったような笑みを浮かべ、ミスラの両肩に自分の両手を載せた。


 亮と……高木さんだ! やっぱり……生きてたんだ!

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