第47話 散歩

 テリペ村に着いたのは、太陽が西の山に隠れ始める頃だった。


 ゆるやかな起伏きふくのある丘陵地きゅうりょうちに、数軒すうけんずつがまとまり点在している村だ。村全体を囲う壁は無く、家々はまとまり毎に低いさくで囲われている。


 馬車は集落群の中央付近にある、2階建ての建物前に着いた。1000人ほどが暮らす小さな村だが、駅馬車が止まる村とあってか旅人を珍しがる雰囲気は無い。エルグレドは宿前の馬車置き場に馬車を着ける。


「さて、今夜お世話になる宿ですよ」


 そう言って御者台から降りると、馬の連結帯を外しにかかる。篤樹がほろの中をのぞくと、まだ夢うつつという感じのエシャーが荷台の床にペタンと座り込みボーっとしていた。レイラはさっさと荷台の後部から降りていく。


「エシャー、着いたってよ」


 篤樹は御者台から荷台に移り、エシャーのそばに寄る。


「おはよう……ここ……どこ?」


 エシャーは「立たせて」とでも言うように右手を出して尋ねた。篤樹が手を貸すと、とりあえず「お手」のように自分の手を乗せてきたが……だからと言って立ち上がろうという気力は伝わって来ない。


「眠い……ふわぁ~!」


 篤樹の手を握ったまま両手を上に伸ばし、大きく伸びをすると再び脱力状態になる。


「お前、よく寝るなぁ。昼食べた後ずっと寝てたじゃん」


 あきれ声で篤樹は言うと、腕に力を入れてエシャーが立ち上がるアシストをする。エシャーは渋々しぶしぶ立ち上がり、もう一度大きな欠伸あくびをした。


「う~ん……気持ち良かったぁー!」


 今度は覚醒かくせいの叫びのように一言。パッと顔に生気がみなぎる。


「馬車って初めてだったけど、気持ち良いねぇ! いつまでも眠ってたい気持ちになる!」


 荷台後部から降り始めていた篤樹に向かい、同意を求めるようにエシャーが声をかけてきた。


「ルエルフ村には馬車がなかったもんね……あ、でもタグアの町でも乗っただろ?」


 先に降りた篤樹が振り向き応える。


「町で? あの時私『拘束こうそく』されてたから乗り心地なんか感じなかった!」


 エシャーは少しムッ! とした声で答え、荷台からストンと飛び降りた。あ、そうだった。あの時はエシャーとルロエさん……魔法で拘束されてカチンコチンだったんだっけ……


「だったね。ゴメン、ゴメン!」


「アッキーはずっとエルグレドさんの横だったの?」


「うん」


「あの台、お尻が痛くなかった?」


 御者台ぎょしゃだいは一枚板のベンチのような形だったので、確かに何度も「お尻のポジションチェンジ」を必要とした。そのおかげで、なかなか眠気には襲われなかったわけだが。


「少しね……」


 篤樹は正直に答える。強がったってしょうがないし……実際「座布団」でも置けば良いんじゃないの? と感じる席だった。

 2人は荷台を周って馬車の前に行く。引き馬は連結帯を外され、レイラに引かれて宿の横にある馬小屋に連れて行かれた。エルグレドはほろ荷台を馬車着き場のくいに固定している。


「やあ、エシャーさん。やっとお目覚めですか? よく眠っておられましたね」


「おはようございます!……だって馬車の中ってずっと『抱っこ』してもらってるみたいで気持ちよかったから……途中で何回かは起きたんだよ!……でもすぐにまた眠くなっちゃって……」


 エシャーは寝起き覚醒で上機嫌なようだ。


「エルグレドさん、荷物は?」


 篤樹は家族で旅行に行った時の感覚を思い出していた。


 7人乗りの自家用車を父が運転し、母が助手席、姉と妹が真ん中の席で、篤樹はいつも3列目のシートだった。

 車内でワイワイ騒いでいたのは篤樹が小学5年生の頃くらいまでで、その後は姉も篤樹もそれぞれ自分のスマホやタブレットにヘッドフォンを繋ぎ、動画や音楽を聴きながらの車移動だった。文香だけは両親とペチャクチャしゃべってたっけ……

 目的地に着いても、荷物を車から出して運ぶのは両親だった。篤樹たちはタブレット画面を見ながら、荷物を抱える両親の後について行くだけだった。


 だから篤樹は今、エルグレドに対し自分から「荷物は?」と自然に聞いた事に、実は内心「あ、俺って気が利くかも」と自己評価している。


「あ、それじゃ……とりあえず私の袋を出しておいていただけますか?」


 エルグレドも篤樹の申し出を了解して指示をだす。何となく「旅の仲間の協力体制」が出来つつあった。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「隊長さん。私、少し1人で村を散策して来たいのですが、よろしくて?」


 宿に入るとすぐ、レイラがエルグレドに申し出た。エルグレドは少し驚いた表情を見せる。


「それは……構いませんよ。でも、夕食はこちらの宿にお願いしてますから、あまり遅くまで出歩かれないで下さいね」


「ええ、分かりましたわ。それじゃ……」


 レイラは右手を軽く上げて了解を示し、宿から出て行った。入れ違いに、2階の客室へ荷物を運び終えた篤樹とエシャーが階段を下りて来る。


「あれ? レイラは?」


 レイラがいないことに気付いたエシャーがエルグレドに尋ねた。エルグレドは宿帳やどちょうに記入をしながら答える。


「少し村を散策して来られるそうですよ」


 宿帳を確認する宿の主人に、エルグレドは宿泊費を渡し始めた。


「ええ? 良いなぁ……私も行きたかった! アッキー、私たちも行こっ!」


 エシャーが篤樹を誘う。


「あ、でも……」


 篤樹は「お勉強」の約束がある事を気にかけ、エルグレドに目を向ける。エルグレドは宿の主人にお金を払い終わった巾着袋をしまうと顔を向けた。


「どうぞ。せっかくの機会ですから。夕食の時間までには戻って来て下さいね。えっと……」


「食事は7時を予定して準備いたします」


 客対応に慣れている宿の主人が、にこやかに3人に案内をしてくれる。


「では遅くとも7時前には戻って来て下さい。私は少し資料の整理等を部屋でやらせていただいてますから」


「やった! じゃ、行こっ!」


 「保護者の許可」を得たエシャーは大喜びで篤樹の腕を引っ張り外に向かう。篤樹はエルグレドに顔を向け声をかけた。


「あ、じゃ、ちょっと行ってきます!」


 エルグレドは「隊員たち」を笑顔で見送ると、宿の主人に向き直る。


「ところでご主人、この村の被害は?」


「まあ……ごらんの通り、微々びびたるものでしたよ。偵察ていさつのサーガが数体うろついていたくらいです。防御柵ぼうぎょさくの中にまでみ込めない程度のヤツラでしたから、柵の外の家畜数頭かちくすうとうと農具小屋がいくつかやられたくらいで済みましたよ。本格的な『群れ』で来られてたら、もっと大きな被害が出てたでしょうがね……」


 エルグレドは微笑みながら頷いた。


まもられましたねぇ」


「ええ。ただ……」


「ただ?」


 宿の主人の意味深な言葉にエルグレドは聞き返す。


「1人だけ行方不明者が出てまして……まだ見つかっておらんのですよ。もしかするとあの偵察のサーガ共にやられたのかもと、近辺を男衆で捜索したんですが……全く何も見つからなくって……」


「行方不明者……それは何日前ですか?」


「えっとぉ……先週の……うん。8日前ですな! 村に非常時対策室から伝令が来られた……次の日の朝にヤツラが現れて……で、村の法術士隊で退治した後、村人の安否確認をした時に分かったんです」


 馬車の駅村なのに……伝令が少し遅かったみたいですねぇ……


 エルグレドは緊急時の連絡体制を見直す必要を考えた。


「ちなみに、どなたが行方不明になられたのですか?」


「ベルクデじいさんです……まあ、ちょっと変わったじいさんなんで、ひょっこり出て来るかとも思ってたんですが……何せあの騒動から一週間以上経つんで、さすがに……」


 宿の主人が首を横に振る。


「そうでしたか……その……ベルクデさんはどちらにお住まいでしたか?」


「村の一番西の集合柵です。その中の一軒にお独り暮らしでして。じいさんがいないって気付いたのも、その集合柵の別の家の人間なんです。サーガが出た日の昼間には姿を見かけていたそうなんですが……」


「そうですか……無事に見つかるといいですね」


 エルグレドはそう言うと優しく微笑み、うなずいてみせた。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「アッキー、早く!」


 エシャーは宿を出ると、篤樹の腕から手を放し、柵の外の道までけ出していった。左右をキョロキョロと見回す。


「もう! レイラったら歩くの早過ぎ!……どっちに行ったんだろう?」


「エシャーはすっかりレイラさんと仲良しになったんだね」


 追いついた篤樹がエシャーに声をかけた。レイラに置いて行かれた不満を表すふくれっ面のまま振り返るが、ふっと笑顔になる。


「レイラって、さすが220年も生きてるエルフのお姉さんって感じで、色んな事を知ってるから話してると楽しいよ。アッキーも、もっと色々聞けばいいのに」


「俺は……もう少ししてから……ね」


 篤樹はレイラとエルグレドの間に時々感じる「割れたガラスの間に腕を通す」ような緊張感を思い出した。


 なんだろう? ものすごい美人だし、知性も高そうで言葉遣いも丁寧ていねいな「2人」なのに……いや、だからこそなのかな? 鳥肌が立つくらいに「ゾッ!」とする瞬間をあの2人には感じる事がある。まあ……出会ってまだ何日も経っていないから、距離感不明な不安から来る恐れかも知れないけど……


「もう……」


「どうするの?」


 レイラを見つけられず、立ち止まったままのエシャーに追いつき篤樹は尋ねた。西の山にしずみかかっている太陽は、なかなか姿を消したくない様子で、村をオレンジ色にめ続けている。


 結構が長いんだなぁ……


 篤樹は「ついこの間」まで、すぐに夕方が終わりを告げていた季節を思い出した。


 5月も半ばだもんなぁ……「こっち」も5月なのかな? 帰ったらエルグレドさんに確かめてみよう……


「……じゃ、とりあえず向こうの森のそばまで行こっ!」


 エシャーは篤樹の左手を握ると、左方向を指差した。沈み行く西日を正面に受けながら、2人はテリペ村の西の森に向かい歩きはじめた……

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