第26話 あの日の気持ち
数日後の土曜日―――部活の見学帰りの篤樹は、
「ところで賀川ぁ? おぬし最近一部女子からの評価が急降下中だぞ? 知っとるかぁ?」
「はぁ? 何だよ、それ。知らねぇよ!」
篤樹はピンと来る。「
好きでもなんでもない子から
「りょっ子らが『鈴が
りょっ子……
「賀川は気付いておらんかったみたいだけど、おぬし、
「知らねぇよ!」
あー、そうだったんだ。俺、知らない内に女子人気上がってたんだ……
「ちょっとそこ座って話そっか?」
遥は急に思い立ったように、ちょうど横切ろうとしていた公園の入口へ進路を変えた。
公園に入ると、篤樹は手頃なベンチに
「……そりゃ
篤樹は何となく鈴の告白から姉との
「でもさ、たかが2学年違いの
「いやいや、別に『上から目線』って賀川が感じるのは別に悪ぅないよ。そう思ったんじゃろ? それはそれ。ウチが姉さまに同意してんのは『好きレベルの違い』じゃって」
ベンチの前に何本か埋め込んであるタイヤの一つに立ち、遥は語る。
「りょっ子達も同じ『レベル』なんやと思うよ。賀川が秋季大会で準優勝した後から、急に
「って、何? お前、なんか知ってたのかよ?」
遥は埋め込みタイヤを渡り歩きながら応えた。
「1年にも3年にも『にわか賀川ファン』が発生しとるぞ。……ま、この数日の間にだいぶ
知らないところで「ファン」が出来てて、知らない間に「減ってる」ってのは、知らないまんまのほうが良かったなぁ……
「あの子らにとって賀川は『好きな食べ物』と同じってこと。『ダブルかずきたち』みたいに、小学校の頃からサッカーやってる『スター選手』には手が届かんくても、2年の秋季大会でポッと出の『新スター』なら手が届きそうじゃろ? 一応色んなとこで話題にも上がったし、校内でも『有名』になったからのぉ。で、そういう『有名人』を『好き』になるファンというのも、ポッと出て来て当然てこと」
そっか。別に誰かに「好かれたい」とか「有名になりたい」とか考えてなかったけど、良い成績を残すとそんなオマケもあるのかぁ……
「このレベルの『好き』は、まあ、姉さまが言う高校生の『好き』とは違うかのぉ。目立ってるから、有名だから……ま、言うなれば『
小さな子どもの目の前に出されたお菓子……? なんじゃそりゃ!
「どういうことだよ、結局」
「分からんかのぉ……。つまり、よう知りもしないのに
「ん? じゃあ何?『よく知り合うために』とりあえず付き合ってみれば良かったのか? 俺は?」
「そうじゃない……よっと!」
遥は埋め込みタイヤからジャンプし、篤樹の前にトン! と着地した。
「断ったのは正解。問題無し! 悪いことは何もしとりゃあせん。今回のは鈴たちの『好きだから告白ゲーム』の
「巻き込まれ事故って……じゃあ、俺はどうすりゃ良いの?」
「いつも通りにやってれば良し! じゃないのかい?」
「そっかぁ? じゃあさ、姉ちゃんが言ってる『好き』ってのはどうなん? どう違うん?」
「どうなんだろうねぇ。わたしゃまだ中学生ですから分からんなぁ? その内に分かるんじゃないかのぉ。見た目で食べ物に飛びつくような『好き』とか、自己中心な恋愛感情の『好き』とは違う……なんとも言えない『好き』って気持ち。……世の人々はそれを『愛』と呼ぶ!」
遥はそう言うと後ろ向きに跳び、再び埋め込みタイヤの上に立った。
「いつか……分かるもんなんじゃろ……きっと」
もう一度そう言うと「ニマッ!」と笑い、並んで埋め込んであるタイヤの列を渡り始めた。
あーあ、好きとか愛とか恋とか……なんか面倒な話だなぁ。一緒に楽しく過ごせりゃなんだって良いじゃん。
遥と話している間に、
「ところでさ、遥ぁ」
「ん? なんじゃ?」
「お前ってば、いつからそんな……しゃべり方になったの? 前に、なんか好きなキャラのしゃべり方がどうとか言ってたみたいだけど……」
篤樹はついつい「変な」という一言をつけようとしたが、その一言を引っ込めて聞いてみる。
「んんん? いつからなのか、何ていうアニメだったのかは正確には覚えとらんのぉ。気になるか? やはり、おぬしも」
「いや、そりゃ気になるでしょ? 授業中は普通にしゃべってるくせにさ」
「先生方ん中には心無いモンもおるでなぁ。心許せる友に対してのみじゃ。喜べ、友よ!」
「なんだよそれ……」
篤樹は質問をはぐらかされた気がして、ちょっとムッとする。
「
遥は別に篤樹が気を悪くしたからというワケでもなく、何となくモノのついでのように語り始めた。
「小さな時から大好きだった従兄妹の兄さまが……好きなアニメだったんじゃ。ウチはまだ年長さんくらいじゃったかなぁ……初めてそのアニメ
「ふぅん。従兄妹の兄ちゃんの
「そ。陸上部に入ったのもその兄さまの影響。速かったんだぞぉ、兄さまは。中学の2年で県の大会で優勝もしたんじゃ! すごかろぉ?」
最後の一言はいつものしゃべりというよりも「福岡言葉」っぽい
「へぇ……そういやお前ってば九州だったっけ? こっち越して来る前」
「ああ、4年生の時までなぁ。生まれ育ちは福岡じゃ!
「お前、ホントにその従兄妹の
「そりゃもう、自慢の兄さまよ! 結婚相手は兄さまだと本気で考えとったくらいじゃ」
「んな、従兄妹で結婚なんて出来るかよ!」
「おや? 無知な
「え? マジで?」
「マジマジ! 小学2年生の時に、その
「ふぅん……で、『大人』になった遥はまだその夢を
遥の「恋ばな」なんて聞いたの、クラスで俺が初めてじゃね? なんて思いながら、篤樹は茶化すように問いかけた。
「結婚は……もう、無理じゃのう……」
埋め込みタイヤを飛び移る足を止め、遥は両手を開いてバランスを取り答える。なんだか……急に辺りの音が「消えた」気がした。いつの間にか、公園で遊んでいた子どもたちもいなくなっている。
「兄さまなぁ……家族で九州大会に向かう途中……高速道路で交通事故に巻き込まれてなぁ……。帰って来んかった……」
え? 交通……事故?
「熊本の病院に運ばれてな……でも3人とも……家族
遥はそのままストン! と滑るように埋め込みタイヤの上に座った。
「このしゃべり方しとるとなぁ、なんか兄さまが元気に生きとる気ィになれるんじゃ。『似てる! 似てる!』って喜んでくれとった笑顔が……まぶたに浮かんできてのぉ……大好きな兄さまに
顔を上げて話す遥の目から涙が
「ウチの『好き』はあの頃のままじゃ!
篤樹は、流れる涙を気にも
「いかん、いかん。思い出したら、なんや涙が止まらんよぉなってしもうたぞ……賀川ぁ、ハンカチあるかい?」
篤樹は部活バックの中からハンドタオルを取り出す。
「……ほら、これ」
投げ渡そうかと思ったが、落とすとマズイと思い直し、ベンチから立ち上がり遥に近づく。遥も埋め込みタイヤから立ち上がると、手を差し出し篤樹からハンドタオルを受け取った。
「ありがとぅ……な……う、うわーん!」
遥は、ハンドタオルを握りしめた手を顔に押し当てると、声を上げて泣き始めた。篤樹はどうすれば良いか分からず、そのまま立ち尽くす。その篤樹の
「会いたいよー! 兄さまに会いたいよー! あーん!」
篤樹はどうすることも出来ず、遥が泣き止むまで
―――・―――・―――・―――
「グズッ……グズッ……すまん……かった、のぉ。賀川……」
遥は5分ほど篤樹の胸を
「これ……月曜で……よいか? 返すのは……」
ようやく遥は篤樹の胸元から離れると、ハンドタオルでしっかりと顔を拭いて
「あ……ああ! もちろん、いいよ月曜でも火曜でも」
「いや、ホントに、すまんかったのぉ。ウチとした事が……
篤樹のハンドタオルを、遥は自分の部活バックに入れながら、
「誰かに見られてまいな?
コミカルな動きで辺りをキョロキョロと見回す。この子、なんか強いや……
「何やってんだよ。お前は忍者か!」
篤樹も笑いながら遥のボケにツッコミを入れる。
いつも通りだ。そうさ、あのドキドキは突然のことで驚いただけ。だって遥は友だちだ。卓也と同じ、一緒にいるだけで楽しい友だちなんだ。だから……
篤樹は、自分が遥の「涙」をみて変な感情になってしまったことを恥じた。それこそ、いつもと違う遥の姿に対し「珍しい食べ物に手を出したいだけ」の自己中心的な感情が起こってしまったのだと恥ずかしく思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
タグアの町の裁判所―――その一室に、篤樹はエシャーと2人っきりで、エルグレドが戻ってくるのを待っている。
村を サーガの群れに
自分と同じ歳の少女の身に起こっている
だから「2人っきり」の状況なのに何も話し出せないまま過ごす。その
「ゴメンね、アッキー……お父さんの裁判に巻き込んでしまって……」
「いや……そんな……エシャーが
篤樹は心の
「ビデルさんが、どんなつもりで僕らを証人に選んだのか分からないけど、とにかく、ルロエさんに不当な判決が出されないように……僕も頑張るよ」
「アッキー?『僕』って言うんだ、私にも……」
エシャーは
「あ、え?『
エシャーの表情が明るい笑みに変わる。
「私にはずっと『俺』って言って、他の人には『僕』って言ってたくせに。急にどうしたんですかぁ『僕』ぅ?」
「はぁ? 何だよ!『俺』が『僕』って言ったくらいで、そんなに変かよ!」
篤樹は耳まで赤くなるくらい恥ずかしい気持ちになった。同年代に対して「僕」なんて使ったのは……確かに久し振りな気がする。
「……ありがとう」
「は?」
エシャーは微笑んでいる。
「ん……ありがとう、アッキー。なんか、一緒にお父さんを助けるために頑張ってくれる、って気持ちが伝わって来て嬉しいな……ありがと!」
「俺」じゃなくって「僕」って言っただけで? 何だかよく分からない感受性だなぁ……まあ、でも……
「ああ、うん。一緒に頑張ろうな。その……ルロエさんのために」
「うん。お父さんのために!」
自分に何が出来るのか……いや、何も出来ないかも知れない。でも「大好きな友だち」と楽しく一緒に生きるため……一緒に笑顔で過ごせるためにも、自分が今出来る精一杯の力をかけよう。篤樹はそう心に
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