失って初めて気付く恋心の小説

辻野深由

The Over

The Over (1)


 雨宮あまみや零央れおはキレてしまった。

 それまではなんとか我慢できていた。だから、もう少しだけ我慢できるはずだったのに、堪忍袋の許容量を超えてしまって、そうなるともう自分でも制御ができなかった。



 クラスメイトの誰かが、別に友達でも知り合いでもない雨宮のことを文句も反論も言えそうにない陰気なキャラクターだと見て取ったのだろう、適当に他薦してきた。

 頬杖をつきながら最後列窓際の席で傍観していた雨宮は不意をつかれた。結果、のがれることかなわず、学級委員という不名誉な肩書きを負う羽目になってしまった。


 最初はどうでもいいと本気で感じていたのだが、時が経つにつれてふつふつと湧き上がった怒りが、そのまま沸騰して爆発した。


「ふざけんじゃねぇ」


 そうわめいたところで撤回なんて望めるはずもない。


 猛反発したせいでクラスメイトが雨宮を見る目はひどく冷たいものになり。


「ああそうかい。てめぇら、そういう人間かよ」


 吐いて捨て、机を蹴り倒し、教室を出てそのまま午前中に早退。それが入学式初日の雨宮がしでかした愚行のすべて。

 考え得る限り、最悪の部類の立ち居振る舞い。


 当然、教師たちからの評判もすこぶる悪くなった。同級生からは距離を置かれ、距離を縮める術もない。


 怒らせると手の付けようがなくて、友達もいない問題児。


 忌み子のような枠に落ち着いた翌日には、人権のようなものを失っていた。ほとんどのクラスメイトは雨宮を嫌煙するようになった。教師も同様だった。


 だというのに、学級委員の座から引きずり降ろされるとか、生活指導を受けるとか、そういうことは皆無だった。


 面倒くさい役割を押しつけた挙げ句、ほとんど誰もが雨宮を遠ざけたのだ。

 そんな扱いを受けていること自体がばかばかしく感じて、雨宮は次第に、気分次第で授業もサボるようになった。


 高校生活なんて、卒業さえできればそれでいい。

 人間関係なんて必要最低限でいい。

 興味も関心も、抱くだけ無駄で、抱かれるだけ面倒だ。


 誰と付き合うとか付き合わないとか――そんなものは自分自身で決めることで、他人に決められることではない。その在り方を陰キャだの協調性がないだの触れちゃいけないやつだのと好き勝手呼ぶのなら全然構わないし、不平不満もありはしない。


 キャラ付けなんて、他人が自分を理解するための記号でしかない。

 そういう行為に、本質的な意味なんて何もない。


 自分がどう理解されようと構わないから、他人に興味の持ちようがないという結論になる。


 他人を分かろうとするなんて行為そのものがおこがましい。

 中途半端に興味を抱くくらいなら無関心でいてくれたほうが何倍もありがたい。


 ――高校時代の友人なんて、たかが数年の付き合いなのだから。


 他人とは違うとか、俗世を捨てているとか、感性がズレているとか、すれているとか、イキっているとか、イレギュラーであるとか、そういう属性に憧れることもない。


 ただ、人より少しだけ勉強ができて、けれど、他人からしてみれば付き合い方と感情の発散の仕方がうまくない不器用な人間だってだけ。

 いつまでも不器用なまま、身体だけが中途半端に育ってしまった出来損ない。



 だから、こうなってしまったのも、悪いのは自分自身。

 人付き合いさえ上手けりゃ、こんなことにはならなかった。

 もっとやりようがあったろう。根本的にこうなることを防ぐことだってできたはずなのだ。


 そういう段取りや仕込みを怠って、自分勝手にキレて、やっちまったと自己嫌悪。


 もう、これで何度目だろうか。

 人様に迷惑を掛けることだけはするなと散々言われて育ってきたのに、気付けば十六歳にもなってこのザマだ。まったくもってイヤになる。



 そんなふうだから、数日経ってもクラスには馴染めない。友達なんてできやしない。

 溜まった鬱憤を晴らすためにやってきた、自宅から最寄りの駅に隣接するゲームセンター。その入口で雨宮は気合いを入れるように頬を叩く。呼吸を整えて、心に吹き荒れている激情を落ち着ける。


 すでに筐体の前にいるはずの相方には、弱さを見せたくない。

 もう一度、深呼吸をして、店内へと足を踏み入る。

 そして、格闘ゲームの筐体で真っ昼間から一人真剣にレバガチャをしている彼女に、雨宮は声を掛けた。


「悪い。待たせたな、エリナ」

「……お。やっときたかぁ、レオ」


 彼女が顔を上げる。嗅ぎ慣れた柑橘系の香水の匂いが、雨宮の鼻孔をくすぐる。

「こっから、代金は俺持ちで」

「お、そいつはありがたい。そんじゃ、よろしくっ」


 腰まで伸びたブロンドの髪をかき上げながら、パーカーの上から制服を羽織った真田さなだエリナが微笑んだ。

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