STORIA 38

直向きに歩を進めてきた末に破れ、泡と化した現実から芽生えてしまった感情。

自覚していなかった奥底で、首位に身を置きたいと望んでいる自分がいた。

特に取り柄のない僕だからこそ、仕事という舞台に対しては強い想いが生じていたのだろう。

だけど、欲しい物は手に入らなかった。

無難な生き方でいいと表面上を取り繕う自身が、解雇をきっかけに徐々に崩れ始めていた。

親友である都を、傷付けたいと想っているわけではない。

ただ時に、自分でも驚くような感情が溢れていることもある。

「羨望」が「疎む」気持ちに変わるのは、なぜだろう。

まるで、見えない何かによって故意に操られているみたいだ。

落魄れた醜い本能が露になるたびに、僕は置いてきぼりを喰らったような虚しさを覚えてしまっている。

はっきりとしていることは、僕は都のような人間には近付けないという事実だ。

もう、よそう。

こんなことを考えるのは。




周囲を見渡すと都は少し離れた先にある、別の土産物屋に足を運んでいた。

自分の背の後方から届く、小さく嗄れた口笛に僕はそっと振り返る。

「未だ、馬鹿の一つ覚えみたいに撮り続けているのか。都」

口笛を吹いていた男性が僕の側を通り過ぎ、都へと近付いた。

「秀蔵ちゃん」

都が嬉しそうに呼び名を発する相手は、随分と歳を重ねている。

「空港の外で待っていろと言ったのに、こんな所で油を売りおって」

溜め息を吐く初老の男性を、僕は見つめた。

もう、どのくらいの期間を愛着しているのだろう。

水鳥の柔らかな綿毛が詰まっていると想像できる、薄汚れた枯草色に染まるダウンジャケットを身に纏い、白髪混じりの一つに束ねることが出来そうなくらいに伸びた襟足の髪は印象的な物として僕の目に映った。

「黎、紹介するよ。こちらが、伯父の八尋秀蔵さん。釧路に移住してもう、三十年ほどになる」

「八尋?」

僕は、都にだけ届く声音で囁く。

「秀蔵ちゃんは、婿養子なんだよ。三十歳の時に養子縁組で、今は亡き奥さんの籍に入ったから。生まれは東京で旧姓も俺と同じ『暁』だけどな」

伯父の方に向き直った都が、僕の背中を軽く叩いた。

「秀蔵ちゃん。以前から話していた、俺の幼馴染みの黎。逢うのは初めてだったよな」

「初めまして。来馬黎と申します。都には、幼少の頃からお世話になっています。この度は……」

挨拶に続き、言葉を繋ごうとするまでの間に八尋さんの声が割り込み、遮った。

「お前さん。えらく、手荷物が少ないな」

彼は僕という人間を物差しで測るかの様にして、威風の漂う瞳を上部から慎重に降下させる。








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