STORIA 73

少しでも自分の想いを楽にしたくて、誰かの哀しみに癒える場所を探している。

僕は傷を抱え込む時にも独りで、またそれを癒し消す時もたった独りで居続けて来た。

哀しみは分かち合う事の出来ない物。

そう想う事が当然の物だった。

だけど出来る事なら、隣の席から聴こえる話し声の様に、大勢で笑い合い曝け出す"淋しい" の方がどんなにかいいのだろうと想う。




いつも何処か冷めた感情で漂う僕の心は、少し離れた位置から自分の脱け殻を見つめている事が多かった。

ただ、何となく僕の躰はここにあって、細く寂れた皮膚に絶え間なく脈が打つから、仕方なくこの日常を繰り返しているだけで。

呆れた眼差しで目にする自分の姿は、何だかいつも遠く離れた場所にあるみたいだったんだ。

自分自身の躰なのに、心が両足を支えていた事も朧気にしか記憶されていない。

そんな僕の躰に住み着く哀しみは、忙しさの中に存在する物じゃない。

それだけの人との感情の絡みが存在しない。

職を失った今は未来に馳せる想いもなくて、掘り起こした過去にいつまでも執着している自分と行く先も不確かな未来の末に映る、心まで痩せ細った自分の姿に想い悩む事ばかりを繰り返していた。

僕の居る現実はもっと淋しくて、酷く寂れた物だから。

誰からも構われなくなった現実に、僕を取り囲む人達が息を呑む間もなく心を忙しく悩ませてくれる事なんてもうない。

僕と誰かの心を繋いでいた糸は切り離され、今は見事に独り。

本当の寂しさを知ってしまった気がしていた。

僕は躰の中から水分を吸い取られた魚類の様に、干からびた感情で何かを諦めた目で自分自身を眺めていたんだ。

生きる為の時間も無駄にして。

それでも時は止まる事を許してはくれず、僕以外の人は皆、色々な想いを抱えながらも進む事を諦めてはいないのに。

僕は"淋しいよ" と曝け出す事さえも怖くて、足踏みだけを繰り返している。

皆、どれ程の辛さを表に出しているのだろう。

そして僕は何処から何処まで自分の気持ちをセーブすれば、それが正しい道と言えるのか。

――淋しい。

心が何度もそう泣いていた……。





母が何処の誰か分かりもしない男性に夢中になり始めて以来、今まで張り合っていた相手が姿を晦ませた真実は、僕の心に想いも因らぬ穴を開けてしまった。

母の居ない間、僕独り切りで過ごす家は勿体ない位の空間だった。

僕に辛く当たる主の人物が居ないという事は、広い空間で一人羽を伸ばせる、僕にとって自宅は最高の建物とも言えた筈なのに。

けれど僕もまた彼女の様に鍵を握り家を離れ、略一日の大半を外で過ごしていた。

勿論、画材一式を抱えて。

毎日が画材と向き合う事の繰り返し。

無理に躰を起こし外へと足を運んでいたあの頃の出来事が、今想うと自分には隠れた処でプラスにもなっていたのだと想う。

描きに行く為に外に踏み出す事を苦とはもう感じていなかった。

母と僕の帰りを待つだけの自宅は、使い捨てられた空き家の様に姿を影に潜めている。








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