STORIA 52

あなたが僕に憎しみの感情を抱いても、右京さんの想いが僕と相反する物でも、僕にはどうしてもああする事しか出来なかったのだと想う。

さよなら右京さん。

さよならお姉さん。

最後までこんな僕でごめん……"





今頃、お姉さんは書き残した僕の手紙に目を通しているのだろうか。

言葉で語るには酷過ぎた。

それでは余りに無責任だと想ったから。

だから今の気持ちをどう操ればいいのかも分からなくて、ただ一枚の紙に記したんだ。

僕は牡丹雪が静かに舞い降りる脇道を吐く息を凍らせ歩いた。





「冬君……!」

その時、冷気に息を切らし走り寄る女性の姿が僕の背中を呼び止める。

「お姉さん……」

彼女の瞳と向き合える勇気は僕にはもうない。

「……風邪、牽くよ」

僕は視線を外したまま、自分のコートを彼女の肩に掛けた。

「私……、あなたを責めている訳じゃない。ちゃんと分かってるよ。でも、あの時……」

"あの時すぐに誰かを呼んでいてくれたなら" と、僕の両腕を掴んだ彼女の指先から強い想いが流れ込む。

「お姉さん……」

「お願い、今は何も言わないで……。私、冬君の手紙に書いてあった事、本当は悔しくて仕方がなかった。どうしてこんな想いしか抱く事が出来ないんだろうって。だけど気付いて欲しかったの。死だけが苦しみから解放される方法じゃない事も、苦しみの中にも幸福は必ず訪れるんだって事を……。あなたにも見付かる筈だから……」

彼女が涙目のまま、自分の肩からコートを降ろす。

「これ、ありがと……。私もう戻らなくちゃ……」

「ごめん……」

心は詫びの気持ちで溢れていたのに、言葉一つで片付けてしまえる自分が歯痒くて堪らなかった。

何を言ったとしても、言い訳にしか受け止められない気がして。

自分自身にも……。

「……元気で」

「冬君も……」

お姉さんは涙を拭い顔を上げ、漸く最後に僕の目を見た。

右京さんはきっと彼女のそばに居て見守っている。

冷たく儚い姿ではあるけれど、優しく降りる雪となって。




僕はお姉さんに貰った鶴の置物を胸元の隠しからそっと取り出した。

きっと、この緋色には右京さんがお姉さんの為に込めた願いと、彼女自身の願いも込められていたんだ。

"苦しみの中にも幸福は必ず訪れる" 、お姉さんの残した言葉を呪文の様に繰り返し心に呼び起こす。

彼女なら苦しみも哀しみも全て宝だと受け取る事が出来るのだろう。

僕にも幸福は見付かるのだと彼女は言った。

後、何れ位の途を進めば……、どれだけ涙を流せばその真実は見えて来るのだろうか。

だけど……。

小さな緋色の置物を掴んだ指先が全身から込み上げる微かな震えを受け止めていた。

僕は口元でその置物を固く握り締めたまま、堪え切れない心の奥に何かが弾く音を聴いた。

視界より遥かに下方に最初の水滴が落ちる。

激しく心を崩し、降り止まぬ雪の中で幾分かの涙を流した。

"幸せになりたい……"、それがどんなに遠くて難しい事でも。

僕の心は未だこんなに動いている。








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