STORIA 43

「何?」

僕が朝食を食べ終えると、お姉さんはポーチの中から小さな置物を二つ取り出し見せた。

それは鶴を象った物で、配色は真紅とオレンジだった。

「これ、右京さんが私にくれた物なの」

「病室で?」

「ううん、ずっと昔に彼女の家で貰ったの」

「右京さんと以前からの知り合いだったんだ?」

「そう。これは私の胆石が早く良くなります様にって、右京さんがプレゼントしてくれたの」

「じゃあ、大事な御守りなんだ」

「うん。いつも不安な時にはこの置物を見る様にしているの。右京さんが私に元気をくれた様に今度は私が誰かの力になれたらいいのに……」

彼女は哀しそうに目を伏せる。

「ね、赤とオレンジどっちが好き? 片方、佐倉君にあげる」

「そんな大切にしている物、貰えないよ」

「大切……だからよ。これは私にとって幸福の置物なの。あなたの傷が早く治ります様に」

彼女は願いを込める様に言った。

そんな子供騙しじゃあるまいし、置物一つで何かが変わるなら誰も苦労なんかしやしないよ。

……なんて口が裂けても言えない。

彼女が余りに優しい目をしていたから。

右京さんから貰ったこんな些細な物が、彼女にとっては本当に大切で宝なのだという想いだけは確かに僕の胸に響いていた。

「じゃあ、赤い色の置物を……」

僕は彼女から受け取った鮮やかな色の鶴を、大切に胸元の隠しに了い込む。

幸福の置物、僕はそれを"幸福の鶴" と名付けた。

ちょっと綺麗な響きだけどね。




翌日、僕の病室では面会者が慌ただしく出入りを繰り返していた。

お姉さんと右京さんの各々の家族が心配そうに様子を窺いに来ている。

こういう時程、同じ部屋に居る事が辛い物はないよね。

何処かへ姿を消してしまいたかったけれど、僕は未だ食事中だったし、それに今日はもう疲れて眠ってしまいたい気分だった。

面会人は患者の為に持参した衣服や食物を渡し必需品等の整理をしている。

見舞いに訪れた人の表情には、心配そうに見守る哀しげな瞳の中にも頑張れと笑顔で語り掛ける姿も見られたけれど、その胸中は重々しく深い物である筈なのに。

だけど彼等の空間は温かく、僕にはとても羨ましい光景として映ってしまう。

この心はまた嫉妬しているのか、自分が手に入れる事が出来ない憧れの瞬間に。

お姉さんは嬉しそうに両親の話す言葉に耳を傾けていた。

右京さんも意識はない物の家族の人に交互に手を取られ温かく見守られている。

そんな両者の"守られている" 姿を心で感じ取る度に、僕は誰も訪れる事のない自分のベッド周りを見渡しては何度も虚しさが込み上げて来ていたんだ。

一飯の吸い物にさえ侘しさを感じて。

淋しさの末、僕は空になった茶碗に箸を置き、毛布を頭上から覆い目障りな眺めから視界を遮った。




「……君。佐倉君。寝ちゃった?」

厚い綿の生地を透いて、僕を呼び覚ます声が聞こえる。

「……何?」

僕はぼんやりとした意識で体を起こした。

面会者の姿はもうない。

僕はお姉さんに少しホッとした表情を見せた。








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