STORIA 24

人ってきっと自分より強い位置に居る者には逆らえない様に出来ているのだろうね。

どうしようもない位に自分が可愛い生き物だから相手に気に入られる為に、そして何より自分自身を守る為に今まで縁のあった物や人を簡単に切り捨てたり出来る物なんだ。

音羽もまた典型的なタイプだった。

手際良く適度な協調性を保つ事で人の枠から外される事なく自分にとって居心地のいい場所を手に入れている。

僕は誰かの誘いや親切心を断った訳でも、クラスメイトとの間に捩れを生じさせ仲違いを起こした訳でもなかったのに。

きっとそれ以前の問題だった。

僕は要らぬ存在だ、ここでもね。

母が、職場の人間が僕を扱う事実と同様にクラスの生徒の略全てに渡る者が僕の存在を軽賤し蔑んでいる。

だけど僕は崖際で哀しみに壊れそうな躰をやっとの想いで支えていたんだ。

今は未だ可能だ。

未だ自分を抑えて居られる。

僕を想い、この気持ちを考え行動を起こしてくれる蘭がそばに居てくれるから。

彼女が僕を庇う度にその優しい心が誰かに傷付けられたらと僅かに怯える事もある。

だけど蘭を慕い近付く生徒達は彼女を傷付ける事はなく、そばに居る僕だけを邪魔者扱いする様になっていたんだ。

ただ僕と一緒に居るからという、それだけを理由に一部陰で蘭を悪く言う生徒は居たけれど彼女が僕を想う気持ちに変わりはない。

蘭の言葉の片隅に、心から送り込まれる視線に伝う彼女の愛情を感じている。

だから僕は蘭なんだ。

周りに流される事のない健気で優しい彼女が好きだった。

自分の利益だけを考えて道を選ぶ他の人間とは違う。

彼女の想いだけが僕にとっては確かな支えなんだ。

蘭なら握った僕の手を離さずに居てくれる、ずっと。

僕を必要とする人が君以外存在していなくても。

それが未だ安心してここに居られる理由なんだよ。




文化祭も無事終了し寒さも深まり行く頃には、クラスは二学期末試験へと突入していく。

これもまた僕にとっては嫌な物の一つだった。

三学年になってからというもの試験の度に想わず頭を抱え込みたくなる悩み事に巻き込まれてばかりいる。

それも決して避けて通る事の出来ない物だ。

明日は現国と社会科、そして化学のテストが控えている。

帰り際、明日の試験用の時間割に目を移した一人の男子生徒が自信有り気な表情を見せ席を立った。

「景、明日の現国、勿論百点取る自信あるんだろ?」

「決まってんじゃん」

彼は友人の問いに躊躇いもなくそう答えると制鞄を軽く肩に担ぎ込み僕を流し見る。

「だよな──。景には強い味方が居るもんな」

彼等は互いの顔を見合わせ僕にちらりと視線を遣すと笑った。

「なぁ、秀才さん? 明日宜しく頼むぜ」

鞄を担いだ霧島景が僕に釘を刺すと、すぐに背を向け連れと共に廊下へと足を運ぶ。

僕は頷く事も首を横に振る事も出来ずただ黙って固く唇の両端を結んでいた。

霧島は僕の答案を当てにしている。

一学期始めの試験の時からそうだった。

今回もまた僕が埋める解答をそっくりそのまま書き写すつもりなのだろう。








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