虹戦記外伝「双子をめぐる人々」 episode 4

4 ケリー・バーグマン



 いつの間にやら12月に突入し、夕方外を歩くにはマフラーと手袋が欲しくなるような、ある日の午後のこと。 

 ケリー・バーグマンは、肩をいからせながら冬の大通りを歩いていた。

 かなりの美人なので、歩き方さえそれなりにすれば、すれ違う人が思わず振り返るほどなのに……

 会社でイヤなことでもあったのか、仕事がうまくいかなかったのかは謎だが、今の彼女はドスン・ドスンとまるで力士がしこをふむかのような歩き方をしていて、すれ違う通行人が1メートル以上は距離を空けたくなるような、そんな負のオーラをプンプンと発散していた。



 冬特有の白く見える息も、まるできかんしゃトーマスでもあらぶって走っているのではないか? と思えるほどにスーハーと激しく吐き出され、これまた周囲の歩行者をドン引きさせていた。

 寒さをたっぷり含んだ透明な空気のせいか、いつもより空が高いようにケリーには思えた。まぁそれは、多分に気のせいであったが。



 一応、ケリーは今年32歳になる。

 それは、この地球で生きていくための仮の設定である。

 実は彼女、地球人ではない。

 ある特別な事情から、遥か遠い星系からやってきた『宇宙人』なのである。

 宇宙は広いので、明らかに人間とはビジュアルが違う分かりやすい宇宙人も多いのだろうが、ケリーの母星である『炎羅国』という星の住人たちは、どこからどう見ても地球の人間と違いはない。

 ただ、平均寿命だけは地球人の2~3倍だというところは違う。炎羅国を襲いその支配を奪ってしまった「黒の帝国」という星に至っては、五百年から千年以上生きる者もザラである、というから驚きだ。



 ケリーには、重要なミッションが課せられている。

 地球に落ち延びてきた炎羅国の王女二人が、一人前に育つのを見届けること。

 そして、その二人の王女が自分の本来の正体に気付いた時、王位継承者を擁立して炎羅国を再興すること。これこそが、ケリーの悲願である。その使命のために生きているようなもので、その他のことは二の次三の次、が建前である。

 でも、ケリーだって人間である。さらに言えば、一人の『女性』である。

 自分の好きなことをする時間も欲しい。恋もしたい。

 でも現実は、本来の使命にプラスして地球で生計を立てていくいために就いている仕事もかなり忙しく、自分の時間すらなかなか取れない、という始末。恋をしたくても、出会いすらない。



 女友達は皆声をそろえて言う。ケリーのような、まるで映画女優といってもいい美貌を持ちながら彼氏の一人もできないのは、信じられない事態だと。

 かわいそうに、よっぽど運というか、「めぐりあわせ」が悪いのかしらね~と。

「そっか。私って可哀相なヤツなのかなぁ」

 ケリー自身は特に焦っているわけではなかったのだが、周囲が余りにも哀れむものだから、だんだん本当に「自分ってかわいそうなヤツなのかも」と思え始めてきた。こういうのも、一種の「洗脳」と言えなくもない。

 もちろん、自分の置かれた立場がかなり特殊であるため、「いつ死ぬか分からないし、いつ地球を離れなければならなくなるかも分からない状態では、たとえ好きな相手ができても迷惑をかけるだけではないのか?」という心配が、足かせになっているところはあるかもしれない。

 あと、寿命が地球人と違うため、相手が年老いてもケリーが見た目若いままだと、そこでも問題が生じる。(さすがにそんな時まで、ケリーが今の生活を続けられはしなだろうが)

 でも、それはいらぬ心配のし過ぎだ。そんな心配は、彼氏ができてから考えたらいい——。

 ケリーはそう考えて前向きになろうと頑張っているが、それでも判で押したような日々が続く中で、なかなか気分が上がっていかないのであった。



 ケリーが勤めているのは、『大海(おおみ)物産』という大手の食品会社だ。

 主戦力は、わかめやひじき・昆布など海産物系の乾物だ。あと、海苔やふりかけも扱う。彼女は一応社長秘書という立場だが、商才も買われて時々『課長代理』という立場で、販売促進課のアドバイザーも兼任している。

 ケリーは、幸か不幸か『できる』女だった。

 期待されるままに仕事に没頭し、社では初の課長(代理ではあるが)にまでなった彼女が気付いたときには、すでに地球人年齢30歳の坂を越えていた。



 会社勤めを始めてからのケリーの生活は、まるで判を押したように毎日が同じことの繰り返しであった。

 最優先事項である「王女たち(と、青の闇)の監視」だって、そうそう状況に大きな変化があるわけもない。で、やることは結局生活のための仕事。

 休日やアフター5は、部下の女友達と遊ぶことが多いのだが、彼女らには 『男』 がいるので、いつもつるめるわけではない。

 友人に男を優先されてあぶれた時の、ケリー独特の過ごし方はというと——

『お一人様』で映画館に行ったり。

 書店で、面白そうな小説やマンガを物色してきたり。

 そして、心の落ち着くイージーリスニングの音楽を流しながら、部屋で読書にふけったり。(あと、入手困難な三笑堂のチーズスフレをゲットしに、長蛇の列に並ぶとかもする)

 ケリーは、それはそれで満足していた。

 ただ、周囲からやいのやいの言われると、暗示にかかったかのように 「ずっとこれじゃいけないのかなぁ?」と、漠然とした不安に駆られるのだ。



 歩く途中、大きな公園の横を通り過ぎた。

 数人の小さな男の子が『仮面ライダー電王』ごっこをしているのが目に入った。

 変身ベルトをして、何やら剣のようなものを振り回している。

 最近のおもちゃは、昔と違ってかなり手が込んでおり、作りや光り方がかなりリアルである。



 ……私も、変身できるものならしてみたいわよ。



 同じ毎日の中で、自己というものが埋没しそうなケリーは、そう思った。 

 仕事はキライではないが、それはあくまでも生きるための手段。

 別にわかめやひじきの販売に、命をかけているわけではない。ましてや、一生を捧げるなんてとんでもない。でも、現状そう生きるしか選択肢がないのである。

 世の中の仕組みというものがヘンに完成されているせいで、どうあがいても食っていこうと思えばこの生活のループから抜けられないのである。

「……今更、お見合い、ってのもありえへんし。どうしたもんかなぁ」

 そんなとりとめもないことを考えている間に、ケリーは目的地に着いた。



「いらっしゃいませ~」

 自動ドアをくぐると、担当の小峰涼香(すずか)の元気な声が店内に響いた。

 ケリーの行きつけの美容院 、『アフロディーテ』。

 今日は営業先から直帰ということにして、真っ直ぐにやってきたのだ。

「今日は、お仕事の帰りですか?」

 ケリーから脱いだコートを受け取り、ハンガーにかけた涼香がそう尋ねてきた。

「ええ、そうなんでス。最近は景気が悪くてかないませんワ」



 担当の、美人で気さくなこの美容師とは、「多少の愚痴の言い合いは無礼講」というくらいまでの仲良しになっていた。

「リョ~カイ。協力の証として、明日の朝ごはんには、さっそく大海物産のひじきも食べますよぉ」

「ホントたのんますわ! 高齢化社会で売り上げに関しては横ばいとはいえ、最近の若い子がそーゆーの食べてくれないかラ。販売促進部としては深刻なのヨ」



 さっそく涼香は、椅子に座った奈津子の髪に鋏を入れ始めた。

「ヒジキ、感激!」

 奈津子の担当ではない、別の男性美容師が横でしょうもない冗談を言っていた。



 ……私はかろうじて意味が分かるけど、そんな冗談若い子には分からんぞ。

 てか、なんであんたが知ってる??

 秀樹といえば、バーモントカレーしか思い浮かばん。



 ケリーはだいたひかるから 『どーでもいーですよ』と歌われてしまいそうなことを思い巡らした。

「今日も、いつもどおりカットとシャンプーだけでいいですか? まぁ、ケリーさんは見事なブロンドヘアだから、カラーなんてやらなくていいとは思うんですけど」

 カットも終盤にさしかかって、涼香はそう聞いてきた。

「……そうねぇ。生まれてこのかた、髪を別の色に染めよう、なんて考えたこともなかったデス」

 そういう楽しみも知らないままでいいのか?とふと思ったケリーだった。

 判で押したような同じ繰り返しの生活は、ここにまでもその影響が及んでいた。



「ねぇ涼香さん。ワタシも、たまには髪色変えてみたほうがイイ、思いますカ?」

「ん~、そうですねぇ」

 涼香はちょっと考え込んで言った。

「確かに、ちょっと髪の色を変えてみるだけでも、気分が結構変るものですよ。何ていうのかな、『新しい自分』になったような気にさせてくれる、って言うか」

 そう聞いて、なぜかケリーの頭の中のイメージでは 『仮面ライダー電王』 がポーズを決めていた。

「そうよねぇ。いっそ、みんながビックリしちゃうような色とかいいかもデス」

 涼香は悪ノリしてとんでもない冗談を言ってきた。

「じゃ、『ショッキングピンク』 なんてどうかしら? 街行く人がみんな振り返ること間違いなし!」

 アハハハ、と一声高笑いしたケリーも、調子を合わせて言った。

「そ、それいいっ! それに決めたぁ!」 



 頭にカラーリング剤を仕込まれ、女性週刊誌を読んで40分ほどを過ごした。

 ケリーは、何だか得も言われぬ違和感を感じた。

 染まり具合を確認しにきた涼香も、まるで期限切れで傷んだものを食べたかのように顔をしかめた。

 二人は焦るようにシャンプー台に向かい、洗髪する。

 ドライヤーを当てて改めて乾いた頭を見ると——



 ピンクだった。



 ケリーは、鏡に映っているのが自分だとは、にわかには信じがたかった。

 美容師の涼香はあまりのことに、ハエでも飛び込んできてしまいそうなぐらいに、口をあんぐり開けていた。



 え……私、この頭で暮らすの? んでもって、会社に行くの?



「ちょ、ちょっと美香ちゃんったら!」

 涼香は、見習い美容師の美香を呼んで問いただした。カラーリング剤を塗ってくれたのは、彼女だ。 

 漏れ聞こえてくる会話から察するに、美香はケリーと涼香の会話を真に受けたらしい。普通は、ほかで何を聞こうが、お客様カルテに書かれたデータを見て最終的にオーダーを確認するのだが、何を思ったのか美香はたまたまそれを怠った。

 彼女はロックバンドに所属するような人物だったため、ピンクなどという色に染めることに『あり得ない!』と考え直す感性に欠けていたことも、災いした。

 文字通り 『ショッキングピンク』にするためには、毛染めに基本的な色の倍以上の時間がかかるため、幸いにもそれほど 『毒々しい』ピンクにはならなかったが、かなり目の悪い人が見たとしてもそれは……

 明らかに『ピンク』ではあった。



 改めて見ると、それはそれはすごい迫力だった。

 圧倒的な存在感を持って、強烈な個性をアピールしていた。

「あっはっはっは」

 怒るというよりは、何だか笑えて来た。

 あんまり笑えるものだから、涙まで出てきた。



 涼香も美香も、果ては店長や車で駆けつけてきたチェーン店の会長までが、これ以上はないと思えるくらいの角度で低く頭を下げて謝罪してきた。

 お詫びに今回の施術料と、次回髪を元に戻す分の料金はタダにさせて欲しい、との申し出を受けた。

 しかし当のケリーは、実際のところ『損害をこうむった』という思いよりは——

 むしろ『面白いことになった』というワクワク感のほうが強かった。

 だから、今回タダの分はありがたく受けたが、次回の分に関しては断った。

「まぁ、いいですヨ。これはこれで面白そうだしネ」

 


 店を出て行くケリーの後姿を、客も店員も、皆が固唾を呑んで見守った。

 それは、さながら戦場へ行く兵隊を見送って国旗を振っているかのような雰囲気であった。

 突然、自動ドアからぬっと歩道に出たケリーを見て、買い物カゴを腕から下げたお婆さんが立ち止まって、目を見開いた。はずみで、買い物かごからリンゴが一個、コロコロと転がり落ちた。



 ……アハハ。早速ビックリさせた第一号じゃ。



 ケリーは、何だか楽しかった。



 よせばいいのに、ケリーは色々寄り道をして帰った。

 スーパーで買い物をしたら、皆がカートを押してねり歩くケリーの頭に注目した。

 レジ係のバイトの女子大生は、商品のバーコードを器用に読み取りながらも、目はケリーの頭に釘付けであった。

 レンタルビデオ屋にも寄ってきた。

 通路ですれ違ったオヤジは、ケリーの頭に気付くと——

 気を取られるあまりに抱えていたアダルトビデオをバラバラと床に落としてしまい、慌てて拾い集めていた。



 翌日。角美屋食品本社にて。

 その生き物は、堂々と廊下を突き進んでいった。

 誰もが、息を呑んだ。

 お茶を運んでいた新人の女子社員は、お盆ごと茶碗を落とした。

 廊下をすれ違う社員たちは、のけぞって壁に背をつけた。

 まるで、海を真っ二つに割って真ん中を堂々と歩く『モーセ』のようだった。



 ケリーのその頭は、社内で圧倒的な存在感を示した。

 その日は、販売促進課の課長代理として動く日に当たっていた。

 販売促進課のドアを開けると、室内の空気が凍りついた。

「ひ、ひいいっ」

 部長は、カラムーチョのひいひいおばあちゃんのように高くわめくと、椅子ごと卒倒した。

 乾物を扱う会社内で、「自分たちの頭自体がわかめ」という中年男性社員も多い冗談のような現状の中で、ケリーのヘアースタイルは、まさに革命的と言えた。

 周囲の驚きをよそに、ケリーは変らず平常心で、業務に取り組んだ。



 ……不思議だ。

 何だか、やることが結構うまくいっちゃうよ。



 社内でも、いつもより業務の流れが円滑で、チームワークが不思議ととれているようにケリーには思えた。

 自分一人だけが張り切りすぎて空回りしていたのが、ウソのようだ。

 みな、明るい。いつもなら社員同士の間に流れる変なわだかまりも、ない。

 ケリーはこの日、久しぶりに『仕事が楽しい』と感じた。

 髪の色に関しては、「自分の意思ではなく、店側のミス」と説明すると、別におとがめはなかった。

 営業先でも、ケリーの頭は一大センセーションを巻き起こした。

 いつもより、倍も販売契約が取れた。

 意気揚々と大きな戦果を引っさげて凱旋したケリーに対し、部長をはじめ皆が彼女への声援と拍手を惜しまなかった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 

 一ヵ月後。



 ケリーは、髪の色を元に戻した。

 惜しい気もちょっぴりしたが、もうケリーには『髪の色と言う名の神通力』は必要なかったのだ。

 彼女は、この事件を通して人生を楽しくする極意を学んだ。



 ……そう、それは変身。



 誰もが、決まったルーティンの中で、流れにハマって閉塞感のなかであえいでいる。でも、ちょっとした気の持ちようで、発想の転換で、人生はとっても面白くなる。ケリーはそのことを実感した。

 別に、髪を染めることじゃなくたっていい。

 人生のスパイスは、手を伸ばせばいたるところにある。

 だから、もう私には、ピンクの髪は必要ない——。



 そして、時は流れて。

 昼下がりの公園には、子ども達と一緒に 『仮面ライダー電王ごっこ』 をするケリーの姿があった。

 つい最近、声をかけて仲良しになった。

「おりゃ、デンオー、ソード フォームじゃ!」

 怪人役のこどもを追いかけるケリーの目は、イキイキとしていた。



 しかし。守るために監視しているクレアとリリスに、いつまでも今のような平和な暮らしが続く保証はない。いつ、執念深い黒の帝国の魔の手が伸びてきてもおかしくはない。そうなれば、双子たちもケリーも、今の日常など簡単に消し飛ぶだろう。



 でも、そんなことをくよくよ考えて今この瞬間を気分よく生きれないとしたら、それはもったいない。

 明日を知れない身でも、今この時をよくできる限り、それだけを考えていこう。何か起これば、それはその時できっとどうにかなる——

 そう思考を切り替えたケリーは、一瞬でまた笑顔を取り戻した。



 しかも夜には、新しく開拓した取引先の男性社員との合コンが待っているのだ。




  ~episode 5へ続く~

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