episode 6 南条水穂
「……コーヒーでもお飲みになります?」
二階の夕凪さんのお部屋に通された私と月葉ちゃんは、用意してくれた座布団にとりあえず座った。無理もないと思うけど、疎遠な小学生時代のクラスメイト(しかもクラスが同じだったというだけで、大して仲良くもなかった)が、なぜ今いきなり訪ねてきたんだろう? と思っている様子が、思いっきり『顔に書いてある』と言えるほどににじみ出ていた。
しかも、これまた得体の知れない「巫女コスプレ少女」という連れのおまけつき。神社の営業か? と思われても仕方がない。
……って、自分で言っておいて何だけど、神社の営業、って何するんだ?
「つかぬことを尋ねてすまぬが、コーシーとは何か?」
「は?」
大真面目に聞く月葉ちゃんに、一瞬場の空気は凍り付いた。
「ええっと、そりゃあ濃い茶色をした、西洋の飲み物で…豆から……」
普段、コーヒーとは何かを説明する機会などまずない。そりゃあ、咄嗟だったら私でもそういうしかないだろうなぁ。
「わらわは、何というか、乾いた葉っぱをお湯に浸して作る……淡い緑色をした熱い飲み物がこの星にはあるであろう? あれが飲みたいぞよ」
「に、日本茶のことですか」
ぎこちない苦笑いを残して、夕凪さんは階下のキッチンにお茶を用意しに行った。バタン、と戸が閉まって、月葉ちゃんと二人きりになった時に思わず聞いた。
「コーヒー、知らないの?」
「うむ。少なくとも三百年前は聞かなかったぞい」
「……はいはい」
もう、こういう会話には慣れた。
「……どうぞ」
五分ほどして、夕凪さんは人数分の緑茶を運んできた。
「おお、かたじけない。うむ、所望していたのはまさにこれじゃ。大儀であった」
「はぁ。お役に立てたみたいでよかったです」
期待通りのものが出てきたようで、月葉ちゃんは上機嫌になった。テンションが上がった勢いで、さっき買った高円寺紀美子の演歌CDを袋から出そうとしたので(おい、今ここで聴かせてもらう気か!)きつい視線を月葉ちゃんに送って制した。
「……ふん」
一応、空気は察してくれたようで、CDの入ったレジ袋を脇に置き直してくれた。
「お主が、炎羅国の王女か?」
月葉ちゃんがなぜ夕凪さんに会う必要があるのかについて、まったく予備知識がなかったので、どんな用件なのか興味津々だったのだけど……いきなり、わけがわからない。
そんな意味不明な質問を、月葉ちゃんからいきなり投げかけられて、夕凪さんはさぞ困っているだろうと思ったのに。またこれが……
「はい」
……ええっ、そうなんかい! マジで?
そんな国、あった? 小学校の頃、世界中の国の名前を全部覚えるのに熱心になったことがあるけど、そんな国はなかったはず。名前の感じから中国の歴史のどっかであったっぽい名前だけど……世界史でもそんな国名、聞かなかったような?
「ケリーとかいう女に頼まれての。お主の加勢に来た」
「では、あなたもその……私がいた星系から、はるばるこの『地球』へ?」
「いや、わらわは一応『神』じゃからの。場所としてここにある、とか言えない『亜空間』に普段はおるのじゃが」
何、この感じ。
ぶっとんだ異常な会話してるのに、どうも月葉ちゃんと夕凪さんの間では「意味が通っている」みたいで、会話が成立している。
私だけが、取り残されている感じ。私一人だけ、まったく会話についていけない。何、その「宇宙から来た」とか、「月葉ちゃんが神様」とか。
テレビのコントで、お笑い芸人が扮するよぼよぼのお爺さんが「あたしゃ神さまだよ!」と言って笑いを取る番組を思いだした。冗談以外で自分のことを「神様」って自称するのは、あり得ないことじゃない?
「王女よ。お主はずっと地球におったじゃろうから感覚的に分かりづらかろうが、黒の帝国の魔の手は想像以上にこの星に深刻に迫っておるぞよ」
「そうなんですか。私の知る限りでは、『影法師』と『紅陽炎』という敵がいますが、それ以上に何かが?」
「なんじゃ、お主そんなことしか知らんのか。しかもじゃ、お主が名前を挙げたその二人は、今じゃもう黒の帝国に反逆する立場になっておるぞい」
「そ、それは本当なのですか?」
「うむ。わらわの考えでは、少なくとも別に二体の……」
この、何かの空想小説の脚本なのかと思われるヘンテコな会話の応酬の途中で、座っている床が揺れた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
地震?
でも、何だか私が知っている「地震」とはちょっと違う。揺れはちょっとなのに、それにそぐわないうるさいほどの『地響き』がする。
「来たな」
「さっそく……来ましたね」
「まぁ、わらわがお主と接触するのを黙って見ているほど敵も甘くない、か」
……来るって、何がよ? ま~た意味が分かってないの私だけ。
月葉ちゃんは、腰の禍々しい日本刀に手を添え、夕凪さんにいたってはもっと不可解なことを始めた。
「天上天下七波滅壊虹杖(レインボー・スティック)」
夕凪さんがおかしな言葉を口走ると、部屋の天井にいきなりチャックでも開けたように、真っ暗な『別次元』としか思えない空間がパックリと現れた。
その暗闇を、いきなり無数の糸状の雷が引き裂いて、まばゆく光った。
一瞬、夕凪さんのお部屋が火事になる、と心臓が止まりかけるような思いをした。けど、不思議なことにこの雷やはぜる火花は、部屋にあるものを何も燃やさなかった。
あまりのまばゆさに私は手のひらで目を覆ったけど、次に夕凪さんを見た時には、きれいだけど怖い感じもする、長い棒を手にしていた。それは私には、『魔法使いの杖』のように見えた。
「お主、もうその魔装具が使えるのか」
「……はい。とは言っても、つい最近先生から使うことを許可されたばかりで。まだゼンゼン使いこなせていませんけど」
「そうか。それでも使えるだけ大したものじゃ。その杖は、不適格者が手にしてもただの『棒』じゃからの」
月葉ちゃんは何の予告もなく、助走もなくいきなりその場から飛びあがった。
あまりの常識を超えた展開に、月葉ちゃんが突き破っていった窓ガラスの破片が飛び散る光景が、スローモーションで目に映った。
家を出る時は玄関を使うものだけど、たとえ窓から外に飛び出すとしても、突き破らないで窓くらい開けてから飛びなよ……とこの期に及んでそんな無駄なことを考えてしまった。
夕凪さんは、そんな非日常には慣れっこなのか、杖を持ったまま顔色一つ変えず、これまた窓から空を飛んでどこかへ行ってしまった。何かの魔法だろうか?
……二人とも、飛べるんかい!
また、仲間外れ私だけ。
ガラスの破片はそのほとんどが外に散ったため、私はケガをせずに済んだ。
窓の外には、幸い誰も通りがかっていなかった。
さてと。
一人残された私はこれから……どうしたらいいんだろう。
月葉ちゃんと夕凪さんをすぐに追いかけたほうがいい?
それとも、割れたガラスの後片付けしてから、行ったほうがいい?
~episode 7へ続く~
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