episode 4 葉隠月葉

 何だか、落ち着かぬ。



 三百年前とは、随分見違えたぞ。

 あの時は、この星の面積のほとんどがそのままの自然や田畑じゃった。その合間にところどころ人間の集落が存在する感じで、「未開の星」と言って差し支えなかった。

 それがどうじゃ。今じゃ、どこへ行っても地面のほとんどが何やらカタい材質の鉱物で覆われ、わらじでは少々歩きにくい。(地球人がそれをアスファルトとかコンクリートと呼ぶらしいのはあとで分かった)

 絵が動く箱。(テレビ)加えて、走る棺桶(車?)。人工の小型鳴門海峡(洗濯機?)。天草四郎に呼ばれた時との変化の落差が激しすぎて、少々のことでは驚かぬわらわも、少々目を見張ったわ。



 わらわは悠久の時を生きてきたが、自分が根城としている亜空間から出たことはあまりない。寿命の短い知的生命体はわらわの知っている限り「旅行」という行為を好むようじゃの? 場所から場所へ移動するだけのことなんだと思うが、それが「楽しい」と聞く。

 それのどこが楽しいのか、わらわには分からぬ。どこにいようが「在る(存在する)」という点では同じではないか?というのが、わらわの感覚じゃ。

 わらわが純粋に「楽しい」のは、剣の道じゃ。もし「動く」必要を感じることがあるなら、理由は「闘い」ただそれだけじゃ。だから人は我を「闘いの神」と呼ぶ。



 寿命の短い知的生命体は、一つ所にじっとしておったり、同じ動作を長時間繰り返すと『飽きる』そうな。だから、必死に「変化」を追い求めておるようじゃ。こやつらはわらわのような「不死の存在」を神と呼ぶことがあるようじゃが、永遠の時を生きるわらわには、時間が無限にあるせいか、「欲望」というものがあまりない。

 数は少ないが、これまでにこの地球以外にもいくつか知的生命の住まう星を訪れたことはある。その中でもこの地球の文明レベルは、今現在のそれをもってしても「中よりも少々下」という程度のレベルだ。

 ただし、たった三百年でこれほどの変化は、見たことがない。地球より科学水準が高い宇宙の他の星も、一億年から十億年かけてそこに到達しておる。中には、文明の開花があまりにもゆるやか過ぎ、星の外に出られる宇宙船を建造できるころには星自体の寿命が尽きかけ、今や母星を失って宇宙を流浪して暮らしておる生命体もいる。

 そういう点では、到達点はまだ発展途上とは言え、地球ほど貪欲に「進歩しよう」としている星は見たことがない。ただ、それは方向性を一歩間違えれば破滅の道を辿る、という危険と隣り合わせじゃが。



 おっと、余分なおしゃべりが過ぎたかの。

 そもそも、何の話をしようとしておったのかの? おお、そうじゃ。ケリーとかいう命知らずの面白いおなごがわらわの根城に現れて、「地球」に行ってくれ、と頼まれて、そこからの話がお前たちには重要なのであろう?

 さっき、わらわが動く動機があれば「闘い」だけだと言ったが、あればちとウソが入っておった。実は、ケリーとかいう女の提案を受け入れたのには、「闘い」以外にも理由があった。認めたくはないが……『四郎』じゃ。



 三百年前、天草四郎が死した時、わらわは初めて「闘争欲」以外の行動原理で動いた。

 確かに、剣の腕の立つ四郎の魂を、「強くなるために」取り込んだと言えばそうなのじゃが、それは表向きの理由じゃ。本当は、「この者を失いとうはない、いつまでも一緒にいたい」という、まことに初めての感情からのことじゃった。

 永遠の命を持つと、滅多に動揺などせぬものじゃが、あの時ばかりは初めて「戸惑い」という感情を感じ、理解したのう。



 でも、物事はわらわの思い通りに進まんかった。

 柳生十兵衛、宮本武蔵、宝蔵院胤舜、千葉周作。

 四郎が生きた前後数百年の日本の剣豪の魂を取り込み、彼らの極めた武術の結晶は、そっくりわらわがいただいた。しかし、四郎だけは……それができぬ。

 こんなことは、初めてじゃ。魂を取り込めば、即座にその者と同化し、記憶も含め身体能力もそのままものにできるというのに。

 確かに、四郎は取り込んだのじゃが……わらわの「内側」から出て来んのじゃ。

 今まで、ただ力だけを求めて取り込んできた魂たちはわらわの求めに素直に呼応したというのに。取り込むのに初めて「好いた」という感情を持ちこんだせいなのかは分からんが、四郎は自らの魂の周囲に『結界』を張り巡らせ、わらわを拒んでおる。やつとは会話をはじめ、一切の意思疎通ができない状態じゃ。



 これを、『失恋』と言うのかのう?

 闘いでは負けたことがないのに、どうして惚れた四郎とはこうもうまく行かぬ? お主たち限りある命の者は、四六時中こうした感情と隣り合わせで生きておるのか?

 それがまことなら、お主たちを尊敬するぞよ。愛とか恋とかいう感情に生きるのは、わらわの知る限り、宇宙で一番大変なことじゃぞい。

 ケリーというおなごが来た時な、眠りを勝手に覚まさせられて不快だったのじゃが、それでもわらわが怒りを爆発させないどころかあやつの提案にまで乗ったのには、『地球へ行けば、四郎の心を開く方法が何か分かるかもしれない』という期待があったからじゃ。

 お前たちより長生きとはいえ、こと「恋愛」というものに関してはわらわは「初心者」じゃ。聞くが、「相手の思いを考えず自分の好きという気持ちだけで強引に行動するのは、得策ではない」というのはまことか?

 もしそうなら、わらわは四郎の意思も確かめず、勝手に魂を取り込んだのじゃから……『大失敗』をしたことになるかの。そうか、だからか、四郎が我を三百年間も無視してきたのは。

 やってしもうたのう。



 まぁ、焦ることでもない。

 まずは、ケリーとやらに依頼された仕事を片付けるとしよう。いくら行き当たりばったりな性格のわらわでも、約束したことを守るくらいの道理はわきまえておる。

 地球へ来て、三百年前とのあまりの変わりようにボーッと歩いとるところへ、どこかの親切そうなオヤジが声をかけてきたゆえ、成り行きに任せておったが……まさかそやつの娘が目的の「夕凪リリス」を知っているとは!

 難儀と思われた人探しが、案外あっさり終わりそうじゃ。今、水穂とかいうその娘に案内されて、リリスという人物の住み家に向かっておる。

 しかし、時代も変わったのう。水穂の父上はバテレン(注:キリシタン時代の宣教師のこと)だというではないか。あとで水穂という娘には、「キリスト教の牧師と言いなさい!」と怒られてしまったが。

 キリシタンと言えば、三百年前は信者が領主に迫害されるほど忌み嫌われとったような。四郎が命を落としたのも、もとはといえばそのせいじゃ。

 今や、堂々とキリシタン信仰ができる時代になったんじゃな。単に科学的な技術だけじゃなく、このような『思想面』での変化の早さも、他の星では類を見ない。



 ひとつだけ、違和感のあることがある。

 ケリーとやらの言った内容じゃ。

「夕凪リリスという人物は、居所を無理に探そうとしなくても、わらわが見れば一番目立つはずじゃから問題ない」という趣旨のことを言うていたはず。

 確かに、我が魂を取り込みたい、と思うほどの人物なら、星をいくつかまたいだ距離でもその存在の輝きは分かる。じゃが、わらわが「コイツか」と思って最初に接近した人物は、そのような名ではなかった。そして、そやつ以外は似たレベルの者がかなりいて、特定できぬ。

 じゃあ、地球最強と思われたあやつは一体何者なのじゃ? 今回のケリーや黒の帝国を巡る一連の事件と関係があるのか? ケリーがウソを言ったのか、それとも、何か意図があってあえてそのように言ったのか……もし後者なら、ケリーというやつはなかなかの食わせ者じゃ。



 何、わらわが夕凪リリスかと思うて接触したその人物とは誰か、じゃと?

 そんなに知りたいか?



 その者の名は、確か……




  ~episode 5へ続く~

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