8-5 いつもとは違う土曜の午後
「こんにちはー」
「あ、麗美ちゃんいらっしゃい。悦郎ー、麗美ちゃん来たよー」
「んー」
階下から聞こえてきたかーちゃんの声に、俺は少しだけ身だしなみを整えてから部屋を出る。
階段を降りてリビングに向かうと、いつもとは違う私服姿の麗美がいつもどおりのきれいな姿勢でリビングのソファに腰掛けていた。
「ちょっと待っててくれ麗美。いま咲が着替えに戻ってるから」
「はい、大丈夫ですよ。私が早く来ただけですから」
「何か飲むか?」
「いえ、お気遣いなく」
さっきまでと違い、うちのリビングは今では落ち着いた風情だ。
俺と麗美がソファでくつろぎ、かーちゃんが何かの書類仕事をしている。
「おまたせー」
麗美が来てからそれほど間を置かずに、咲が着替えて自分の家から戻ってきた。
「おー、麗美ちゃん。その服いいねー」
「咲さんもいい感じです。特にそのトップス」
ワイワイと女子2人がお互いの服装を褒め合っている。
俺はどうしていいのかわからないまま、立ち上がり出かける準備をはじめた。
「まーったくあんたってやつは。ああいうときは、わからなくても2人の言葉に乗っとくのよ」
いつの間にか俺の背後に立っていたかーちゃんが、俺に耳打ちしてきた。
「しょうがないだろ? マジでわかんないんだから」
「わかんなくたって、可愛いかどうかくらいはわかるでしょ?」
「そりゃそうだけどよ、あいつらかわいいって言ったってそんなことないですとか否定するだけで、全然届かないんだから」
「馬鹿ねえ。口ではそう言ってても、ちゃーんと喜んでるわよ」
「うーん……やっぱりわからん」
「まあ、豪大くんもそういうことあったからね。仕方ないか」
* * *
「じゃあ出かけてくる」
玄関に向かった俺に気づいた咲と麗美も、すぐに俺のあとを追ってきた。
「夜ご飯は? 食べてきちゃう?」
「あー、どうだろ。たぶんその前には帰ってくるかな」
「わかった。なんかあったら連絡しなさい」
「了解」
「じゃあいってきます、鉄子さん」
「いってきます、お義母様」
「悦郎をよろしくね、2人とも」
「「はい」」
かーちゃんに見送られながら、三人連れ立って駅に向かう。
駅に近づいてくると、少しずつ麗美のテンションが上がってきた。
理由はもちろん、電車に乗るからだ。
「悦郎さん、悦郎さん。今日の電車って、いつもと違うんですよね?」
「そうだな。途中からは地下鉄になるな」
「地下鉄!」
「途中で乗り換えになるからな、迷わずついてこいよ」
「はいっ」
今日の目的地は汁谷。
俺も咲も、あまり行かない場所だ。
同年代の連中の中には、毎日のように通ってたりするやつらもいるらしいが、正直その感覚がよくわからない。
まあ、行けばなにか楽しいことがあるとか話してたから、通うようになれば俺にも何かがわかるのかもしれない。
通うつもりはこれっぽっちもないけど。
「行きましょう悦郎さんっ。電車来ちゃいますよ。さあ!」
相変わらずの麗美に手を引かれながら、俺は自動改札を通り抜けた。
少し遅れてついてくる咲は、どこか微笑ましいものを見るような目で俺と麗美を見ていた。
(まあ微妙に休日に出かける父親と幼女っぽいもんな。気持ちはわかる)
麗美のこのテンションもしばらくぶりな気がする。
慣れない外国でいろいろ苦労してることもあるだろうし、今日のところは付き合ってやるか。
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