4-2 いつもと違う荷物の通学風景


「おはよう二人とも」

「おはよう緑青」

「おはようちーちゃん」


地元の駅で、俺と咲は緑青と合流する。


「そういえばさっき、美春に会った」

「なんだアイツ。今日は朝までのシフトだったのか?」

「ううん。深夜からスタジオ練習だったんだって」

「え? バンド……じゃなかった。アイドルさんって、そんなことまでしてるの?」

「してるんじゃないか? 歌って踊るのって、思ったより大変だし。咲、できるか?」

「うーん……言われてみれば確かに。華やかな世界だけど、地味な努力も必要なんだね」

「そりゃそうだろ」


ホームで電車を待ちながら、去年まで同級生だった若竹の話をした。

緑青の話どおりなら、きっと今頃アイツは家に帰って熟睡しているはずだ。

なにしろ、今日もたぶん夕方からコンビニでバイトだからな。

アイドルとバイトの二足のわらじか。

学校を辞めたからって、一日中暇になったりはしないんだな。

……まあ、やりたいことがあって辞めたんだから当然か。


「電車来たよ」

「おう」


朝のラッシュの影響か、ほんの少しだけダイヤの乱れたいつもの時間の電車がホームに滑り込んできた。

ホームドアが開き、電車を降りる人たちがホームに降りてくる。

その人たちを避けてドアの脇に立ち、流れが一段落したところで電車に乗り込んでいく。


「いつもよりなんか混んでるな」

「そうだね。ダイヤが乱れてるから、そのせいかも」

「緑青大丈夫か? ちっこいから埋もれてるぞ」

「うぐぐぐぐ……今日はちょっと厳しい。咲、少しガードして」

「うん」


背の低い緑青をかばうように咲が立ち、その咲に直接人波が押し寄せることのないように俺がガードする。

俺もそんなに身体の大きい方ではないが、こういうときはあのかーちゃん譲りの体幹の強さが活きてくる。

もっとも、それがスポーツ方面で活かされたことはそんなにないけれども。


そうして俺たちは、いつものように学園前駅へと向かった。


*    *    *


「おはようございます、悦郎さん、咲さん、緑青さん」

「おはよう麗美」

「おはよー」

「おはよう、麗美さん」


学校についた俺たちは、教室ではなく校門前で麗美に出迎えられた。

そして他のクラスメイトたちも、校門付近にパラパラと集まっている。


「バスで行くんですね」

「ああ」


学校前にある大きめの駐車場に、今日のために借りられた大型バスが数台、並んで停められていた。

残念ながらバスガイドさんのようなものはいない。

何でも数年前にセクハラまがいの事件を起こした生徒がいるらしく、それ以来うちの学校ではこの手の行事のときにバスガイドさんを同行してもらわなくなったとか。


(まあ、観光とかじゃないから関係ないしな)


「ぐふふ。そういえばさ、麗美」

「はい?」

「バスはそんなに好きじゃないの?」

「え?」

「ほら、電車とかみたいに」

「ああ、バスはそれほどでもありませんね。もしかすると、私の国バスの方がずっと発達していますし」

「へー」


麗美の国がどういう感じなのかはいまだによく知らないが、まあお国柄というのもあるのだろう。

電車よりもバス。

線路が引きづらいとか、いろいろあるのかもしれない。


『古代遺跡が多いからだぞ』


一瞬頭の中にトンチキ考古学者のとーちゃんの声が聞こえた気がしたが、まあそれはそれとして。


「はーい、うちの子集合ー」


みどり先生の呼びかけに答えて、クラスの連中が集まっていく。

周りに視線をやれば、それぞれのクラスが似たようなことをはじめていた。


「そろそろ出発なんですね」

「そうだな」


学校にいるのにチャイムと違う時間の区切りで行動する。

いつもどおりじゃないソレが、なんとなく俺を興奮させた。


「ふふふっ。楽しいですね、こういうの」

「ああ」


校庭の片隅で出席を取り、そのままバスへと移動する俺たち。

この間のホームルームで決めた通りに席に座り、そして学校をあとにする。


いつもの時間にいつもの場所にいない。

それだけでこんなにも心がワクワクする。

いつもどおりなのもいいけど、たまにはやっぱりいつもおどりじゃないのもいいかもしれないな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る