2ー7 いつものシフトは夕方から夜


そして放課後が訪れた。


「先生さようならー」

「はい、さよならー」


ホームルームが終わり、みどり先生に挨拶をしながら生徒たちが帰っていく。

そしてそのみどり先生も教室での用事を終え、職員室へと戻っていった。


「悦郎さん、このあとのご予定は?」


帰り支度をしていた俺のところへ、麗美がやってくる。


「ん? このあとって……帰るだけだぞ」

「あら? オカルト研究部の方ではなにかされないのですか?」

「あー、あれな」


チラリと緑青の方を見る。


「オカルト研究部は、名前だけ存在しているいわゆる幽霊部員ならぬ、幽霊部なのです」

「幽霊部?」

「ほら、うちの学校って部活動必須でしょ? だから、特にどこにも入りたくない人のためのそういう部がいくつかあるの」

「なるほどー」


咲と緑青の説明に、納得がいったかのように麗美が頷いた。


「ま、昨日みたいにときどき部室に集まって雑談みたいなことはするけどな、それ以外は決まったイベントごとみたいのはないぞ」

「それはそれでちょっと寂しいですね」

「そうか?」

「はい。いろいろと面白いものがありそうでしたので」


なるほど。さすがとーちゃんが調査に行く国出身だけはある。

俺たちよりも麗美の方が、はるかにオカルトみたいなことには適正があるようだ。


「まあそのうちにな。とりあえず今日は帰ろうぜ」

「はいっ。電車ですねっ」


麗美の嬉しそうな様子は、ちょっと失礼な表現かもしれないが、散歩と聞いたときの犬のような感じがした。

おそらくしっぽがあれば、ブンブンと左右に振っていただろう。


「麗美さん、電車酔いの方は大丈夫?」


帰り支度を終えた咲が、心配そうに尋ねる。


「そっちは大丈夫です。ちゃんとおくすりを用意してありますから。でも……」


麗美が少し心配そうな顔をする。

俺はその心配の原因が、朝のラッシュにあるのだろうと思い至り、それを解消してやった。


「帰りはあんな混雑しないから平気だって。っていうか、昨日もそんなに混んでなかっただろ?」

「そういえばそうですね」

「まあ、あと1~2時間もするとそうも言ってられないんだけどな」

「大変です! それじゃあ急いで帰らないと」

「ははっ。そうだな」


カバンを手に取り、咲たちを振り返る。


「じゃあ帰ろうぜ」

「うん」

「ぐふふ。両手に花」


からかう緑青に軽いジャブをかます。


「お前も一緒だろうが」

「そうだよちーちゃん。ちーちゃんも花だよ」


俺が言ったのはそういう意味ではなかったのだが、意外なことに咲のその言葉が緑青に思わぬダメージを与えた。


「うぐっ……私も……花……」


なぜか妙に顔を赤らめ、下を向く緑青。

立ち止まってしまった緑青の背中を、カバン越しに軽く押す。


「なーに突っ立ってんだよ。帰ろうぜ」

「う、うん」


いつの間にか教室には俺たちしか残っていなかった。

他の連中は部活に行ったり、とっとと帰ったりしている。


* * *


そして地元の駅。

酔い止めの薬がちゃんと効いたのか、今日は麗美はずっとテンションの高いままだった。


「ホームドアかっこいいですっ!」

「そうか? 別に普通じゃないか?」

「普通じゃないですよー。あの電車の扉と二重になって、それが順番に開いていくところとかすごい未来的です!」

「まあ、お前がそう思うんならそうなんだろうな」

「はいっ」


相変わらずよくわからないところで大喜びしている麗美。

そしてそんな麗美のターンは、さらに続く。


「コンビニに寄りましょう! 学生の帰り道といえば、コンビニのホットスナックですっ!」


謎の理論に導かれるままに、麗美は俺たちを連れてコンビニへの道を闊歩する。

ちなみに緑青は、当然のように駅を出ると挨拶をして一人で帰っていった。


「いらっしゃいませー」


コンビニに入ると、やる気のなさそうな声で店員が俺たちを出迎えてくれた。


「あ、えつろー。また来たのか」


そう言って店員が俺を名指しする。

咲は面白そうに笑みを浮かべ、麗美は不思議そうな顔で俺と店員の顔を見比べていた。


「しばらくぶりだな若竹。まだやめてなかったのか?」

「うっせ。いろいろ忙しかったんだよ」

「美春ちゃん久しぶり。見かけないから心配してたんだよ?」

「あー、それはごめんな咲。バンドの方がいろいろあってよ」

「ふーん」


なれなれしい態度のコンビニ店員。

コイツの名前は若竹美春。去年まで、俺と咲の同級生だった女子だ。

そんな若竹に、麗美のことを紹介する。


「あ、コイツは麗美な。昨日転校してきたんだ。

「あー、転入生な。はじめまして。俺は若竹美春。去年まで、あんたらと同じ学校に通ってたんだ」


戸惑ったような表情を浮かべていた麗美は、すべて理解したといった風に笑顔を浮かべ若竹に挨拶を返す。


「はじめまして。麗美・マジェンタ・ソルフェリーノです。悦郎さんの許嫁です」

「っ!!!」


面食らった表情を浮かべる若竹。

まあ、それはそうだろう。

俺の方も慣れてしまってあんまり意識しなくなっていたが、唐突に許嫁だとか言われたら誰でもそんな顔になるはずだ。

しかし、若竹が衝撃を受けたのはそこではなかったようだ。


「み、美春ニルヴァーナです。まさかこんな場所で同業者に会うなんて……どちらのグループの方ですか?」

「へ?」

「え?」

「同業……者?」

「あれ?」


店内が微妙な空気に包まれる。

俺たちだけでなく、立ち読みしていたお客さんも何かを感じ取ったのか、固まったままこちらを見ていた。


「え? 違うの? まさかそれ本名?」


若竹が慌てたようにそう言う。

本名? もしかして麗美の名前のことか?

俺も答えに近づきかけたが、それよりも早く咲が何かを察した。


「麗美ちゃん、外国の人だから。っていうか、見た目でわからなかった?」

「え……それカラコンじゃないんだ。もしかして髪も地毛なのか?」


言われてみれば確かに、麗美のような髪や目の色は、そんなに珍しいものじゃなくなってる気がする。

とはいえ、顔立ちそのものが……いや、そんなに違わないか。

あらためてよく見てみれば、麗美が海外出身だと知らなければハッキリした顔立ちだなーくらいにしか思わないくらいの差異しかないような気がする。

もっとも、うちのかーちゃんのバタ臭さで慣らされてるだけかもしれないけど。


「ルーガアドスという国から来ました。小さな国なので、ご存じないとは思いますが」

「あっ、ごめん。てっきり俺、同じような活動してるんだと思っちゃって」


俺はさっきから気になっていた、若竹のその部分についてそろそろ突っ込むことにした。


「で、さっきのはなんだ? 詳しく聞かせてもらおうか? ん?」

「ううっ……お前には秘密にして起きたかったのに」


若竹の話は、なかなかに興味深いものだった。


「実はな、俺のやってたバンドのことなんだけどよ」


去年まで俺たちと同級生だった若竹は、バンドをやっていた。

学校を辞めたのも、その活動にもっと集中するためだったと聞いている。

しかしそのバンドが先月、活動内容を変更することになったらしい。


「俺としては、今までみたいなハードな路線で行きたかったんだけど……」


どうにも芽が出ないことに業を煮やしたプロディーサーは、ここで一発逆転と起死回生の策に出ることにしたらしい。

それが新メンバーの追加と、活動ジャンルの大幅変更。

ストレートに言ってしまうと、これからはアイドル路線でやっていくことになってしまったらしい。


「ぶははははっ! 若竹がアイドル? それマジかよ」

「ちょっと、笑いすぎだよ?」

「あははははっ。すまんすまん」

「ちぇっ、だから言いたくなかったんだ」

「あの……それでどうして私のことも同業者だと?」

「あ、うん。それ、芸名だと思ってさ。アジェンタ・ソルフェージュだっけ?」

「マジェンタ・ソルフェリーノです」

「あ、ごめんごめん。そのマジェンタ・ソルフェリーノがさ。そういう名前プラス片仮名みたいのつけるグループたまにいるからさ」

「なるほど……」


あまりそっちに詳しくない俺は若竹の言っていることの半分もわからなかったが、なぜかそっちにも友達がいるらしい咲はなんとなく事情を察したようだった。


「いろいろと大変だもんね、グループの数も今多いし」

「そうなんだよー。ぶっちゃけアイドル路線自体はいいんだよ。曲もけっこうハードなの作ってくれるし。でもさ、とにかくスケジュールがヤバすぎて」


なんでも、今日もバイトのシフトが終わったあとに隣町のライブハウスで対バンがあるらしい。


「バンド……じゃなかった。アイドルも大変だな」

「うっせ。お前に心配されたくねーわ」

「こら若竹。いつまでも喋ってるんじゃない」

「はーい、すみません店長」


奥で商品の整理でもしていたのか、店長と呼ばれる女性が顔だけ出して若竹を注意してきた。

若竹はぺろっと舌を出すと仕切り直してきちんと接客をしてきた。


「いらっしゃいませお客様。なんの御用でしょうか」


ショートカットでボーイッシュな見かけの若竹は、元々顔立ちは綺麗な方だ。

こうしてかしこまって接客されると、なんとなくむず痒くなってしまう。

最初はアイドルと言われてからかってしまったけれども、もしかしたら意外と向いているのかもしれない。

そんなことを考えながら俺たちは、若竹のバイトしているコンビニで麗美の買い物に付き合った。


「っていうか、すげー買うんだな。そんなに食べられるのか?」

「ふふっ。大丈夫です、みんなで食べますから」

「そうなんだ。ま、別に俺が気にすることじゃないけどな」

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