第Ⅵ話 試練
「性格は傲慢で自分勝手、気に食わないものがいたらそれが誰であろうと牙を向き、打ち倒す。鬼に関連している妖怪なだけあって、酒呑童子などと似たような性質をしています。……まあ、酒呑童子よりも数段性格は悪いですが」
ハクは天魔雄神の生い立ちを一通り話した後、次はその性格について触れる。
相手の情報が多くて困ることは無いのだが、それはそれとして妙に天魔雄神について詳しくないかと訝しんだ大黒は不安そうな表情でハクに問いかけた。
「あ、あのさ、ハクが天魔雄神と知り合いだったことは分かるんだけど、その、二人ってどんな関係だったんだ?」
「………………」
およそ今の状況でするべきではない大黒の質問に対して、ハクは言葉ではなく目でもって答えを返す。
『それは今聞くことですか』『酒呑童子の時も似たようなこと聞いてきましたね』『異性の知り合いがいたからといってすぐに恋仲を疑うのはどうかと思います』『そもそも、万が一そうだったとして貴方に関係ないでしょう』『遠回しに探ろうとしてくる所もいらっときます』『女々しいです』
口よりもよほど雄弁に語る瞳に耐えきれなくなった大黒はバっと手を広げてハクの視線を遮った。
「オッケー分かった! 俺が悪かった! だからそれ以上何も言わないでくれ! 心が痛い!」
「別に、私は、何も言っていませんが」
「目は口ほどに物を言うって言葉を体現してたよ! なんなら口以上に物言ってたし!」
「ちゃんと伝わっていたようで安心しました。全く……、何を言うかと思えばこの状況で詮索ですか。相手は神を同列の存在だというのに余裕ですね」
やれやれ、と首を振りながらハクは皮肉を言う。
「……そりゃ相手がやばいことは分かってるけどさ、どうしても気になって」
「そこが不思議ですよ。貴方が私を清らかな乙女だと信じているのならともかく、貴方は私の過去や逸話を知っているんですから今更気にすることでもないでしょう」
ハクは腑に落ちないと言いたげな顔をする。
傾国の美女と謳われた九尾の狐は、様々な時代で様々な人間と婚姻関係を結んでいた。
しかも相手が時の権力者だったことも考えると、世継だって儲けていただろう。
それはもちろん大黒も知っているが、知識として知っていることとその事実を目の当たりにすることでは大きな違いがある。
「気にすることではあるよ。仮に紂王や鳥羽上皇が俺の目の前に現れたら、やっぱり俺は同じような反応をすると思う」
「それは……嫉妬、でしょうか」
「それもある。でもそれ以上に不安なんだ。一緒に生きていくと誓ったとはいえ、俺よりもいい男がいたらそっちに行くんじゃないかって……」
「…………」
ハクは一瞬口を開いて何かを言おうとしたが、手で口を覆ってその言葉を飲み込んだ。
そして次にハクが話し出したのは天魔雄神の話の続きだった。
「ここから出るには天魔雄神に気に入られる必要があります。今の私たちではどう工夫しても戦いにすらならないでしょうし、それ以外の方法はありません」
「……あれ? さっきの話は……?」
「そのためにも天魔雄神に会わなければならないのですが、道のりは容易くありません。もうしばらくすると天魔雄神は私たちの霊力を消耗させてくるはずです。そしてそれに生き残れたら、今度は先程貴方がされていたみたいに精神に攻撃を仕掛けてきます」
「あのー……」
「身も心もボロボロになって、それでもまだ天魔雄神と相対する気力が残っている者の前にのみ天魔雄神は降りてきます」
「…………」
「本来この説明も天魔雄神が天から声をかけてするものなのですが、今回は私がいるので傍観を決め込んでいるのでしょう。とはいえ、そろそろ私達を分断しにかかってくると思うので心の準備をしといて下さい」
「えっ、バラバラにされんの?」
ハクから返事が来なくなったことに意気消沈していた大黒は、ハクと離れ離れになるという話を聞いて顔を上げた。
「それぞれ弱い部分が違いますからね。天魔雄神は相手が一番嫌がることをしてきます。だから当然、私達が乗り越えるべき試練は別々のものになるんですよ」
「マジかー……、ハクと二人ならなんとかなるかと思ってわりと気楽に構えたのに……」
「ふふっ……」
車の天井を見上げて弱音を吐く大黒を見て、ハクは薄く笑う。
「大丈夫ですよ。貴方がどれだけ私や自分を信頼していないかは分かりませんが、私は貴方を信頼しています。貴方なら一人でも何とか出来る、と。私のためなら貴方はそれくらいしてくれますよね?」
それは少し前にハクが飲み込んだ言葉だった。
大黒がいくら不安に思おうとも、誰がハクの前に現れようとも、大黒のハクに対する愛は変わらない。
そう信じているからこそ、ハクも大黒の傍にいると決めた。
その想いは今度こそ大黒にきちんと届いた。
「ははっ! そうだな。ハクと幸せになるためなら何だって出来るし、誰にも負けない。ありがとう、気合いが入ったよ」
先程までの不安そうな顔は見る影もなく、大黒は口を大きく開けて笑った。
それを合図に大黒達が乗っている車が、大黒とハクを分けて真っ二つに裂けていく。
そして左右に分かれた車は歪な形のまま、別々の道へと走り出す。
「では先に天魔雄神の所で待っています」
「いやいや、もしかしたら俺の方が先に着いてるかもしれないぞ」
「……でしたら、競争ですね」
「望む所だ。負けた方は勝った方の命令を聞くことな」
「ふふん、後悔しないでくださいね」
お互いが声の届く範囲にいる間、二人は声を交わし続けた。
この先に何が待っているのかは分からないが、その時に互いの存在を思い出せるようにギリギリまで相手に自分を刻みつけた。
しかし一分もしない内に姿すら見えないようになり、とうとう二人への試練が始まった。
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