九尾の埋蔵金編

第Ⅰ話 出発

「さて、話はつきましたよ。奴らとは一時休戦ってぇことになりやした」


 各々がこれから動くにあたっての準備をしている中、式紙を通して相手と交渉していた刀岐から交渉の結果が伝えられる。

 その結果に一同は胸を撫で下ろすが、唯一人、純だけは険しい顔をして刀岐に話の詳細を求めた。


「一時休戦ってつまり、こっちに味方をするつもりはないってことでいいんですか?」

「そうですねぇ……まあ様子見、って感じです。『そんな大金があるなんて信じられない、けど九尾の狐がいるなら無視もできない』ってことに落ち着いたんでしょう。実物を見るまでは敵にも味方にもならないが、報酬の支払い能力があることさえ分かったらすぐに剣にも盾にもなろう、というのがあちらさんの総意だそうです」

「……はっ、確かに苦し紛れの時間稼ぎにしか聞こえないもんなぁ」


 刀岐の話す内容を聞いた大黒は天井を見つめたまま苦笑する。


「ていうかそれならハクの通帳でも見せたらどうだ? もう換金自体は済ませてるんだよな?」

「全部を全部換金したわけじゃありませんよ。私が換金した財宝は極一部、額面で言うと一億程度ですね。それだけの額では彼らは止まらないのでしょう?」

「俺みたいな庶民からしたらそれでも充分だけど、一億じゃあ俺達にかけられてる懸賞金の半分にも満たないからな……。改めてとんでもない金をかけられたもんだ……」


 途方も無い大きさの金額に大黒は遠い目をする。

 その間に今度は純がハクに質問を投げかけた。


「その宝がまだお前が隠した場所にあることは確かだな?」

「ええ。結界が破壊された感覚はありませんし、まだあの場所にあると思います」

「ならいい。後はその場所にあいつらを呼び出して実物を見せれば済む話だ」


 そう言って純はすくっと立ち上がり、再び大黒をお姫様抱っこしようと手を伸ばす。


「待て待て待て、お前はまた何をしようとしてるんだ」

「え……? 目的地も決まったことですし早めに移動しないと、と思って……」

「そんな飼い主に怒られた子犬みたいな表情するなよ……、こっちが悪いことしてる気分になる」


 大黒はこめかみに指を当ててバツの悪そうな顔をする。


「大丈夫だよ。大分休ませて貰ったし、もう動くくらいは出来る。それに俺を抱えたままだと誰かに襲われた時、純が困るだろ」

「そんなことはありません! むしろ兄さんと触れ合ってた方が力を発揮出来るとすら思ってます! それに襲われた時を考えるなら余計兄さんを抱っこしていないと……。いくら休んだと言っても逃げるのはまだ……」


 厳しいでしょうと純が言い切る前に、大黒は起き上がってベッドから降りる。

 そして大黒は肩や足を回して、ある程度自分の体が動くことを周りに見せた。


「うん。戦うことは無理だけど走れはしそうだし、霊力も回復してる。逃げるまでなら問題なしだ」

「ええ……、お兄さんのそれってもはや人間の回復速度じゃないんすけど……。実はあたし達の知らない所で完全な妖怪になってたりしません? なんかあたし達がここに来れない間にも色々あったらしいですし」

「……ハクから聞いたのか。今は人間のはずだよ。何かしらの変化は起きてるんだろうが、支障があるわけじゃない。妖怪になってたとしてもそれはそれで便利だろうしな」


 恐らく自分が眠っている間に磨のことや何度か妖怪化したことが伝わっているのだろうと考えた大黒は、周りを心配させないように強気に笑う。

 大黒が嘘を言ってもハクや純には通用しない。そのため、大黒は本心のまま今の言葉を発した。

 しかしそれが逆に純の不安を煽った。


 このままだと兄は人間の世界からいなくなってしまうかもしれない。九尾の狐と一緒に手が届かない場所に行ってしまうかもしれない。

 大黒家を出た時みたいに、自分を置いて……。


 そんな場合ではないと分かってはいても、純はどうしても確認がしたくなり大黒に詰め寄ろうとした。

 だが純が大黒に何かを聞く前に大黒が周りを取りまとめ始めた。


「ハク、ここを出る準備は?」

「いるものは全てまとめました。貴方が使うであろう木刀や札もしばらくは私の方で持っておきます。あの刀やそこの引き出しに入っている箱をどうするかは貴方が判断して下さい」

「……まあ、刀の方はあんま使う気になれないな。今の体で使える気もしないし、手元が狂いでもしたら最悪だ。箱は持っていかないとだけど、その前に……」


 大黒は引き出しにかけてあった結界を解いて、中からハクの力を封じ込めた石箱を取り出しそれを刀岐に手渡した。


「何ですかいこれは? いやに強い力を感じますが……」

「ハクの力を閉じ込めてる呪具だ。許容量一杯になってるこの箱を開けたら中の力は持ち主の元に帰る。今更ハクの力を封じてる意味なんてないし、刀岐が開けられそうなら開けてほしいんだけど……」

「んー………………、こ、れ、は、無理、ですねぇ。どれだけ引っ張っても蓋が動く気配すらありません」


 ぐぐぐっと両手に力を込めて箱を開けようしてくれた刀岐だったが、本人も言う通り開けられる兆しすらなく箱を大黒に返した。


 この石箱は中に封じられている霊力よりも強い霊力を持っている者にしか開けられない。

 刀岐ならばあるいは、という考えが過ぎって試して貰ったのだが、最強の傭兵にすら厳しいものだったことが分かり大黒は肩を落とした。


 それでも放っておく気にはなれず、大黒は石箱をハクに持っておいてもらうことにした。


「悪いけどハク、これも頼む。道中開けられる奴に出会うかもしれないし、持ち歩いて損もないだろ。これで俺も準備が終わったし、全員出られるな。ちなみになんだけど、財宝の在り処ってどこなんだ?」

「栃木県ですよ、貴方の実家からそう離れていない場所です」

「予想はしてたけど、やっぱ遠いな……。ま、こんだけの面子がいるなら何とかなるか。んじゃ、待たせちゃったけどそろそろ行こうか。金銀財宝を手にするために!」

「お兄さん? 欲に目がくらんでません?」


 鬼川に突っ込まれながら大黒は部屋を出ていき、他の面々もそれに続いていく。

 

 誰も彼もが目の前の目標のことだけを考えていた。

 


 ――――だからこそ、最後まで部屋に残っていた純の表情に誰も気がつくことが出来なかった。

 


 

 

 

 

 

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