第三十八話 会合

 万里古美術から数km離れた場所にある小さな旅館。

 そこに年齢も雰囲気もばらばらな七人の男女が集まっていた。


 ある者は本を読んでいて、ある者はスマートフォンを弄っており、ある者はテレビを眺め、ある者はメイクをしている等々、それぞれが好き勝手に行動しているまるで協調性のない集団であった。


 その場所にまた一人、新たな人間が入室してきた。


「ふむ。集合時間に全員揃っているとは珍しいな」


 女性は部屋をぐるりと見渡すと、最終的には二人の人間を見つめてそう言った。

 あからさまな当てつけに一人の人物は表情を険しくして女性を睨みつけるが、もう一人は何故か相好を崩しねっとりとした視線を女性に送っていた。


「はんっ、開口一番嫌味たぁー随分育ちが良いようだねー葉桐はぎりさんは」

「おやおや、私と違って君は育ちが悪いのにそんな皮肉も言えるんだね。短い付き合いでもないのに初めての発見だ」

清佳せいか、そんな下らない男に構ってないで俺とだけ話してくれよ。大丈夫、俺にはさっきの清佳の視線の意味も分かってる。欲求不満なんだろう? 俺に任せてくれれば解消してやるさ」

「相変わらず見当違いの妄想しか垂れ流さないな貴様の口は。それにファーストネームで呼ぶのはやめろと何度言ったら分かるんだ。いい加減にしないとその口縫い合わすぞ」


 女性、葉桐清佳はニタニタした笑いを浮かべる男を侮蔑を込めた目で見下ろす。

 しかし男はその視線にも動じることなく、品定めをするような目で葉桐を見てくるだけだった。


「……………………」


 男の余裕が気に食わなかったのか、葉桐は更に険のある目になり室内には一触即発の空気が流れる。

 そんな重い空気を吹き飛ばすために、先程の二人とは違う男が立ち上がり手を叩いて注意を自分に向けさせた。


「はいはいはいはい、その辺で止めとけって。なんだってお前らは顔を突き合わすたび喧嘩するかなー。全員で一つの仕事に向かうなんていつ以来か分かんねぇんだから仲良くやろーや」

「二年三ヶ月と二日ぶり」

「そう、二年三ヶ月と二日ぶりだな。……お前らもここまで重くはならなくてもいいけどいがみ合うのは程々にしとけってことだ」


 腰に刀を差しているその男は後頭部を掻きながら、言い争っていた三人に注意する。

 それに対し、三人は三者三様な反応を見せるが不満げな顔をしていたという点だけは共通していた。


「私はいがみ合ってたつもりはないさ。ただ普段とは違う光景が広がっていたので驚きを隠しきれなかっただけだ」

「俺は売られた喧嘩を買っただけでーす。注意される謂れはあっりませーん」

「喧嘩なんてしていたつもりはないけどなぁ。あれは葉桐なりの愛情表現だって俺は分かってるし。リーダーには伝わってなかったかもしれないけどね」

「はぁ……」


 どこまでも我の強い三人に、刀を持った男は眉間を揉んで深い溜め息をつく。

 

「もういいよ、この際殺し合いにさえ発展しなけりゃなんでもいい。それより葉桐、対象と接触は出来たのか?」

「もちろん。言われた通り匂いもつけてきた。とは言ってもバレないように最低限の匂いしかつけられてないけどね。間近で嗅いでも匂いを知っていないと気づけない程度さ」

「オッケー、とりあえず付けれたんなら上々だ。よそい、こっからでも匂いは感じ取れるか?」


 男は鏡を見て眉毛を整えている女性に話を振る。


「んー、なんとなく? 今は同じ匂いの葉桐さんが近くにいるから分かりづらいけど、葉桐さんの匂いが取れたらちゃんと分かるようになると思うわ。この感じなら半径十kmくらいは圏内よ」

「よし、それならまず見失うこともないだろ。これで事前の準備は終わったか……? 他、何か意見とか報告のある奴はいるか?」


 その言葉に反応して、座椅子に座っていた男が銀色に光る腕を勢いよく挙げた。


「はいっ!」

「おっ、どうした?」

「なんか全員自然と集まってきたけど、俺の泊まってる部屋が会議場所になってるのは何でですかっ! 俺は何も聞いてなかったんですけどもっ!」

「そりゃお前あれだよ。お前に聞いたらどうせ嫌だっていうじゃん。だからお前には許可取らずに集まることにしたんだよ」

「違う! そっちじゃない! 俺が聞いてるのは集合場所にした理由の方ですっ!」

「他にある人ー」

「もっと声を張り上げてやりましょうかこの野郎!」


 いきり立つ男を無視して今度は葉桐が小さく手を挙げる。


「はい、葉桐」

「ああ、ちょっとしたミスの報告なんだがな。店でちょっとしたトラブルがあり、大黒真に怪しまれたかもしれない。予定の一つにあった私が顔見知りとして近付くというのは破棄しといてくれ」

「はははっ! お前マジか! あれっだけ偉そうにしといてターゲットに疑われるなんて初歩的な失敗してんの!?」

「煽んなって柊弥とうや。まあ了解だ、あくまでそれも案の一つってだけだから特に支障はない。仕事にイレギュラーはつきもんだし気にすんな。んで、他に何かある奴はー……いなさそうだな」


 男はそれぞれの表情を見渡して何もないことを確認すると、会議を締めくくるため口を開こうとした。

 だがその前に部屋の隅でずっと腕立て伏せをしていた男がガバっと立ち上がり、両手の拳を合わせながら獰猛な笑みを見せる。


「よっし! 退屈な話し合いは終わったか! じゃあ闘いだな! 血湧き肉躍る闘いの時間だ!」

「終わったかじゃねぇんだ。本来ならお前も話し合いに参加するんだよ。話し合いに関しちゃお前が役に立たないのは分かってるからこれ以上は何も言わんが。……でも闘いの時間ってのはその通りだ。今から五時間後の午後十時に作戦を開始する。各々資料を読み込んで仕事に備えろ。標的は大黒家長男、大黒真。でかい仕事だ、絶対に成功させるぞ」


 男は鋭い目つきで刀に手を添えた。



 ――――これより、大黒の逃亡生活の幕が開ける。

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